強気すぎる



 まあ、なんにしても美味しかった。

 ラナに料理の才能があったのはありがたい。

 俺も料理は作れるけど、なんつーか野戦料理みたいなざっくばらんな感じだから。

 なにより手料理が食べられるというこの奇跡。

 これなにに感謝したらいいの?

 守護竜様?

 どこの?


「フラン、冷蔵庫とコンロが終わったら洗濯機とオーブンも作って欲しいんだけど……で、出来る?」

「…………セン……なに?」


 皿洗いを手伝っていたらまたなにか言い出したぞ、このお嬢様は。

 セ、センタクキ?

 オーブン?

 な、なんだ、それは。


「ええと、自動で洗濯とか脱水をしてくれる機械……竜石道具? かな? オーブンは、石窯よりも手軽に石窯みたいに料理を焼ける竜石道具……っていうイメージ?」

「石窯か……そういえば石窯はないな。自動で洗濯っていうのも興味深いけど……でも、冷蔵庫やコンロサイズの竜石道具を作るとなると中型竜石を買わないと無理だな」

「! ちゅ、中型の竜石って高いの?」

「銀貨五十枚は固い。物の質にもよるけど、安くても銀貨四十枚はする」

「っう……」


 今回使ったのは俺が持ってきたへそくりで買った。

 さすがにこのサイズはポンポン買えない。

 小型竜石も質によるが銀貨一枚。

 安くても銅貨九十枚は必要。

 洗濯と脱水をしてくれる竜石道具なんて、どう考えても複雑なエフェクトを刻む必要があるじゃん。

 無理無理〜、小型の竜石じゃ無理!

 オーブンとかいう自動の石窯も、石窯の温度を考えるとコンロよりも高温を出せるようにしなきゃいけないってことだろう?

 あははははは、マジとんでもない事考えるなこの人。


「てか、石窯なら組み立てれば作れるんだしいらなくない?」

「え、えー……だって石窯とか使い方分からないし」

「えぇ……なにそれ……」


 石窯は欲しいのに石窯の使い方が分からない?

 は、はあ?

 知識の偏りがおかしくない?

 どうしよう、突っ込んで聞い……。


「で、でも! パンが焼きたいの! 小麦で! 絶対美味しいのを作るから! あ、あと、あの、私も手伝うから! だから、石窯作って! お願い!」



 んんんんんん〜〜〜〜〜〜っっっっ。



「……分かりましたよ。君にそこまで言われたら、ね。パンを焼くのになぜわざわざ石窯? とは思うけど……石窯くらいなら今日中に作ってあげる」

「ありがとう! 小麦は買ってきてあるし、任せて! 絶対美味しいパンをご馳走してあげるわ!」

「………………」


 え? よく分かんないけど俺もしかして今日死ぬの?

 満面の笑みとガッツポーズとか、眩しすぎて直視出来ない。

 目が潰れ果てる。

 どう返事をすればいいのかさえ分からなくなっていると、扉がノックされた。

 え、誰……と一瞬考えたが、天井と床の修理を頼んだのを思い出す。


「はい」


 扉を開けるとたいそう不服そうな顔のおじさんたちが歯ぎしりしながら立っている。

 えぇ、突然の地獄絵図?

 ガラガラと荷馬車の音も……。

 見ればアーチ状の門の中に、木材を積んだ荷馬車が入ってくるところだった。

 そして……。


「ハッアーーいン! ユーフランちゃーン! みんなのお姉さん、レグルスオネェさんよーーーン!」


 ……荷馬車に変なのも乗ってるなぁ。

 全員で十五、六人ぐらいのマッチョなおじさんたちが集まってきた。

 濃ゆい。


「そしてこっちが兄のグライスよーン!」

「…………」


 布つきの荷馬車からレグルスに引きずり降ろされたのは、か細く色白な眼鏡の男。

 頭がまるで鳥の巣のようにボサボサだ。

 丈の足りないズボンからは、折れそうな足首が見えている。

 ボリボリと頭を掻き、嫌そうに降りてきた。


「う、うーん……、ええと、君がユーフラン君? え、え、と、オ、オレは……竜石職人のグライス……」

「! 竜石職人! ……へえ……」

「フラン? 誰が来たの? 竜石職人ってなに?」


 ひっ、真後ろにラナが……。

 ちょ、ち、近いんですけど近いんですけど。

 そんなぴょこんと顔出すとか可愛いから本当やめて殺す気かっ!

 あ、えーと、今なんか聞かれたな?

 竜石職人の事だっけ。

 相変わらず変な事知ってて普通の事知らないな?


「竜石職人は竜石に命令エフェクトを刻む職人の事。俺みたいな下手の横好きみたいなんじゃなくて、それで食ってるプロな」

「……フ、フラン、それ絶対プロの前で言っちゃダメよ、二度と」

「え? なんで?」


 なぜか表情が青ざめるラナ。

 知りたいって言ってたのに、俺の説明なにか間違ってたのか?

 いや、竜石職人についての説明はこれであってるはずだが……?


「ふ、ふふふ、本当面白い子! まあいいワ。今天井と床を修繕中に過ごしてもらう仮の家を作るわネ。そのあと寝具を移動してもらって、一週間ほどで修繕は終わる予定ヨ」

「え! け、結構掛かるんですね……」


 そういえばラナは見積もりの話の時、調味料を見つけたってはしゃいでていなかった。

 段取りとかも説明していなかったな。

 まあ、立ち話もなんだし、仮の家が完成するまでは家の中で兄弟に待ってもらう事にする。

 とはいえ、客用の椅子はないから俺は竃に寄り掛かりながら。

 ラナはテーブルの横に立っていようとした。

 しかし、それに気づいたレグルスがラナを椅子に座らせる。

 商人にしては紳士的だなぁ。

 若干肩に触るな、と思ったけど。


「仮宿は今日中に完成予定ヨ。床と天井の修繕は一週間ほどを予定しているワ。本当なら建て替えちゃった方がいいと思うんだケド」

「そんなお金ないよ。建物の建て替えとかいくら掛……」

「くおおぉら! テメェェ! せっかく直しに来てやってんのに出迎えもしねーとは何事だゴルァァァ!」

「「……え」」


 バキン!

 ダン、ダン……バタン。

 なんの音が分かる?

 ……扉がぶっ壊れて、更に二つに割れて床に落ちた音だよ。


「「「……………………」」」


 入り口に立ってるのは……クーロウさんだね。

 固まってるよ。

 俺とラナも固まってるよ。

 レグルスもグライスもなにも言わずに扉があった場所に仁王立ちしてるクーロウさんを眺めている。

 うーん、控えめに申し上げてなんつー事してくれるんだこの人。


「…………サ、サービスだ。と、扉も、脆くなってたみてぇだから、な」

「あ、ああ、そうなんですか。どうも……」


 そういう事にしておくけど二度とやるなよ。


「もー、クーロウさんは乱暴すぎるのヨ。直すところ増やしてどうするのヨォ」

「う、うっせぇ! サービスだっつってんだろーが! おうおうおうおう! それよりもなんでテメェがさも当然のようにうちの依頼人と喋り込んでやがる!」

「あんら、アタシだって商売の話をしに来たのヨォ〜! こっちの話が終わるまでクーロウさんは仮宿作りに勤しんでたらいかがァ?」

「んだとテメェ! やんのかゴルァ!」


 …………『セルジジオス』の人たちってなんでこう血気盛んっつーか、賑やかっつーか、声がでかいというか、シンプルにうるせーのか。

 ん、けどグライスさんはずっと大人しいな。

 どちらかというと居心地悪そう。


「あの、グライスさんは竜石職人だそうで……」

「う、うぅん、まあ、その、あぁ……レグルスの頼みで、なんだか珍しいエフェクトの刻まれた竜石の設計図を見せてもらえるとかなんとか……」

「ドライヤーの件よ。本当なら設計図を売りつけたいと思ってたけど、銀貨五十枚でこの人に教える、って事になってたでしょ」

「……ああ」


 そういえばクーロウさんちの作業場でそんな話をしてたなぁ。

 ドライヤーの設計図なんか、金貨三十枚とかで売れるわけないしね、そのくらいが妥当だよね。

 あ、俺がこの人に教えるのか。

 あれ、でもこの人プロだよな?

 ……んー、まあ、プロならすぐに刻めるだろう。


「分かった、いいよ。でも、冷蔵庫を作ってからでいい?」

「「「レイゾウコ?」」」


 ぎゃあぎゃあ騒いでいたレグルスとクーロウさん、そしてグライスさんも聞き返す。

 だよな、聞き慣れない言葉だもんな。

 ラナの造語だと思うが、割と的確に名づけられていると思う。


「あ! そ、そうですわ」


 おや、唐突なお嬢様モード。

 そういえば冷蔵庫の設計図は金貨八百枚で売りつけ、更に売上の一割を献上させると宣ってたな。

 マジでそんな金額で売れると思ってるんだろうか?

 売れたらすごすぎ。

 ラナ、マジに商人になれるってそんな事出来たら。


「……フラン、見てて」

「え」

「貴方の才能の本当の価値を、分からせてあげる」

「…………」


 小声でそう告げられた。

 俺の、才能の本当の価値?

 なにを言ってるんだ?


「ちょうど今から実演してもらうところでしたの。もしよろしければお三方もご一緒にいかがです? ……ユーフランがいかに天才的な発明家なのかをご覧にいれますわ! そして、もしお気に召して頂けましたら、冷蔵庫の設計図を金貨八百枚と月の売上一割でお譲りします!」

「き、金貨八百枚だと!? バカか! そんな価値のある設計図があるもんか!」

「そ、それはまた大きく出たわネェ、エラーナチャン。さすがにぼったくりもいいところヨ?」

「あ、ああ……なんだそれは、竜石道具の事、だよな? ずいぶんと自信があるようだが、そんな価値の竜石道具聞いた事がない」

「ええ、今までは、ね」


 腰に手を左手、胸に右手。

 堂々とした立ち居振る舞いと自信満々の笑顔。

 ……ああ、彼女だ。

 初めて会った時、あのパーティーの時のエラーナ・ルースフェット・フォーサイスの姿。


「宣言通り、この国は彼の才能によって変わります! ええ、わたくしが彼の真価を見せて差し上げますわ! まずは刮目してご覧あれ! この国の食文化が根本から変わる、その瞬間を!」


 ……待って、待って言い過ぎじゃない、それ大丈夫?

 ハードル上げすぎでは?

 俺、胃が痛くなってきたんですけど。


「というわけでフラン! 早速冷蔵庫を作ってくれる? 実演が一番よっ」

「は、はあ……でもあんまりハードル上げないで欲しいんだけどな」

「大丈夫大丈夫!」


 なにが。

 ……はあ、もうどうなっても知らない。

 軽い頭痛を覚えながらも、徹夜で命令エフェクトを刻んだ竜石核を持ってくる。

 とはいえ、少し加工しようと思ってたんだよな。

 クーロウさんに相談して、外で昨日買ってきた箱に棚をつけていく。

 四角い箱の中に棚を入れ、ラナの希望で大きさも追加。

 クーロウさんも半信半疑ながら、扉を壊したついでのサービスといい片開きの150センチ台の箱いや庫の完成。

 ラナ、なんか目がめっちゃキラキラワクワクしてる。

 ……悪い気はしないけど。


「じゃあつけるよ」


 竜石道具は竜石に命令エフェクトを刻み込む。

 このエフェクトの図を設計図と呼び、エフェクトを刻んだ竜石を竜石核と呼ぶ。

 しかし、基本的に竜石核は竜石道具になると消滅する。

 なぜなら——。


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