エクシの町へお買い物【後編】



 平民の仕事……生活だよ?

 ご令嬢なら土に触るのも嫌なはずなのでは……?

 割とガチトーンで聞いてしまったが、ラナは肩を跳ねさせて油の切れた扉みたいなギギギ……という動作で振り向き……。


「え、え? えーと、まあ、その、のんびりとした生活? ガ、ガーデニング的な? うん、そ、そういう趣味があったというか?」

「へえ? 珍しい趣味だな?」

「ま、まあね?」

「…………」


 あまり深く突っ込まれたくない、って感じか?

 まあ、ご令嬢が褒められた趣味ではないからな。

 庭師の仕事だし、ガーデニングなんてこの国の……『セルジジオス』の令嬢なら一般的な趣味として嗜まれていると聞いた事はあるけど……『アルセジオス』では上流階級の人間は土に触れるのは平民や身分の低い者、という意識があるから、公爵令嬢がガーデニングなんてやっぱ変。

 まして、教室であんなにいばり散らしてた業突く張りの高飛車令嬢が……はあ?

 じっと見つめてみるけど、冷や汗流してるし……変だという自覚があるなら、いいけどね?


「確かに畑は作りたいしな……やる気があるのはありがたいよ」

「そ、そうでしょう?」

「あ、そうだ……畑で思い出した。鶏を買っていこうと思ってたんだ。やべぇ、お金足りねーな」

「鶏? なんで?」

「卵が手に入るだろう? あと、非常食」

「ひ、ひ、非常食……」


 ん、非常食といえば、近くに川もあるし釣竿も買ってくれば良かったかな?

 まあ、釣竿は糸があれば適当に作る事は出来る。

 手作りすればいいか。

 なんにしても、鶏は次の機会だな。


「あ、良かった! そこの新婚さん!」

「「っ!」」


 ビクッと肩が跳ねる。

 思わず周りを見回した。

 なぜか焦ったような顔のラナと目が合う。

 も、もしかして今の俺たちの事?

 振り返って、声を掛けてきた少年を見る。


「そこの新婚さん!」

「「っ!」」

「あ、驚かせてごめんねー?」

「「っちっさ!?」」


 俺たちに声を掛けてきたのは七、八歳ぐらいの子ども。

 つぎはぎの服に、木の靴。

 しかし、容姿はかなり小綺麗な男の子。

 え? なに、この子。

 子どもが一人でうろついて大丈夫なのか?

 ま、まあ、周りの人たちからも軽く「よっ」とか挨拶されてるから、大丈夫なんだろうけど……『アルセジオス』の下町だったら人攫いに遭ってるぜ?


「やあやあ、おいらはワズ。この町で家畜業をやってるんだ」

「! ああ、そうなのか? いや、実は鶏を一羽買いに行きたかったんだが、屋敷の修繕で行けそうになくてな。今度伺うよ、どこにあるんだい?」

「おお、そりゃあちょうど良かった! なあなあ、兄さんたち『シュシュ』という髪留めを売ってるんだろう? 最近貴族だけでなく平民の間でも売り買いされていると聞いたんだけどさ?」


『シュシュ』……ラナが名づけた髪結い飾り。

 伸縮するゴムを筒状に縫った布の中に入れる事でくしゃくしゃになり、それで髪を結うだけなんだが……そのくしゃくしゃが可愛いと女性ウケしている。

 布の質を下げれば、平民にも手が届く。

 値段は貴族のものは銅貨二十枚。

 平民のものは銅貨十枚。

 貴族が身につけるにしてはあまりにも安物だが、メイドたちから口コミで広まり、ここ一ヶ月で生産が追いつかないほど注文が入っている。

 最初は貴族用銅貨十枚、平民用銅貨五枚にしていたが、カールレート兄さんが下働きの女性たちに頼んで生産をしても、そろそろ間に合わないと言っていた為値を上げた。

 そうせざる得ないほどの人気なのだから驚いたものだ。

 石鹸は一度にたくさん作れるが、こちらも注文が増えている。

 いやー、まさかあんなものがあっさりヒットするとはね。


「銅貨十枚だ。なんだい? 好きな女の子にでもあげるのかい?」

「いんや、もうすぐ母さんが誕生日なんだ! だからプレゼントを探してたんだ。銅貨十枚ならおいらにも手が届きそうだし!」

「っ……」

「っぅ!」


 て、天使かよ……!

 ! こ、これは……口を押さえて苦しそうにしているラナの姿を思うに……恐らく俺と同じ事を考えている——!


「お、おお、そうか。そりゃあ偉いなぁ。ああ、それなら注文を承ろう。これからお世話になるかもしれんからな」

「ああ、鶏って言ってたよな。ひよこでいいなら元気なやつが生まれたばかりなんだ。で、どうだい兄さん、ひよこは一羽銅貨十枚なんだ」

「ほほう?」

「……え、そ、それって……」


 このガキ、したたかだな。

 いや、嫌いじゃないぜ、そういうのは。


「なるほど、いいぜ。それで手を打とう。ちなみに、すぐに卵を産める大人の鶏はいくらなんだ?」

「銅貨五十枚! まあ、鶏の品質にもよるんだけど。だいたい平均はそのくらいだよ。今三十羽くらいいる。そろそろ大人になるのが二十羽。若いやつはもうちょっと安いけど、まだ卵を産むやつはいないな~。オスなら食肉用で大人の鶏くらいの値段。卵は十個で銅貨十枚だよ。一個銅貨一枚。餌は一袋銅貨三十」

「ふーん」


 いや、冗談抜きでうちの弟たち並みに優秀だなこいつ。


「他にも牛や羊、山羊がいるよ。牛と羊は銀貨五十枚。山羊は銀貨三十。オススメは山羊! 草は食ってくれるしミルクでチーズも作れる」

「ああ、それはいいな。元牧場という割に草生え放題だったし」

「そ、そうね」

「でも羊もいいな。毛を刈って糸を作れれば、布を織(お)ってわざわざ布を仕入れなくて済む」

「あ、そうか、シュシュ作りの原価が掛からなくなる!」

「そう」


 とはいえそれをするなら糸紡ぎ機や機織りが必要になる。

 うーん、作った方がはやーい。

 さっき木工細工のお店で現物があって構造は覚えたから、余裕が出来たら作ってみよ。


「まあ、とりあえずシュシュとひよこを交換という事でいい?」

「うん、餌は別売りだけどな!」

「ふふふ、なかなか商売上手だな」

「いやぁ、おいらなんてレグルスさんに比べたらまだまだ!」

「レグルスさん?」

「この町で商売を始めた商人だよ! 前は仲介業をしてたんだけど、商会を立ち上げたばかりなんだ。兄ちゃんもこれから商売するなら仲良くしておいた方がいいんじゃないかな」

「……へえ……ありがと、そりゃいい事聞いたよ」

「世の中モチツモタレツだからなー」

「ははは、難しい言葉知ってるなー」


 商会があるのかー。

 確かにそこに色々卸していけば、商売は成り立つのかね?

 俺は売る方あんまり得意じゃないからな。

 カールレート兄さんは「お前、発明するのだけは本当にすごいからなんか作ったら絶対持ってこい!」って念押ししてきたけど……シュシュも石鹸も作り方が分かれば誰でも作れるようになる。

 別にそんなにすごいものではないと思うんだが……お金になるならなんでもいいか。


「じゃあ三日以内に作って持ってくるようにするよ」

「本当かい!? 早いんだなぁ! あ、うちは町の南の方にあるんだ。他にも馬や犬も取り扱ってるよ」

「ああ、それじゃあ今度からおたくで干し草を買うとするよ。うちには馬がもういるからな」

「おお、さすがは元貴族様だな」

「!」


 ……へえ?

 カールレート兄さんの遠縁ってところは出回ってそうだと思ったけど……。


「俺たちが元貴族って知ってるの?」

「え? うん。カールレート様がここ一ヶ月、廃牧場を整備する人に触れ回ってたから町の人はみんな知ってるぜ」


 よし、とりあえず合流したらぶん殴ろう。


「……まあいいけどな。本当の事だし」


 俺はいいさ、所詮伯爵家の厄介者だったから。

 でも、ラナは公爵家令嬢だ。

 平民たちに軽んじられたらキレるんじゃないか?

 この物言いはバカにされていると思われても仕方がない。

 貴族のプライドみたいなものをここで出されると、今後の人間関係に支障が……。


「そうね。まあ、本当の事だしね。けど、別に触れ回らなくてもよくない?」


 そ、れ、な!


「…………」

「え? なに?」

「いや、意外と物分かりがいいというか」

「?」

「それに隣の国から来たんだろ? 『アルセジオス』の貴族はみーんな偉そうって大人たちが言ってたから、もっと偉そうなやつらかと思ったけど、全然そんな事ないんだなー」

「あ、ああ、そういう……」


 要するに事前に触れ回って、予防線張ってたわけな。

 俺はともかくラナは公爵家令嬢。

 それに、これから町にちょくちょく来る事になる。

 町の人間としても受け入れ態勢を整えておく必要があったってわけか。

 ん?

 っとなると、もしかして…………。


「なあ、ワズ。もしかして、俺たちの事すんげーやなやつらだと思ってる住民もいたりする?」

「うーん……実は町を取り仕切ってるクーロウさんはあんまりよく思ってないみたい。この間兄ちゃんが来た時『あんな物騒な髪色のやつ、信用出来ねぇ』って大声で言ってた」

「…………」


 あ、警戒されてたの俺の方ですかそうですか。

 で、また髪色か。

 この国って身分差による差別は『アルセジオス』より緩いけど、見目に対する差別はひっでーなぁ。

 前髪を摘んでみる。

 溜息が出た。


「兄ちゃん、気になるなら染めちまえば?」

「死んだ母さん譲りなんだよ」

「っ」

「おっと、そりゃあ染めるに染めらんねーなぁ。帽子で隠すのはどうだい?」

「ふむ、それはいい案だ。前向きに検討しよう」


 なーんて、まだ死んでないけど。

 ……けど、さすがに十八歳差の六人兄弟を生んだもんだから産後の肥立ちが悪い。

 親父は愛妻家なんで、これ以上の無理はさせないと思うけど……。

 もう少し落ち着いたら手紙でも書くか。


「という事は、ラナは信用してもらえそうなのかね?」

「え、わ、私?」

「だってラナの髪や目はこの国では幸運の色だもんね?」

「うん! 姉ちゃんすごい優しい色だな。もしそれが天然ならこの国ではモテるよ、あんた」

「え……」


 ドゥルトーニル家であれだけ褒められたのに、まだイマイチ自覚がないのか。

 それとも説明を受けてもピンとこないのか。

 ま、普通はピンとこないだろうなぁ。

『アルセジオス』は『身分』が全て。

 この国のように髪や目の色で縁起がいい悪いを決める事はない。

 だからラナは俺と違って本当なら『アルセジオス』でも『セルジジオス』でも幸せになれる。

 なれたはずだ。

 ……そのうち俺が足を引っ張るように、なるのかねぇ?


「そ、そう……。でも、ええと……」

「?」


 見上げてくるラナ。

 なんだ?


「……私は、フランの温かい色の髪と目も素敵だと思うんだけど」

「————……」


 そう言って、目を逸らす。

 はあ?

 なに、今の……。


「どうも」


 なに今のー、なに今のー、なに今のー、なに今のー……。


「おおーい、買い物終わったぜー!」

「死すべし」

「ぶあいたぁ! 突然なんだよ!」


 カールレート兄さんと合流したのでとりあえず殴る。

 ったく、いくら予防線の為とはいえ、余計な事しくさりやがってこんにゃろう。


「俺たちが元『アルセジオス』の貴族だって言いふらした報い」

「あ、ああ、でもあれは……」

「分かってるけど、それで余計なトラブルに俺たちが巻き込まれる可能性とか考えなかったの?」

「うっ……」

「もういいよ。逆効果になり得たかもしれないのだけは、考えて欲しかったって話だし」

「……そ、そうだったな。悪い……。けど、この町の奴らはみんないい人ばかりだからさ! すぐ打ち解けるさ!」

「…………」


 このノリ……。

 ホントに反省してんのかねぇ?

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