さらば『収穫祭』



「全治三週間よ」

「ええ!? そ、そんなに!?」

「当たり前でしょう? クローベアの爪で引っ掻かれたのよ? 普通なら腕が吹っ飛んでてもおかしくないけど……」


 と、まじまじとメリンナ先生は俺の右腕を見る。

 隣のラナが、なんとなく目を細めて見ていて変な感じ。

 えー、三週間〜?

 そんなに深くないはずなのに〜?


「……むしろ、そうねぇ……三メートルのクローベアのあの死に方もちょっと不自然というか……」


 ……やべ。


「あれは、五メートルの奴が興奮して三メートルの奴を横からグシャっと」

「なるほど? 確かにかなり大きな爪でやられたようだったみたいだしねぇ」

「メリンナ先生、アレ見たのか……?」

「いや、クーロウさんの話から、だけどぉ」


 ふむ……メリンナ先生がそこを気にするって事は……クローベアの死に方にクーロウさんたち猟友会も相当首を傾げてた、って事かも?

 ちぇ、やりすぎてしまったなぁ、やっぱり。


「……クーロウさんといえば、ファーラの事なんだけど……メリンナ先生……」

「…………。そうねぇ」

「? ファーラ、怪我したの?」

「いや。……ラナはまだファーラに会ってないの?」

「真っ先に貴方のところに来たのよ」

「うっ」


 むに、とラナに頬を摘まれて引っ張れる。

 ううう、すみませーん。

 ……しかし、メリンナ先生はすでにファーラの変化を理解しているようだし。


「……ファーラ、なにかあったの?」

「…………」

「え、ちょっとなに? メリンナ先生もなにか言ってくださいよ」

「…………見た方が早いわ」

「……っ」


 その言い方、不安を煽るのでよくないと思う。




 そう思いつつ、ラナと共に二階の空き部屋へと向かう。

 メリンナ先生がファーラを見た瞬間、 レグルスに指示してこちらに移した。

 部屋の中には子どもたちが揃ってる。

 クラナは……いない。

 みんなクラナのデートに気を遣ったんだろう。

 俺とラナが入ってくるなりクオンが「仲直りした?」と、いけしゃあしゃと……。

 ……お前ら、俺を見捨てていったくせに……。


「お前ら俺の事を……」

「あ! そーだ! 大変なの! ファーラ目の色が金色になっちゃったの!」

「え!?」


 クオンの言葉に驚いた顔をしたのはラナだけだ。

 俯いていたファーラが恐る恐る顔を上げる。

 ……金髪と金の瞳……ラナには、少し、嫌な思い出のある色だろう。


「…………ファーラ……が……『聖なる輝き』を持つ者……?」

「それがそうとも言い切れないのよ」

「? どういう事ですか?」


 メリンナ先生は竜石を取り出す。

 ほんのりと緑色と分かる色。

 それをファーラへ手渡すと、緑色はほぼ黒になった。


「え! えええぇ!? どういう事なのーーー!?」


 ですよねー。

 ……っていうか、この世界を『小説の世界』というラナでさえこの反応。

 やはりファーラは普通の『聖なる輝き』を持つ者とは違う、のか?


「メリンナ先生の知識でもやっぱり初めての症例?」

「初めての症例どころか……まあ、『聖なる輝き』を持つ者自体、アタシは初めて見るのよねぇ」


 マジか。

 ……俺は……『紫竜ディバルディオス』のティム・ルコー、『黄竜メシレジンス』ハノン・クラリエ、『青竜アルセジオス』のリファナ嬢、『黒竜ブラクジリオス』のトワ様と……ファーラで五人目……しかし、やはりこれはちょっとね。


「…………」


 ……『黄竜メシレジンス』の王子の事はいい……頼む、記憶と意識から消えてくれ……。


「フ、フラン? 傷が痛むの? 辛そうな顔してるけど……」

「ううん……大丈夫……」

「ほ、本当に?」


 ぶんぶんと顔を振って、飛んでけ、マジ飛んでけ、二度と蘇ってくるな。

 今はファーラの事の方が圧倒的に大事!


「ただ、『緑竜セルジジオス』王家に報告はしなければいけないわ。瞳が金……『聖なる輝き』を持つ者の特徴だもの。違うなら返してくると……思うけどね……」

「だよなー……」

「……ファーラ……」


 ……問題はもう一つ。

 ファーラが王家の人たちに『加護なし』だとバレる事。

 金の瞳を持ちながら、『聖なる輝き』を持つ者としての力がないのであれば……期待外れもいいところだ。

 だが、その容姿は十二分に活かす事が出来る。

 この国に限らず、子どもを攫って売るゲスな奴はどこの国にもいるものだ。

 買うクズがいる限り、供給源はなくならない。

 で、主に買うのはそういう趣味の貴族。

 貴族がこの容姿を…………自分の成り上がりに使わない手はない。

 喉を潰されれば声は出ず、まだ読み書きもたどたどしいファーラは他国に売られればあっという間にその国の『二人目の聖なる輝きを持つ者』に祭り上げられるだろう。

 そうなれば……平民が手など出せるはずもない。

 まあ、頑張ればいけそうだけど、俺は。


「………………」


 メ…………『黄竜メシレジンス』以外なら……。


「その時は、私もついていくわ!」

「ラナ……!」

「エラーナお姉ちゃん……」

「だって一人にさせられないじゃないっ」

「……うん、まあ、その時は俺も行くけど……」


 この国のロザリア姫はトワ様と婚約している。

 あまり会わせたくないな……色んな意味で。


「ファーラ、どうなっちゃうの?」

「この国の偉い人に会わなきゃいけないのよぉ、金の瞳になった子は『守護竜の愛し子』……『聖なる輝き』を持つ者だって言われてるからね〜」

「それって、すごいのか?」

「そうよぉ、世界に片手の数しかいないんだから〜」


 シータルとアルが顔を見合わせる。

 ファーラは不安そうにクオンにくっつく。

 平民には、イマイチピンとこないだろう。


「クーロウさんが戻ってきたら、ドゥルトーニル伯爵に連絡して、伯爵からお城に連絡すると思うから……まあ、早くても会いに行くのは再来月だと思うけど」

「そんなに時間がかかるかしら?」

「だってここから王都まで早馬でも四日。向こうの返事待ちで何日になるか分からないでしょ。ついでに言うと、ファーラたちの国民権の返答もまだだし」

「あ、そういえばそれもあったわね」

「まあ、ファーラが『聖なる輝き』を持つ者になった以上、国民権は即発行されるだろうけど。この国、三十年くらい『聖なる輝き』を持つ者が現れてないとか言ってたし」


 そうね、とメリンナ先生が頷く。

 ただ、ドゥルトーニルのおじ様は辺境伯だけあって優秀な人なのだ、あれでも。

 連絡すっ飛ばしてファーラを王都に直で連れて行く、くらい言いそう。

 そういう行動力もあるし、おじ様としてはそれがファーラのためにもなると思うだろうし。


「ねぇねぇ〜」

「なぁに、アメリー」

「せいなるかがやきって、悪いことじゃないの〜?」

「……悪い事ではないわ。ただこの国だけでなく世界全体でも重要な事なのよ。……私だけでは、決められないぐらい……」

「ふーぅん?」


 聞いておいてまったく理解していなさそうなアメリーだが、ややアホのやんちゃ坊主たち以外はどことなく『とんでもない事になっている』というのだけは理解してくれてるようだ。

 ふむ、しかし……この状況は少し困ったな。

 俺は怪我してるし、ファーラは『聖なる輝き』を持つ者になったから牧場に帰してはもらえないだろう。

 クローベアの血で生臭いだろうし、家畜たちが心配だから帰りたいんだが……。


「このあとどうする?」


 ラナはどうしたい、という意味で聞いてみた。

 腕を組んで「うーん」と思案顔のラナの可愛さよ。

 突き出した唇がとても可愛い。

 ラナ、可愛い。

 …………なにを相談してたんだっけ?


「おい、今から『エンジュの町』へ行くぞ。その子を連れてこい。表に馬車は用意してある」

「!」

「クーロウさん」


 後ろのドアから入ってきたクーロウさん。

 牧場の方は猟友会の人たちに任せてきたのだろう。

 いや、まあしかし、今からとは……。


「いやだねぇ、クーロウさん。今からはさすがに急じゃあないかい?」

「メリンナ、お前はこの子らをうちへ連れてって、俺が戻るまで面倒を見るように伝えてくれ。俺はこの子をドゥルトーニル伯爵に預けたら明後日には戻ってくる。一応この子の保護者はあのクラナという娘と、レグルスだろう? レグルスはどうした?」

「……ん……表で酒を飲んだ従業員がトラブル起こしたってんでぇ、出てるよ。クラナは意中の男とデートじゃなかったかね? 野暮はなしにして、『収穫祭』くらいゆっくり……」

「そうしてやりたいのは山々だが、『聖なる輝き』を持つ者が現れたら一秒でも早く王族に紹介するよう、勅命が出ている。無理強いは出来ないから——」


 と、クーロウさんは困ったように俺とラナを見た。

 そうだなぁ、王家の勅命……しかし『聖なる輝き』を持つ者に無理強いをすれば……。

 なにしろ守護竜は『聖なる輝き』を持つ者を“見ている”という。

 この国の守護竜は竜力の感じからして穏やかな性格な気がするが、怒らないとも限らない。

 トワ様を助けた時に見た『黒竜ブラクジリオス』の姿は……あれは人間にはどうする事も出来ないものだ。

 あんなのが怒って暴れたらそりゃあ国の一つ二つ、軽く滅ぶだろう。

 正直聞かされてきた守護竜が暴れた伝説とか、お伽話らしく盛ってんだろうと思ってたけど……あれを見てからだと『エクシの町』からうちの牧場まであった城壁が壊されたって話もむしろ納得。


「……そうだな……俺が一緒に行くよ」

「私も行きます!」

「ん……とりあえずドゥルトーニル伯爵の家に行って、そこで色々準備を整えてから王都だな。悪いが頼む」


 正直ここの王様は曲者だ。

 俺とラナが行ったところで……と思う。

 だがファーラ一人よりはよほどいい。

 クラナには残った子たちの面倒を見てもらえればいいし……この子らが残っていれば牧場の方も大丈夫だろう。


「来月の半ばくらいには帰ってこれると思うから、頼んだよ」

「う、うん、分かった……ファーラ……気をつけてね」

「うん……」

「…………」


 ん、ニータンに見上げられた。

 すんごい真顔。

 あーはいはい、ファーラを守れって事な。

 この家族過保護くんめ。


「大丈夫だよ、俺も行くわけだし」

「でもユー兄ちゃん今怪我してるじゃん」

「…………」


 ぐうの音も出ない真実。


「本当よね。でもフランって色々反則だし、私も監視してるから大丈夫よ」

「うっ……」

「ならいいけど……ユー兄ちゃん、無茶しない方がいいよ……二度と」

「うっ……」


 ものすごい突き刺さる眼差しと言葉……!

 こ、こんにゃろうっ!


「よし、あとの事は若い奴らに任せて行くぞ」

「分かりました。行きましょう、ファーラ。大丈夫よ、お姉ちゃんたちが一緒だから」

「……そうだね、まあ……こう見えても元貴族だから、王様に会う事になってもなんとかするよ」

「……う……うん!」


 ……もう一つの問題は、あれだな……。

 ラナの誕生日が、モロに……移動期間に被る。

 せ、せっかくグラス予約したのにぃ〜〜〜!

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