エクシの町へお買い物【前編】



「いっつつつつつ……」


 カーテンの掛かっていない窓ガラスから、射し込む強烈な光。

 持ち込んだ薄いブランケットでは床の堅さが直に体にクる。

 まあ、今日町で既製品のベッドかマットレス買ってくれば解消されるから……いいか。

 そう自分を納得させながら、背伸びをしたり腰をひねる。

 ん、首も痛い。


「…………」


 で、朝日に照らされた室内を眺めてみる。

 掃除は行き届いているが、やはりオンボロだ。

 床や天井、壁には染みが多く、特に天井と床のアレは間違いなく雨漏りによるものだろう。

 本棚もあるにはあるが下の方が腐っている。

 テーブルと椅子……使った限りでは問題なさそうだが、装飾品の類は一切ない。

 まあ、市民向けの量産品。

 ベッド……ラナが寝ている、つーかよく寝られるな〜、この陽射しの中で〜。

 相変わらず図太いお嬢様だよ、ほんと。

 ……アレも彼女がこれまで使っていたベッドを思えばショボいだろうに。

 そして厨房……竃は旧式で使い勝手は悪い。

 昨日のラナの助言もあるし、これは作り直すとして……あとは風呂とトイレだな。

 起き上がってブランケットを椅子に放り投げる。

 明るい中で風呂とトイレへ行く扉を開けると、うん、想像以上に狭いし汚ぇ。

 風呂なんてこれ、ただの巨大な桶じゃん。

 トイレは外に掘られた穴に流れていく仕組み。

 うーん……汚物の処理は肥料業者が行うって聞いてるから、その手続きも町でしてこないと。


「…………」


 ぼりぼりと頭をかく。

 まあ、なんつーか……やる事が多いな。

 とりあえず今日は諸々、住む手続きとか、ベッド。

 うん、ベッドは早急に必要。

 あとカーテン。

 眩しくて寝られたもんじゃねーや。

 それに、区切りも欲しい。

 いや、別に寝顔見てたら襲いたくなるとかそういうのではない、断じて。

 基本的に俺は人のいる空間で作業するのが苦手だし、パーソナルスペースって必要じゃん?

 広さはあるけど、部屋らしい部屋は風呂とトイレのみ。

 本棚で区切ってもいいけど、この本棚、動かすと下の方崩れそうなんだよなぁ。


「……はあ」


 やる事が多い。

 まあ、なんにしてもまずは飯だろう。

 昨日のパンの残りと干し肉、あとは野菜が残ってたから、それでスープでも作るか。

 卵があればもう少しまともなものも作れるんだけど……うーん、とりあえずマットレスと鶏買ってくるか〜。

 お金は少しあるんだけど、やっぱ買い物行かないと物がないな。

 そういえばこの調理器具、最初からあったけどこれもカールレート兄さんたちのサービスか?

 フライパンは重くてラナが使うには大変だろう……余裕があればフライパンも買うか。

 あと食器と食器棚と、調味料と……食糧……鶏は買うとして……服……クローゼット、は無理そうだから衣装ケースかな。

 外に井戸があったものの、水瓶が小さいから大きいのが欲しい。


「…………」


 いや、うん、別に浮かれてませんけど〜。


「んー……おはようフラン……」

「ああ、おはようラナ。朝飯出来てるぜ」

「ありがとう〜……顔洗ってくるわ」

「うん……」


 ラナが起きてきた。

 あくびをして、髪もまだ整えられてない。

 背伸びをしながら外へ出ていく。

 ああ、井戸が外だからな。


「………………」


 は?

 いや?

 別に?

 浮かれてませんけど。

 なにか?




 ***




 朝食を食べ終わる頃、カールレート兄さんが訪ねてきた。

 家の説明を改めて軽く受け、井戸、厩舎の位置や家に関する注意事項をいくつか聞く。

 まあ、思ってた通り天井の染みは雨漏り。

 床の染みも雨漏りによる腐れ。

 本棚も同様。

 テーブルと椅子、調理器具はサービス。

 ベッドはお古……いや、まあそれはいいけど。


「今日町に買い物に行くんだろう? 乗せてってやるよ」

「ありがと」

「わ、わあ……荷馬車、ですのね……わたくし初めてですわ……」

「買うものが多いし、貴重な体験だろう?」

「くっ」


 にっこりと笑って言うと、ラナは嫌そうな顔をする。

 うんうん、たまにはお嬢様らしい顔も出来るじゃないか。

 ……あんまり平民の暮らしに抵抗感なさすぎて心配してたけど、自棄になってるわけじゃないって事かな?

 それならいいんだけど……。


「カールレート兄さん、薬師や医者は『エクシの町』にいるんだよな?」

「ああ、そうだな。いるぜ。腕のいい薬師が一人。医者は『エンジュの町』まで来ないといないけど」

「そう。まあ、それならついでに紹介してよ」

「もちろん構わないぜ! ……さすがにしっかりしてるなぁ」

「生活が落ち着いてくれば、気が抜けて体調を崩しやすくなるだろうしな……」


 荷馬車を物珍しそうに眺めるラナ。

 今は平気そうにしてるけど、これまでの生活から劇的に変わったんだ。

 本当ならもう体調を崩してても不思議じゃないだろ。

 思ったよりも図太……いや、適応能力が高くて驚いたけど、いつプッツンするか分からないから気をつけて見てないと。

 ……宰相様もあんなに顔ぐしゃぐしゃにして泣いて……きっと侍女の一人でもつけてやりたかっただろうな。

 まあ、ついてこられても給料の支払いも無理だし食い扶持が増えて圧迫されるだけなんだけど。

 さすが宰相様、その辺りご理解の上で侍女を連れて行ってくれとも言わなかったんだろう。

 定期的な連絡係はそろそろ来そうだけど……さて、誰が来るかな。


「……ふーん」

「ん? なに?」

「いや、そうか。なんか事情が事情だったけど、なかなかどうして……ユーフランにはいい影響のあるお嬢さんって事か?」

「マジうっさいんだけど余計なお世話だし、はあ? 荷馬車もらうよ?」

「げ、それは勘弁! いやいや、ははははは! 照れやがってこいつめぇ〜!」

「いや本っっっ気でうっぜぇ」


 殺したいほどうざくなった親戚のオニイサマに馬車に乗るよう促され、とりあえずからかわれ続けるのも嫌なのでおとなしく指示には従った。

 整備もされていない道は馬の背に乗って移動するより振動がものすごい。


「ひゃあ!」

「大丈夫?」

「だ、大丈夫だけど……これならルーシィの背中の方が揺れなかっづっ!」

「黙ってた方が多分安全」

「っ…………」


 ゴッゴッと石を踏む度に後ろの方が飛び跳ねる。

 跳ね上がると、お尻も一瞬浮かぶからラナのように体重の軽い女性は大変だろう。

 これが二十分ほど続き、ようやく『エクシの町』にたどり着く。


「さぁて、着いたぜ。前回来た時にあらかた説明したと思うが、改めて説明するか?」

「んー、いや、だいたい覚えてる」

「え? な、なにが?」

「町の中。……ああ、そういえばラナはよく聞いてなかったっけ?」


 初めて馬に乗ってくたびれてたもんねー。

 空腹でうつらうつらしてたし?


「うっ……そ、そうね。出来ればもう一度教えて欲しい、です」

「そうか? 女一人はさすがに危ないぞ?」

「あーいや……女一人じゃないと買えないものとかあるんじゃん?」

「なるほど、それもそうだったな。これは失礼。じゃあ簡単に説明する。『エクシの町』は大昔、砦の中の町だった。壁があるのはその名残」

「! え、でも確かあの牧場も……」

「そうだ。あの牧場からこの辺りまで、全部一つの砦だったんだ。だが、守護竜同士の争いであっさり破壊され、竜巻で飛ばされたという」

「……っ!」


 まあ、それはどこまで本当か分からない。

 ただこの大陸含め、世界中に守護竜神話としてそういう逸話はゴロゴロ残っている。

 砦が丸ごと、町が丸ごとなんてよくある話だよなー。


「まあ、この辺りは森も近いから林業が盛んでね、木工細工や大工職人なんかが多いんだ。えーとあっちが大通り。月に一度市が開かれるから、町民のほとんどはその時にたくさん買い溜めるな。秋口には『大市』という祭り兼市が開かれるんだ。今から楽しみにしておくといい。店もあるけど、割と高い。まあ、君たちならそちらの方が馴染み深いかな。あっちは今言った木工細工や大工職人の店がある。床や天井を直したくなったら訪ねるといいさ。うちの名前を出せば多少融通は利かせてくれるだろう。あとは……」


 ……うん、つまりマットレスってどこで買えるんだ?

 大通りの方?

 木工細工の店とか?

 行ってみるか?

 けど、カーテンも欲しいしな〜。

 つーか、これ一日で揃えきれるかな?


「カールレート兄さん、手分けしていいか? 俺とラナは生活用品を揃えたいんだ」

「ああ、そうだな構わないぜ。なにを買ってくればいい?」

「兄さん、食糧援助してくれるんだろう? 保存の効く食べ物を多目におねがーい」

「わあ、かっわいくねーおねだりだなー! いいぜ! たくさん買ってやろう!」

「…………」


 ラナがポカーンとしつつ、俺と兄さんのやり取りを眺める。

 二手に別れた方が効率的なんだからこれでいい。

 荷馬車はこっちで預かって、まあ、まずはマットレスとカーテンだよね。


「ん? なに?」

「い、いえ……なんか、こう、独特なノリというか……」

「ああ、この国の人って大体あんなノリでしょ」

「え? そう?」


 国が違うと国民性も違うんだから不思議なものだ。

 まあ、確かに『アルセジオス』では貴族も国民もおとなしくて、足の引っ張り合いに命かけてる奴らばっかりだったもんなぁ。


「…………」


 ああ、そうだよラナ。

 本当にあの国は地獄みたいな場所だった。

 自分より上に胡麻を擦り、自分より下の爵位はていのいい駒。

 貴族から見た平民は奴隷にも近い。

 きっと君はあの国の平民が、どんな状況で生活してるかなんて知らないんだろう。

 それがいい事なのが悪い事なのかはともかく……今の王でアレなのだ。

 アホのアレファルドが即位したら『アルセジオス』は滅びるんじゃないか?

 リファナ嬢は王妃教育も受けていないだろうし、二人の結婚、即位後が山場だな。


「フラン?」


 目を開ける。

 ああ、まあ……もうどうでもいいか。

 俺たちが『不要』というのなら、自分たちで頑張れ。

 やれるから追い出したんだろう? アレファルド。


「なんでもない。まずマットレス探しに行こう」

「あ……あー、うん、そうね。重要ね」

「デショー?」


 あれ、マジで別々に寝る事への否定一切なし?

 ……まあ、いいけど。

 本当の『夫婦』まで道のり長ェ〜……。

 いや、そもそも『夫婦』になれるのか?

 ……んん、がんばるぅ。




 あと他に必要だと思ったもの。

 店を巡り、挨拶しながら店の人に「どこに売っているか」などを聞いて回り、あらかた買い揃える事が出来た。

 おかげで財布はすっからかんだな〜。


「また頑張って稼がないとね!」

「うん。特に天井と床の補修は痛かった。高ぇ……」

「し、仕方ないわ。安全な生活には代えられない!」

「まあね」


 明日修復を担当してくれる大工が来る事になった。

 見積もりはここ一ヶ月、廃牧場を整備していた人たちだったので、すでに「だいたいこれくらい必要」というのを出していてくれたらしい。

 ありがたいけど高かった。

 銀貨五十は手痛い。

 いや、床と天井が抜けるのは困るけど。


「あとは農機具……古いけどもらえて良かったわね。これで畑を作って野菜を育てていけば自給自足!」

「なんで嬉しそうなの?」

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