作業開始


 廃牧場に帰ってから、荷物を降ろしてあらかた片づけ終わるともう夕方になっていた。

 ルーシィに餌と水を与え、ブラッシングしてから家に戻るとなにやらウキウキしたラナが竃でなにか作っている。

 後ろでカールレート兄さんに声を掛けられ、振り返ると親指立ててたのでとりあえず殴りに戻った。


「へぶし!」

「今日はアリガトー」

「言葉と行動がおかしい!」


 普通でしょう。


「まあ、いい。どうやらエラーナ嬢に任せておけば、この国でも十分やってけそうだしな、お前!」

「…………」


 あれ、俺が心配されてたの?

 ラナよりこの国に詳しいつもりなんだけどねぇ?


「なんにしても、困った事があればなんでも言えよ! 俺は絶対的味方だからな!」

「……うん、まあ、どうも?」


 そう言われると逆に警戒しちゃうんだけどな。

 あと普通に顔近い声でかい肩を叩く力が強い。

 痛いわちくしょう。


「一応明日も来る。そのあとも半月に一度は来るようにするが……緊急の時はクーロウに相談するといい。口ではああ言っていたが、親父と同じで情に厚い人だ」

「…………。そう。分かった」


 おじ様タイプの人、ね。

 まあ、そんな感じだな。

 けど、町の取締役って事は町長だろう?

 あの人があんな態度だと、町の人にも自然に距離取られていくんだろうねぇ。


「明日は大工が来るんだろう? 床や天井の補修って一日で終わらないだろうから、気になるようなら町の宿に泊まれよ? 宿代は俺が出してやるから」

「あとから返せって?」

「おう! 期待してるぜ!」

「……ふぅ……」


 分かっちゃいたけど前途多難。

 によによとしたカールレート兄さんを見送ってから、家に入る。

 竜石が外されていた天井のランプは帰ってきてすぐに竜石を入れたから灯が点って、昨日より明るい。

 カーテンは付けた。

 ベッドも……というかマットレスだが、ドアの側に置いて寝る準備は終わっている。

 ああ、そうだ風呂どうしよう?

 昨日は移動で疲れてたし、今朝は早くから買い物だったけど買ったものの片づけで汗かいたから今日は入りたい。

 風呂用の竜石も買ってあるし、試してみるか?


「ラナ、俺ちょっと風呂の掃除してくるね?」

「あ、うん! ありがとう! 夕飯出来たら呼ぶね!」

「…………うん」


 ああ、やはり飯作ってたのか。

 なんかウキウキしてるけど、どうかしたのかな。

 そう、思いながらせっまい風呂場に入る。

 脱衣場用のスペースには今日買ってきた籠と、背もたれのない椅子が置いてあった。

 扉を閉める。

 鍵はつけ替えられていて問題ない。


「…………」


 なので盛大に頰をつねってみた。

 痛い。

 夢じゃない。

 マジか。

 しゃがみ込む。

 膝を抱えて、顔を埋めた。

 ああ、なんだあれ、可愛い。

 夢じゃないのか、そうか。

 ……夕飯出来たら呼ぶね、とか……平民の夫婦みたいな……いや、実際平民の夫婦なんだけど……いや、でもクソ、なんつーか、ああ、言葉が出てこない!


「……風呂掃除……」


 うん、やる。

 めっちゃやろう。

 ラナもお風呂に入りたいだろうし。

 徹底的に、やる。




「いただきます!」

「?」


 風呂を洗って、ラナの手作り料理を食べ始める……前に、なぜかラナが聞き覚えのない言葉とともに手を合わせた。

 なんだ、それ。

 と聞く前に、テーブルの上を見てまた固まった。

 ん、んん?

 なんだ、これ……見た事もないカラフルな料理がたくさん……。

 ラナの家はこんなものを毎日食べていたのか?

 それを再現出来るとか……ラナって本当に料理が上手いんだな?


「いやぁ、今日は緊張したわ」

「レグルスとのやりとり?」

「そう。……食べないの? もしかして、嫌いなものあった?」

「あ、いや……あまり見慣れないものが多かったから」

「え? そう?」


 ……うちの国にいた頃でも、こんな黄色いスープは見た事ない。

 コーン、かな?

 すごく甘くてまろやか。

 それに香りもいい。

 なにが入ってたらこんな味になるんだ?

 ミルク? 砂糖も入ってる?

 それに、こちらのサラダ……変なものが掛かってる?

 少し甘酸っぱい……でも、レタスが進む。

 生の野菜がこんなに美味しいとは……。

 その上、これは鳥?

 鶏肉を丸々と焼くなんて大胆だな?

 足の肉、だろうか?

 でもなんだこの香り……それに、色味も。

 全体が茶色いなんて、普通に焼いたにしては変だな?

 食感も外はパリパリするのに中はふわふわしてる。

 ん、軽く衣がついているのか?


「どう?」

「美味しい。全部美味い」

「ふっふーん! でしょう!」


 ……冗談抜きで美味い。

 見た目は少し驚いたけど……特にこのサラダのドレッシングは一体なんだ?

 聞くと摩り下ろした玉ねぎと人参をビネガーとユショー、ワイン、蜂蜜と混ぜたものらしい。


「醤油……んじゃなくて、ユショーがあって良かったわ! やっぱりこれがないとね〜!」

「……? ユショーって、塩の代わりでしょう?」

「え、そうなの?」

「内陸の方は塩が手に入りづらいから、ユショーで代用するんだよ?」

「……。え? ユショーってなにから出来てるの?」

「え? 知らずに使ってたの? ユショーはユショーの木から取れる木の実を燻ってから煮込んだ汁。無茶苦茶塩っぽいから、薄めて使うんだ。……けど、まさか……」

「う、薄めるなんて! あ、つまり濃口醤油って事……?」

「え? なんて?」

「あ、な、なんでもない! そ、そうなのね。もったいないわ。私がもっと美味しい食べ方を広めれば醤油……ユショーも広められる!? そしたらもっと安く手に入るようになる!?」

「え? さ、さあ?」


 本当にどうした?


「……ところで、明日の予定なんだけど!」

「う、うん?」

「私がシュシュを作るから! フランは冷蔵庫とコンロを作って!」

「……ああ、食べ物を保存する冷たい箱、だっけ? うん、分かった」


 それ用に鉄製の箱も買ってきたしね。

 あと、コンロね……ええと、薪を使わなくても火が点く竃、だったかな?


「そ、そう! コンロは弱火と中火と強火、みたいに、火の強さを調節出来たり!」

「……ああ、なるほど。それなら重いフライパンを上げたり下げたりしなくて済むね」

「そうそう! あと、出来れば二つか三つくらい同時に調理出来るようになると、バリエーションが増えていいんだけど……」

「ええ? そんなに? お店でも開くのかよ?」

「そ、そうじゃなくて、ええと、スープとメインを同時に作りたいのと、同時にお湯も沸かしたい、みたいな?」

「ふぅん? まあ、出来なくもないからやってみるけどな」

「ありがとう!」

「っ」


 かっ…………、わいいかよ……くそう、やってやるわ……!


「他になにか要望は? あるなら今のうちに言ってくれよ」

「あ、えーと……そうね、冷蔵庫は……三段くらい棚が欲しいかな? 出来れば冷凍庫もつけてくれると最高なんだけど、さすがにそれは贅沢言いすぎだよね」

「レイトウコ?」


 今度はなに?

 またわけの分からない単語がポーンと飛び出してきたな。

 首を傾げると、ラナは少し焦りながら「ものを凍らせて保存する事が出来ると楽かな、って! ほらあの、冷たいよりも凍らせた方が長持ちするでしょ!」と言う。

 ああ、レイトウコって冷凍の倉庫って意味か。

 ……な、なんというか……。


「君、本当にとんでもない事考えるな……?」

「え、えーと……そ、そう? 料理してると、ほらなんかこう、作りすぎたりするじゃない? そういうのもったいないじゃない。保存して置ければ、忙しい時にチンしてすぐ食べれば……あ! いやいや、その……と、とにかく便利だなって!」

「……ふぅーーーん……?」

「………………」


 気まずそう。

 なので、それ以上聞くのはやめておく。

 ……さすがに奇妙だな、とは……思うけど……。


「あ、あの、その……」

「いいさ、別に。君が天才、って事で片づけてあげよう」

「え! ……え、ぇ、で、でもあの……」

「君を困らせたいわけじゃないからな。君が言いたいと思ったらでいいさ。じゃあ、早速取り掛かってみる。後片づけは任せていいかい?」

「……! ……うん、任せて……」


 さて、と……思いも寄らぬ追加オーダーだな。

 コンロは三つか。

 それも、弱火と中火と強火を三段階で使えるように。

 冷蔵庫も棚が三段。

 そして、新種の冷凍庫。

 冷凍庫は……ちょっと温度の設定を下げれば可能かな。

 まあ、問題は箱の加工。

 竜石のエフェクトに耐えられるように、同時に箱の内部を強化するエフェクトを加えなければならない。

 えーと、そうなると…………。


「………………」


 買ってきた竜石はほとんど小型。

 しかし、刻み込むエフェクトの質量を思うと最低中型の大きさが必要だ、

 中型竜石は二つしかない。

 だってコンロと冷蔵庫しか作らないと思ってたんだもん。

 難しいが、コンロは一つで三つを制御出来るように少し細かくエフェクトを刻む。

 冷蔵庫は冷凍庫と機能を分けられるようにする。

 えーと、なら道具アイテムの方を改造するしかないかな?

 道具の改造は家の中では出来ないから明日やるとして、とりあえず竜石にエフェクトを刻もう。

 これなら一晩で出来る。

 今夜は徹夜になりそうだけど……特に夜間、用事もないし予定もなさそうなのでイケるイケる〜……別に悲しくはない。本当に。


「あ、風呂入ってきなよ。使い方分かる?」

「ドゥルトーニルさんちで覚えたわよ!」


 ……なぜか怒られた。

 なぜ?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る