『竜の爪』【前編】


 夕飯も食べ終わり、おじ様やダージスたちが学校の寮に泊まるというので見送ったあと……ラナたちはいそいそと着替えやタオルを準備してバスケットに入れる。

 俺だけはその行動に理解が出来ず、首を傾げた。


「あ、温泉に入ってみようって話になったのよ。うちのお風呂は狭いでしょ?」

「ああ」


 確かに全員入れてると汲んである風呂用の水が足りなくなりそうだな。

 しまった、その辺は考えが甘かった。

 でも、やんちゃ坊主どもが温泉とやらを見つけてきたので試しに入ってみて、お湯の温度とか諸々大丈夫そうなら今日からお風呂はそっちまで入りに行こう、という事になったらしい。

 そしてレグルスも『お金儲けになりそう』という意味合いと『温泉イコール肌が綺麗になる』とかなんとかで、今夜はうちに泊まるんだそうだ。

 ……つまり温泉目的宿泊ね。


「…………」

「? どうかしたの?」

「メリンナ先生とアイリンもうちに泊まるの?」

「メリンナ先生ったら飲みすぎちゃったみたいで、寝ちゃったのヨ……」


 テーブルに突っ伏していびきをかくメリンナ先生。

 そんな彼女にブランケットをかけているアイリン。

 その表情は憔悴している。

 まあ、確かにアレを学校の寮まで運ぶのはちょっと、ね。

 仕方ない……前に使ってたマットレス持ってきますか……。

 そして……一応きっちりしておかねばならん事がある。


「ラナ、風呂は俺たちが先に入るよ」

「え、なんで?」

「お湯の温度とかもそうだけど、クローベアがうろついてるって言われたでしょ?」

「うっ……そ、そういえば……」

「俺たちが先に入って、ラナたちが入ってる間周りを見張っておく。あとレグルスはラナたちのあとね?」

「アラ、アタシ心はオンナなのニィ」

「…………」

「分かってるわよォ、一人風呂を楽しませてもらうワ」

「アハハ……」


 かわいた笑いを浮かべるラナだが、あんまり笑い事ではないんだけど?

 とりあえずメリンナ先生のためにマットレスを店舗に持ってきて、寝かせてからやんちゃ坊主どもとニータンを連れ、温泉の場所まで連れて行ってもらう。

 本当はラナに『竜の爪』の事を弁解……いや、ラナの知ってる『小説』の話も聞きたかったけど……まあ、寝る前でいいだろう。


「ここだぜ!」

「!」


 ふーん、シータルとアルが見つけてきた温泉は滝壺のようになっているのか。

 割と高い崖から、お湯が流れ落ちてくる。

 そして溢れた湯は小川のようになって近くの大きな川へと流れていく。


「…………」


 牧場近くの大きな川。

 多分あれに合流するのだろう。

 あの川に春魚が多かったのは温泉の影響もあったのかもしれない。

 ふむ……ぽいぽい服を脱いでドボーン、と入ろうとするシータルとアルをとっ捕まえて、とりあえずニッコリと笑いかける。


「「ひっ」」


 ひっとは失礼な。

 なんだその怯えた表情は。

 まったくこれだからやんちゃ坊主どもは。


「火傷する気? 高温のお湯の中に入ったら全身焼け爛れて死ぬよ」

「うっ!」

「そ、そんな事……」

「温度確認したの?」

「「…………」」


 まだなのな。

 それなのに飛び込もうとか勇者かお前らは。

 いや、それは蛮勇というやつだぞ。


「まずお湯の温度を確認してからじゃないとダメだろう。……うん、まあ、人が入っても平気かな」

「わん!」


 と、鳴き声に足下を見るとシュシュが尻尾を振っていた。

 なるほど、クローベアが近づいてきたら教えてくれるんだな?

 賢い賢い。

 頭を撫でて、持ってきた桶で湯をすくう。


「ちゃんと体洗ってから入りなよ」

「「えーーー」」

「ん?」

「「は、はい!」」

「はぁーい」


 うんうん、聞き分けがよくていい子たちになってきたなー。



で。



「はあ、いいお湯だったワァ〜! これは絶対宿も出来るわヨ! エラーナちゃん、ドウ!?」

「どうって言われてもねぇ」


 まあそんな感じで全員が入り終わった。

 ……レグルスって髪の毛下ろすとあんな感じなんだ?

 化粧も落とすとちょっと印象変わるな。

 うん、おっさん感が増す。

 もちろん絶対口には出来ないけど。


「それじゃあみんな、おやすみなさいを言って寝ましょう」

「はーい」

「にいちゃん、ねえちゃんおやすみー」

「おやすみなさい!」

「あやすみなさぁい」

「おやすみなさい」

「おやすみなさい、ユーフランさん、エラーナさん、姉さん」

「おやすみ」


 ほーう、みんなきちんと挨拶をする習慣があるんだなぁ。

 お辞儀をして二階に登っていく子どもたち。

 そんな中一人だけ、ファーラが戻ってくる。


「アラ、ファーラったらどうしたノ?」

「あ、あの……夕方……」

「ああ……気にしなくていいよ。夕飯の材料探しに行ってたんだって?」

「う、うん……クラナ、あんまり元気なかったから……」

「…………」


 ラナと顔を見合わせた。

 先程夕飯の時に聞いた、二人が森でカーズたちに遭遇した理由だ。

 自宅にいれば安全だっただろう。

 今日はお客も多いし、カーズも正面突破とか、多分そこまで馬鹿ではなかったはずだ。

 だがファーラは、かくれんぼうのさなか、一人になったのを利用して……いや、その偶然を装って森にこっそりキノコを探しに出かけた。

 初めての船、子ども連れでの長旅、慣れない環境の中レグルスとともに窓口として対応を行ってきたクラナの疲労、消耗はかなりのものだったのだ。

 普段やらない事を連日行い、トドメとばかりにあの馬鹿……ダージスがクラナに一目惚れしたとか言い出し口説き始めたもんだからキャパオーバーになる寸前。

 ファーラはそれを感じ取り、クラナの好物……『マジコキノコ』のスープを作ってあげようとしたらしい。

 でも、ここは『緑竜セルジジオス』。

『赤竜三島ヘルディオス』にあるキノコは残念ながら生えていないだろう。

 それを知らないファーラはのこのこ森でカーズたちに遭遇。

 いつまでも見つからないファーラを心配して探しに来たラナも、上手い具合に遭遇。

 ちょうど俺が帰ってきた、という場面だったらしい。

 あの時おじ様たちも近くを探していたらしいので……もしかしたら誰かしらには俺が『竜の爪』持ちだとバレてるかもね。


「うん、クラナの事はレグルスがなんとかしてくれるから大丈夫」

「アラァ? 突然の丸投げェ?」

「お姉ちゃんなんだろ? 妹のケアくらいしてやれよ」

「ンマァ、それもそうよネェ。確かにアタシもちょっと心配だったシ〜。エエ、声かけてくるワ。二階のテラス借りるわヨ」

「もちろん、どうぞ」


 と、ラナが頷く。

 店舗二階の室内は子どもたちの遊び場や勉強用の机が用意してあるが、テラス席用のだだっ広いテラスはノータッチ。

 多分そこでオンナ同士……んん、いや姉妹の話し合いをするんだろう。

 その方がいい。

 昨日今日会った俺たちより、レグルスの方が彼女のフォローやケアは上手く出来るはずだ。


「ファーラはこっちで寝かしつけとく」

「よろしくねェ。それじゃあアイリンちゃん、アタシちょっと上に行ってくるわヨ」

「え、ええ」

「おやすみなさい、アイリン」

「おやすみぃ」

「お、おやすみなさいですわ」


 すでに寝落ちているメリンナ先生と、その横でもう一つのマットレスに寝ようとしていた……寝ぼけ眼のアイリンに挨拶しておく。

 この二人も帰れなさそうなので泊まりだ。

 さてファーラだけど……自宅側の階段から子ども部屋に連れて行くのがいいだろう。

 というわけで、店舗から自宅の方に扉を開ける。


「そうだ。ファーラ、俺が出した『爪』の事は他のみんなには内緒だよ? 怖がらせちゃうから」

「うん! ……お兄ちゃんもファーラみたいに『変』だったんだね」


 え……ストレートに変って言われた……!?

 いやいや、確かに『竜の爪』持ちは少ないけど、俺なんか親父や弟たちより爪の数少ないからね?

 普通だよ、普通!

 大体自宅まで戻ってきたら使えないし!


「(フランがショック受けてる……)……あ! そういえば、フランに聞きたかったのよ、その件で!」

「ん?」


 あ、俺も聞きたい事があったんだ。

 ラナはクールガンの事を知ってるんだろうか?

『竜爪使い』……と言っていたけれど……もしやクールガンは『小説』に出てくるのか?

 しかし、その話をする前に……。


「おやすみファーラ」


 自宅の階段を上り、子ども部屋にたどり着く。

 どったんばったんと騒がしくない方が女子部屋だろう。

 ファーラは男子部屋の方をちらりと見る。


「叱っておくから大丈夫だよ」

「う、うん。あの、お兄ちゃん……助けてくれて、ありがとう」

「どういたしまして」


 素直でいい子。

 頭を撫でて、背中を押す。

 たとえ守護竜の加護を受けられなくとも、やはり普通の女の子だな。


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