ああ、面倒くさい【1】



 さて、翌日だ。

 ラナが女たちに料理を作らせ、男たちは一晩寝て落ち着いたのか、畑仕事を自主的に手伝ってくれている。

 ぶっちゃけ、実に助かる。

 野菜や果物などは有り余るほど有り余っているのでじゃんっじゃん消費してくれて構わない。


「やれやれ、面倒な事になりやがったな」

「ドゥルトーニル家は?」

「明日来る。連絡はやったからな。……で? 身の振り方は全員決まっているのか?」


 腕を組んだクーロウさんが、ちらりとダージスを見る。

 いや、睨む、かな?


「……お、俺は……」

「いいかしら? タガン村の人たちは移住を希望してるわ」


 遮るように入ってきたのはラナと一人の青年。

 名をカルンネさんというそうだ。

 ダージスよりはしっかりしてそうな顔。


「移住っつー事は……国民権もほしいって事か?」

「そ、そうなりますかね。お金はかからないんですよね?」


 ふむ、クーロウさんはさすが一つの町の長。

 やはり見据えているなぁ。

 カルンネさんだっけ?

 まあ、知らないのも無理はない。

 仕方ないので俺が教えてあげよう。


「ああ、この国の国民権取得に金はかからないよ。でも、平民の場合『青竜アルセジオス』から国民権を抜く時にお金がかかる。一人金貨一枚」

「!?」

「え! そ、そうなの!?」


 ラナも驚いている。

 って事は知らなかったな?

 まあ、俺たちの時はお金かかってないもんね。

 でも、俺たちと彼らでは『身分』も『事情』も違うのだ。


「そうなの。俺たちの場合は爵位継承権剥奪でチャラ。貴族辞めます、って事で払わなくて済んでいる。でも、国としては国民が減るのは困る。だから国民権の破棄には金貨一枚が必要になるんだ。逆に言えば、お金さえ払えば自由の身。どこへなりとどーぞって事」


 平民に金貨一枚は大金も大金。

 発明品が高額でぽんぽこ売れていくから忘れがちだが、金貨一枚で家が建つ。

 三枚もあれば庭つき豪邸が建つ。

 ……『緑竜セルジジオス』は木材が豊富だから『青竜アルセジオス』よりも安く家が建つっつー話は横に置いておくとして。

 そんな大金なので、平民は支払う事はまず無理だ。

 それでもその国にいられない理由があるのなら、土地も家もなにもかも売り払って工面するしかない。

 平民の生活を思うと……ああ、特に『青竜アルセジオス』の物価を思うと平民が金貨一枚貯めるのにかなり節約生活をして、十年くらいかかるんじゃないかな。

 その代わり、貴族は平民から徴収した税金を湯水のごとく使う。

 不満で内紛でも起こりそうなものだが、これが意外にも『竜の遠吠え』対策で大人しくなる。

 平民はその日が無事に暮らせれば、それでいいと思っているのが大多数なんだろう。


「……そ、そんな……金貨一枚だなんて……そんな大金……」

「そうね、普通なら無理だわ。って事は、方法は一つね!」

「悪どくない?」

「悪どくない悪どくない! 慈善事業じゃないもの」


 そうかなぁ?

 ……あ、みんなは分かってなさそう。

 ダージスたちはともかく、クーロウさんもとはね。


「な、なにかいい考えがあるのか? 嬢ちゃん」

「簡単ですわ。彼らに『竜石職人学校』に入って貰えばいいのです」

「! なるほど!」

「りゅ、竜石職人学校? なんだ、そりゃ」


 若干面倒くさいなー、と思うが、ラナがドヤ顔で説明を開始する。

 この国……つーか、この付近では、今ラナの知識を基に俺が開発した竜石道具の生産が追いつかない状況。

 竜石職人が圧倒的に足りないのだ。

 なので、現役竜石職人を講師に招き、牧場ここと『エクシの町』を繋ぐ細い街道の真ん中付近に『竜石職人学校』を建設する事になった。

 もちろんただ竜石職人学校を作るわけではない。

『エンジュの町』と『エクシの町』、その付近の村々で失業者が増え始めたので、彼らに“手に職”を与えるのが目的でもある。

 領主ドゥルトーニル伯爵は領民の職の問題と竜石職人不足を同時解消する一手として、その学校に出資、運営を担う。

 それに噛んでいるのがレグルス商会の会長であるレグルスと、『エクシの町』の取締役、クーロウさん。

 と、ラナである。

 ラナは収入を増やしたい。

 学校で竜石の彫り方を教わった生徒たちが刻んだ竜石核が売れれば、俺たちが受け取る『月の売り上げ一割』も増える。

 そう、この事業は俺たちにも利があるのだ。

 なので、俺もまあ、反対はしない。

 面倒くさいとは思うけど。


「と、いうわけで現在生徒募集中なのよ。寮もあるし、衣食住は保証するわ。自分で刻んだ竜石核が売れれば半分の金額が手元に残るの。もう半分は、学校の方に学費として納めてもらうけどね。技術を覚えながら生活出来るのよ、最高でしょ?」

「そ、それは、た、確かに……」

「そんなうまい話、簡単に信じられるわけが——」

「あら、じゃあ……『エクシの町』に再来週開店する私の店を手伝う? 軌道に乗るまではお給料出ないけど、食事と寝る場所は用意してあげるわよ」

「み、店?」

「今朝食べたじゃない。小麦パンの専門店を出すの」


 ふむ、ダージスはさすがに貴族。

 慎重だな。

 でも、悪い話ではないのは本当だ。

 なにしろ物によってはその手元に残る『半額』で十分国民権を手放す金が手に入る。

 グライスさんいわく、初心者には絶対無理らしいけど。

 それに、量産が上手くいけば入る金額は減っていく。

 需要が減るから仕方はない。

 でも、『緑竜セルジジオス』国内が潤ってもまだ『他国』がある。

 レグルスは他国にも手を広げるつもりだ。

 大陸全土に広がれば、『緑竜セルジジオス』は一人勝ちの大儲け。

 経済情勢だけで世界はひっくり返る。

 ……おそらくレグルスもゲルマン国王もそこまで計算に入れているだろう。


「…………」


 で、隣でドヤ顔しながら得意げに話している当事者の一人……ラナは多分そこまで考えてないんだろうなぁ。

 俺はラナが“らのべ”のストーリーに怯えず、穏やかに楽しく暮らしてくれるんならそれでいい。

 世界がどう動こうと興味がないもん。

 守護竜が各国に存在する以上、戦争は起こらない。

 経済による軋轢は生まれるかもしれないけど、『緑竜セルジジオス』は俺とラナを受け入れてくれた国だからここが潤う分には別にって感じ。

 それに——……その『ストーリー』とやらが狂うならいくら狂ってもいいんじゃない?

 ラナに被害が及ばないんなら、いくらでも。


「もしくは牧場の手伝いでもいいわよ!」

「ぐっ……つ、土弄りなんて出来るわけないだろう……!」

「あーもー、あれもやだこれもやだって……! じゃあ『青竜アルセジオス』に帰ったら?!」

「ひっ……そ、それは……」


 ……おっと、分かっちゃいたけどあっという間にダージスが劣勢。

 助けて……やるのめんどくさいな。

 まあいいか、ダージスは。


「で、ダージスはああ言ってるけど、タガン村の人たちはどうするの?」

「……全員に意見を聞いてきます」

「そうだね。それがいい。女の人はパン屋とカフェの仕事の方を手伝うのもありだと思うし、学校の中の仕事も募集するらしいからそれも伝えておいてくれる? 学校の中の仕事は明日運営責任者が来るから、その時に詳しく聞けばいいよ」

「学校の中の仕事……というのは?」

「生徒の世話だな。飯作ったり掃除したり。今言った通り、詳しくは明日」

「なるほど……分かりました。みんなに聞いてきます」

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