第9話 招待と誤解

「おはよう、上崎さん」


「あ、おはようございます。滝平君」


 僕は窓際の席でぼんやりしている上崎さんに声をかける。


「昨日はありがとう。晩ご飯まで頂いちゃって」


「ううん、それは大丈夫ですよ。私から持ち掛けたことですから」


 僕と上崎さんは何てことない挨拶をして、話題は小説に移った。


「あれから執筆は進んだのですか?」


「あー、そのことなんだけど……」


 僕は言葉に詰まった。何とも上崎さんには言いづらいことだったからだ。


「どうかしたのですか?滝平君」


「あ、いや……その……」


 僕は言うのか、言わないのか。このことが頭をグルグルと何度も回った。


「滝平君、気になるので言いたいことがあるなら早く言ってください!」


 上崎さんは両拳を胸の前で握りしめて、僕の顔をじっと見上げている。僕は意を決して深呼吸を吐いて、吸った。


「えっと、今日……僕の家に来ないかな?小説の書き方の続き、教えてほしくてさ」


 なぜこうなったかと言えば、朝の姉からの電話だ。『今日も友達の家に泊まっていくから』……と言われたのだ。


 家に一人も寂しいので誰かを呼ぼうと思って彰二に連絡してみたのだが、すでに先客がいたらしく断られてしまった。


 そういうわけで、昨日家に上がって、晩ご飯をご馳走になったお礼も兼ねて上崎さんを呼ぶことに決めたのだ。


「どうかな?別に予定があったら、断ってくれていいから」


「……行きます!滝平君の家!」


 上崎さんは教室中に響く声でそんなことを言うものだから、周りからの視線が刺さる。


「そ、それじゃあ、そういうことで!」


 気まずくなった僕は急いで自分の席に戻り、机に突っ伏した。


 それからというもの、上崎さんとは一言も話さなかった。


「はぁ……」


「どうしたんだよ。ため息何かついてさ」


 僕が一人寂しく屋上で昼食を食べていると、彰二がやって来た。


「いや、大したことじゃないから」


「大したことないのにため息何か出ないだろ」


 ……ぐぬぬ。冷静な突っ込みだ。仕方ない、彰二には話しても良いか。


 僕は彰二に朝のことを包み隠さず話した。


「へぇ……そんなことがあったのか」


「そうなんだよ……」


「でもさ、誰もお前のこと何か気にしてないと思うぞ」


 何気に酷いことをサラッと言ったな。彰二のやつ。


「大体、自分が思ってるほど人は人を見てないもんだ。自分を一番見てるのは自分だ。お前は気にし過ぎなんだよ」


 ……彰二って、悩みに上手いこと言ってくれたり、話の切り返しが上手いから好かれるんだろうなぁ……。


 僕は彰二に尊敬の念を抱きながら、昼休みを過ごした。


 ――そして、時は過ぎて放課後。


「それじゃあ、上崎さん。帰ろうか」


「あ、はい!」


 僕は帰り際に上崎さんの元へ行き、一緒に学校を出た。


「滝平君の家はどこなんですか?」


「ここから10分くらい歩いたところ。駅からは結構遠いんだけどね」


「そうなんですね」


 ……まずい、会話が途切れる!何か話題振らないと……!


 僕が必死にトークテーマを考えていると、突如として通知音が鳴った。


 僕がポケットからスマホを取り出したのと同時に上崎さんもスマホをカバンから取り出した。


 よく見ればRINEラインの着信だ。上崎さんも同じだった。


 そして、誰からの着信かと思えば朝倉先輩からだった。


『この後、時間あったらで良いのだけれど、図書委員の水曜日当番組でお茶でもどうかしら?あ、沖石先輩には拒否されたから上崎さんと滝平君だけなのだけれど』


 僕は上崎さんにこの文面を見せた。同時に上崎さんも文面を見せてきたのには驚いたが。


「それじゃあ、朝倉先輩も僕の家に呼ぼうか」


「そうですね!そうしましょう!」


 上崎さんは左右の手をパチンと合わせながらそう言った。


 そして、朝倉先輩には僕からRINEラインをすることになった。


『先輩、僕の家に来ませんか?』


『それはナンパのつもりなのかしら?』


『いえ、ちょうど上崎さんと僕の家に行くところだったので、朝倉先輩も一緒にどうかと思いまして』


『遠慮しておくわ。若い二人のを邪魔するわけにはいかないもの』


 ……あれ?何か誤解されてる?


「ねえ、滝平君……これって……!」


「うん、これ完全に誤解されてるよね……」


 僕は慌てて朝倉先輩に返信をした。


『今、ちょうど駅に着いたところよ』


『それじゃあ、今から駅に行きますので待っていてください!』


 僕はRINEラインの送信ボタンを押した。


「上崎さん、駅まで走れる?」


「そこまで早くは走れないですけど……走れますよ」


「よし、それじゃあ駅まで走ろう!」


 ……かく言う僕も走りが早いわけではないが。


 僕と上崎さんは出来る限り早く走った。普段から走る機会が少ない僕には地獄のような時間だった。


 そして、駅に着くと入口に朝倉先輩が居た。


「「朝倉先輩!」」


 僕と上崎さんは乱れた呼吸を整えながら朝倉先輩の名前を呼んだ。


 僕たちに気づいた朝倉先輩は僕たちの方へと駆け寄ってきた。


「二人とも、そんなに急いで来なくても……!」


「いえ、先輩を、お待たせするわけには、いかない、ので……!」


 朝倉先輩は僕と上崎さんが落ち着くまで待ってくれた。そして、誤解を解こうと話をした。


「……そうだったのね。何だか誤解してしまったようでごめんなさいね。私、てっきり二人が付き合ってるものだと思って」


 やっぱり、誤解されてたよ……。


「それじゃあ、誤解も無事解けたことだし、僕の家に行きましょうか」


「そうですね」


「……そうね」


 こうして僕は上崎さんと朝倉先輩の二人と一緒に、ようやく家路に着くことが出来たのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る