episode クオン



「さあ! たくさん食べなさい!」


 子どもらの中でもクオンは本当に働き者だ。

 クラナも来てすぐにラナに料理を教わって、牧場カフェが開店したら主戦力として働けるように頑張っているけれど……。

 動物たちを放牧場に出して、その間に畜舎をピッチフォークで掃除する。

 水を替え、餌料を餌箱に入れ、干し草を少し混ぜつつ寝床用の干し草を取り替えて……。

 日に日にクオンの働き方は熟れてきていた。

 呑み込みが早く、やる気に満ちているからこそこの子は気をつけて見ていなければならないだろう。


「クオン」

「はい!」

「クオンは料理しないの?」

「えっ」


 真面目な子は折れやすい。

 次男のルースがそういうタイプだった。

 俺の次に年長で、俺が外国への諜報活動が多めだった事もありほとんど家にいないから、どんどん自分を追い込んだのだ。

 ポキーン、と折れそうな直前で気づいたからよかったものの……真面目な子ほど生きづらそうなのがなんとも理不尽な世の中である。


「……料理……できなきゃ、やっぱりだめ……なんでしょうか?」

「ん?」

「あ、あたし、料理とか、針仕事とか……細々した作業が苦手なんです……そう言うと、みんな……おとなは……『女の子なんだから、できないと嫁に行けないぞ』って言うの……この国でも、そうなんですか……?」

「…………」


 ……ああ、そういう……。

 女の子ってそういう事を小さな頃からすり込まれるんだっけ、世間では。うちは男しかいなかったから、嫁とか以前に婿入り先だなぁ。

 多分クールガンより下の弟たちは『竜の爪』が発現しない。

 いたとしたらクールガンよりも爪の数が多い子だろう。

 なぜか『その世代で一番爪の数が多い者』が発現したあとは、『爪持ち』が発現しなくなる。

 そして、それ以前に『爪持ち』だった者の『竜の爪』はゆっくりと消えていくのだそうだ。

 親父にも兄弟はいたが、長男である親父が一番爪の数が多く、弟たちは発現すらしなかったらしい。

 まあ、つまり……親父含め俺と次男のルースもいずれ『爪』が出せなくなるという事。

 いつ力が消えるのかは人それぞれらしいが、家から出ている俺は真っ先に使えなくなるだろう。

 まあ、使えなくても生きていける程度には鍛えてきたから平気だけど。

 あと、これから筋肉も増やさねば。

 ラナは割と筋肉好きみたいだし。がんばる。

 ……ではなくて……。


「んー……まあ、出来ないより出来る事は多い方がいいんでは? とは、思うね」

「できないより、できることが多い方が……」

「うん。そして、あとはクオンはまずそれをやりたいの? やりたくないの?」

「…………」


 目を見開いたクオン。

 これまで強要はされていたんだろうが、自分自身はどうなのか、を考えた事がなかった。

 みたいな顔だな。


「……でも、あんまりうまくできないし……」

「出来る出来ないではなく、やりたいかやりたくないか」

「うっ。…………。…………できたらいいな、とは、思う」

「それはやりたいって事?」

「……う、ん」


 ふむ。

 では簡単だな。


「そう。じゃあ、まずはここを片付けてからにしよう。そのあといいものあげるよ」

「?」


 と、いうわけで畜舎を掃除して朝の仕事を終え、クオンを連れて自宅の二階へ。

 俺とラナの部屋、子ども部屋の間には細長い倉庫があるのだが、そこにしまってあったあるものを取り出してくる。

 作ってみたはいいけど、出番がまったくなかったものだ。


「? それ、なぁに?」

「糸紡ぎ機と機織機」


 の、竜石道具。

 実はこの牧場に来てから割と初期に作っておいたのだが、特に使う事なくしまってあった。

 しかし、そろそろ羊の毛も伸びきるし、冬に備えて準備を始めた方がいいだろう。

 おじ様も羊を贈ると言ってたからもっこもっこに毛の伸びた羊が近々増えるはず。

 まあ、それでも足りないだろうし防寒具は町で買い足す事になるとは思うけど……町に全員連れて行くのはちょっとね。

 本当は全員連れて行って、それぞれ自分の好みで選ばせてあげたいのだが……少しずつ町の人に顔と名前を覚えてもらって、じゃないとこの子たちの髪や目の色では馴染めないだろう。

 あんまり嫌な思いは、させたくないんだけど……こればかりは仕方ないね。

 他の方法としては町の人に喜んでもらう仕事をする。

 うちの羊の頭数では大したものは作れないが、なんにもしないよりはマシ。


「糸紡ぎ機とはたおりき? ……って、なに?」

「おっふ。そこから?」


 ……いや、それもそうか。

『赤竜三島ヘルディオス』は暑い。

 とはいえ、夜はふざけた気温に下がるはず。

 あちらの防寒具は水を全部抜いたサボテンをさらに乾燥させたモノを薪替わりにして火を起こし、夜はそれで暖を取る……だったかな。

 あとは同じく水を全部抜いたサボテンを天日干しし、平にしたあと縫い合わせて生地にするとか……。

 俺も『赤竜三島ヘルディオス』の文化にはそこまで明るくないから、うろ覚えだけど。

 まあ、分からないなら説明すればいい。

 糸紡ぎ機と機織機を二階の店舗へ移動させて、開いたスペースに置き、使い方を説明した。

 使い方といってもまあ、糸紡ぎ機は糸の素をここに置いて、先端を小管に巻いていくだけなんだが……手動でハンドルを巻く必要がなく、自動で巻き巻きしてくれる。


「以上」

「…………」

「で、機織機の方だけど……」


 こちらも糸の設置をすればあとは自動。

 カシャカシャしてくれる。


「…………」

「これなら出来るんでは?」

「……す、すごい、『緑竜セルジジオス』って、こんなものがあるんだ……?」


 いや、俺が作ったものだし、試作品なので世界にこれしかないけど。

 まあ、今まで誰も使う事がなかったので価値もよく分からない。

 ラナも「ジンギスしかいないから糸紡ぎ機は使わないかもしれないわよねぇ」と言ってたし。

 だーよねーぇ。

 でもまあ、子どものおもちゃ代わりにはなるだろう。

 ジンギスの毛を自分の好きなものに加工していくのは、多分子どもにはよい刺激になる、と思う。

 なにより、得意じゃないからやらないより、やってみたら楽しい方がいいよね。


「どう? やってみない?」

「や、やってみたい! です!」

「じゃあ、明日ジンギスの毛を刈ろう。毛はよく洗って、干して、それから糸にするそうだよ」

「やる!」

「オッケー。じゃあ約束ね」

「うん! ありがとうお兄ちゃん!」


 糸を紡ぐまでが長そうだけど、本人が楽しみになってくれてるようなのでまあいいか。




「それで、結局『でんわ』ってどんなものなの?」

「忘れてた!」


 その夜、夕飯作りを手伝いながら一昨日ラナが言っていた『でんわ』について聞いてみた。

 昨日一日話題に出なかったのでもしや、と思ったらやはりか。


「えっとね、電話っていうのは遠くの人と話が出来るものなの」

「遠くの人と話?」


 どういう事だろう?

 全然想像がつかない。

 で、よくよく聞いてみると『固定でんわ』は小さい箱と『じゅわき』なるものが連動しており、でんわがかかってくるとその『じゅわき』を持ち上げて対応するんだって。

 逆に『携帯でんわ』は『じゅわき』が内蔵されているらしく、掌サイズで『固定でんわ』と同じスペックがあるそうだ。

 そんなバカな。

 無理でしょ、絶対。

 と、思うのだが、途中からラナが「いや、固定も携帯もどっちも正直私を殺すんじゃないかと思うから悩んじゃって」と言い出すのでやはり『でんわ』は相当な危険物らしい。

 ……なんでそんな危険物をラナが欲しがるのかさっぱり分からないのだが、その危険を省みる事なく挑み続けた先に『宰相様との直通連絡』があるのだとしたら、ラナにはその危険を冒してでも挑む必要がある……という事なのか。

 そうか、それほどまでにラナにとって『悪役令嬢の運命』は恐ろしいものなんだな……。

 いや、普通に家族と連絡を取りたい気持ちは俺もあるけど……死の危険を覚悟してまでっていうのはねぇ。


「それは安全に使う事は出来ないの?」

「え? いや、無理無理、だって耳元で声が聞こえるのよ? 私、その属性ないと思うんだけど、想像しただけで鳥肌立っちゃうもん」

「そ、そうなんだ」


 想像をしただけで鳥肌が立つなんて……。


「え、それでも欲しいの?」

「う、うーん……だから悩んでるのよ……あれば絶対便利でしょ?」

「まあ、効果を聞いた限りでは……」


 でも副産物にそんな危険があるなら、やめた方がいいんじゃないのか?

 とはいえ、それはラナの前世の時の道具の話だろうから、この世界の『竜石道具』として作った場合どうなるかは分からない。

 形状を聞いただけだと爆発する感じでもないし……耳元で声が聞こえると命の危機に陥るっていう状況もイマイチ……。

 しかし、ラナがここまで言うんだから相当危険なのだろう。

 どうしたらその危険を取り除く事が出来るんだろうか?

 うーん……。


「じゃあ耳元で声が聞こえなければ安全なの?」

「え? それって電話の醍醐味を抹殺してない?」

「? ? ?」


 …………だ、醍醐味、とは?

 だって危険なんだよね……?

 は? どういう事?


「あ、テレビ電話的な?」

「? ? ?」


 ……なぜそこで新たな単語が出てくるのか。

 て、てれびでんわ……?

 今度はなんだ?


「そっか、それなら……けど、そんな事出来るの? フ、フランならそりゃ作れそうだけどさ……電話をすっ飛ばしてテレビ電話だなんて……あ、それはそれで恥ずかしいな!」

「? え、えーと……」


『でんわ』もよく分からぬうちに、もっと難易度が高そうなものの話になってる……感じ?

 困ったな、今回の道具は話がどうも飛び飛びになって進まない。


「ラナ、あのさ……つまり、ラナはどんなものが欲しいの?」


 ラナが望むものはなんでも作ってあげたいのだが、どんなものか分からないと作れない。

 すると、少しだけキョトンとしたあと顔を赤くして逸らされた。

 あれ?


「……え、えーと、えーと……欲しいものって言われるとそのー……欲しいものはないんだけど……」

「へ?」


 欲しいものはない!?

 どういう事!?

 じゃあ『でんわ』の話は一体……!?


「だって、今割と……それどころじゃないくらいいっぱいいっぱいというか」

「え? どうしたの? 具合悪いの? 大丈夫? 夕飯は俺が作るから休んでていいよ」

「違っ! もー、そういう事じゃないわよっ! フランって、本当変なところは過保護というか……」

「?」


 具合が悪いわけではないの、か?

 それどころではないくらいいっぱいいっぱい……体調に余裕がないって事じゃないのかな。


「う、うう、ど、どうしたらいいのか分かんない……」

「? え、え?」

「…………」


 そして黙るの!?


「うっ、や、やっぱり、電話が欲しい!」

「え? あ、はい」

「だから作って! 固定と携帯! あとでイラスト描くから!」

「わ、分かった」

「ふおおおおう!」


 と、鍋をかき混ぜる。

 一体なにと戦っていたのだろう?




 ***




「ユ、ユーフランさん……」


 翌朝。

 動物を放牧してご飯を食べに戻ろうとした時、クオンにそんな呼ばれ方をした。

 振り返ると、毛刈りハサミを持って俯いている。

 表情はガッチガッチ。

 なんだろう、と思いながら近づいてしゃがみ込み、目線を合わせる。


「どうしたの」

「……ユ、ユ、ユーお兄ちゃんって呼んでも……いい?」

「いいよ」


 というか昨日の時点で俺の事「お兄ちゃん」って呼んでたの、自覚なかったのか。

 真面目なクオンらしい。

 つい、口元が緩んでしまう。

 頭を撫でて「あとで毛刈り手伝ってあげるね」と言うと満面の笑顔でクオンは頷いた。

 ラナのイラストはもらっているけど、今日のところは『でんわ』じゃなくて毛刈りを優先かな。


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