42

 エリシュカはひどく混乱していた。

 シュテファーニアの話は理解できるところもなくはなかったが、大半はなにを云っているのか――話の趣旨は理解できても、感情がついていかない――、よくわからなかった。

 ただ、詫びの言葉を云うつもりはない、というシュテファーニアが、その言葉とは裏腹に、喉も裂けんばかりに、額を打ち砕かんばかりに、謝罪の意を表していることだけはわかった。

 エリシュカとて同じことだった。

 赦す、とはどうしても云えなかったが、心のどこかではとうに赦してしまっている。姫さまがわたしにしたことを――、否、姫さまたちがわたしたちにしてきたことを。

 本当はまだ、なにもはじまっていないのに。

 姫さまのおっしゃるとおり、賤民たちはまだなにを奪われてきたのか、なにを傷つけられてきたのかすら、理解していない。父さんや母さん、兄さんやダヌシュカがそうであるように。

 わたしは運のよい例外なのだ、とエリシュカは思った。アランさまと出会い、旅をして、そして故郷へ戻ってきた。自分を見つめ、他者を見つめ、国を見つめる機会を得た。

 誰にでも起こる幸運ではない。

 だけど、この幸運のおかげで、わたしはこの国にいることはできなくなった。もっと大きな望みを抱くようになってしまったからだ。

「殿下」

「思ったよりも云い回しに気を遣わされた。何度か書き直したせいで遅くなったが、これが約束の書簡だ」

 心中の惑いにひとり翻弄されているエリシュカの前で、ヴァレリーが蝋緘された書状をシュテファーニアに手渡した。シュテファーニアは両手でそれを受け取り、浅い礼の姿勢を取った。

「感謝いたしますわ」

 おっしゃってくだされば、受け取りに伺わせましたのに、とシュテファーニアはツェツィーリアを見る。

「いや、おまえの侍女は云われるまでもなく、おれを急かしにやってきた」

 ここへ来たいと云ったのは、おれなのだ、とヴァレリーは云い、シュテファーニアに向けるのとは異なる、やさしげな眼差しでエリシュカを見つめた。

「エリシュカと話がしたいと思ってな」

 ここにいるのならちょうどいいと思ったのだ、とヴァレリーは云う。

「人目を気にすることもないからな」

「殿下……」

 シュテファーニアは形のよい眉をひそめた。

「いまはまだ……」

「なぜだ」

「まだ、殿下のお言葉を伝えてはおりませんので」

 いい、とヴァレリーは首を横に振った。

「おれが自分で伝える。おまえの手を借りることはない」

 ヴァレリーとシュテファーニアが自分の話をしているのだということに気づいたエリシュカは、ふたりの目の前でそっと立ち上がる。ほとんど物音を立てないその所作は、東国王城で施された寵姫教育の賜物である。

「エリシュカ」

 みなの注意を引きはしたものの、そこから言葉の続かないエリシュカを励ますように声をかけたのはシュテファーニアだった。

「話がまだ途中だったわね」

「……姫さま」

 違うんです、姫さま、とエリシュカは云った。

「お願いがあるのです」

 シュテファーニアは大きく目を見開いた。エリシュカがはじめて口にした言葉にひどく驚いたのだ。

「お願い?」

 はい、とエリシュカは頷く。シュテファーニアに向けていた眼差しをヴァレリーに移し、けれど、もう一度もとに戻してから彼女は続けた。

「どうかわたしをこの国から出してください」

「エリシュカ?」

「アランさまとともに東国へ参るお許しを、どうか」

 シュテファーニアは頬を叩かれでもしたかのような勢いでヴァレリーを睨む。エリシュカの言葉が彼女自身の意志であるとはにわかには信じがたく、それであれば隣に立つ男が強要したのに違いないと早とちりしたのだ。

 だが、シュテファーニアの強い眼差しにも振り向くことなくエリシュカだけを見つめる男の拳は硬く握りしめられ、夏空色の瞳は目いっぱいに見開かれている。

 殿下もまたわたくしと同じように驚いたのだわ、と気づいたシュテファーニアは、エリシュカの言葉が真実彼女の意志によるものだと、ようやく理解した。

 エリシュカ、とヴァレリーが呻くように云った。

「本当か。本当に、おれとともに……」

 はい、とエリシュカは小さな声で肯った。

「もっと早く、本当はもっと早くにお伝えしたかったのです。いまのわたしの正直な気持ち、勝手なことだとはわかっていますが」

「勝手などと……」

「自分から逃げ出しておいて、まるでアランさまのお気持ちを試すような、なのに……」

 いいのだ、とヴァレリーは云った。

「もうなにもかも済んだことだ、エリシュカ。そなたがおれのそばに居てくれるというのなら、それだけで」

 感極まって愛しい女を抱きしめようと足を踏み出した男は、だが、すぐに誰かによる渾身の力で引き止められ、苛立たしげに舌打ちをした。

「離せ、侍女」

「なりません。話はまだ終わっておりませんよ」

「ツェツィーリアの云うとおりよ」

 いつのまにかすぐ目の前に立ちはだかる薄い背中を、エリシュカは目を瞬かせて見つめる。頭巾を取り払った銀色の髪を振り立て、殿下はちょっと待っていなさい、とシュテファーニアは居丈高に云い放った。

「そうやって人の話を最後まで聞こうとしないから、身勝手に突っ走って嫌われるのよ。ちょっとおとなしくしてて」

「き、きら……」

 嫌われる、と妙なところに反応して顔を青褪めさせたヴァレリーがわずかに怯んだ隙に、シュテファーニアは背中に庇ったエリシュカに向き直った。

「云いたいことはそれだけ?」

 え、え、とエリシュカは戸惑う。

「殿下について行きたいと、一緒にいたいと、云いたいことは本当にそれだけ?」

「おゆ、お許しは……」

 わたくしの許しなどいらないのよ、エリシュカ、とシュテファーニアは云った。

「さっきの話の続きよ、エリシュカ。この国にはね、賤民などいなくなるの。神官も巫女もいなくなる。古い神も。わたくしがそういう国に変えてみせる」

 新しい国ではね、エリシュカ、とシュテファーニアは微笑んだ。

「なにかをするのに誰かの許しなどいらないの。人はみな、誰でもみな、行きたいところへ行ける。学びたいことを学べる。云いたいことを云える。生きたいように生きられるの。ああ、エリシュカ……!」

 シュテファーニアは自分と同じ色の髪と瞳を持つ少女を抱きしめた。

「あなたはわたくしの希望よ。あなたがあなたの言葉で、そんなふうに云ってくれるなんて!」

 いつか、いつの日か、この国に生きるすべての者が、己の意志で己の生き方を決められるようになる。

 神もなく、救いもなく、奇跡もない。

 けれどそこには、人がいて、願いがあって、希望がある。

 シュテファーニアの心からの祈りは、いまエリシュカの言葉によって、いつか必ず実現させることのできる目標へと変わった。

 わたくしの望みは、祈りは、――間違っていなかった。

「ひ、姫さま……」

 エリシュカはあまりの事態に身を竦ませ、シュテファーニアの腕の中でとうとう震えはじめてしまった。単純に己の望みを口にしただけのエリシュカは、なにがなんだかわけがわからない。シュテファーニアがこうも歓喜する理由を知る由もなく、声をかけることすら躊躇われると考えていた存在からの熱い抱擁におそれおののいている。

「いいかげんにしろ」

 焦れた声を上げたのは、エリシュカとのあいだを邪魔されて、ひたすら待てを食らっているヴァレリーである。

「エリシュカの言葉を真っ先に聞くべきは、このおれだというのに」

 そこをどけ、と云わんばかりにシュテファーニアに迫るヴァレリーは、まったく、と背後から聞こえた呆れ声に思わず振り返ってしまう。

「そんなありさまですと、もう一度エリシュカに逃げられることになりましてよ、王太子殿下」

「なんだと、侍女」

「姫さまも、エリシュカを離しておやりなさい」

「なんですって?」

「おふたりとも少し落ち着いてくださいませ」

 見ようによっては冷たくも感じられる水色の瞳を光らせ、有能な元侍女ツェツィーリア・コウトナーはため息交じりの声音で場を治めにかかった。

「おふたりがそう声を荒らげたり、感極まったりしていては、エリシュカが云いたいことの半分も云えなくなってしまいます」

 わかりませんか、とツェツィーリアはヴァレリーを押しのけ、シュテファーニアをエリシュカから引き剥がす。

「まずはエリシュカの話を聞いてやらなくてはなりません。そうはしゃがずに」

 わかりますか、と厳しい教師のように宣告したツェツィーリアはすぐ傍らにあった椅子を指示して、座りなさい、と云った。

「おふたりとも座るのです。いますぐ」

 その指示にしぶしぶながらもすぐに従ったシュテファーニアと、ぐずぐずしていたヴァレリーとの差はそのまま、氷の女ツェツィーリアの本性を理解しているか否かの差であったと云える。

「王太子殿下」

 いささかも声の調子を変えることなくツェツィーリアは云った。

「座るか、すぐにこの部屋を出て行くか。ふたつにひとつですよ」

 乱れのない声音と視線とがこんなにもおそろしいとは知らなかった、とヴァレリーは首を竦めながら近くにあった椅子を引き寄せて腰を下ろした。書卓を挟んだ向かい側では、おっかない元侍女が、混乱に襲われているらしいエリシュカを落ち着かせようと、なにかを云い聞かせているらしい。

 邪魔だ、とヴァレリーは思った。ようやく、ようやく、やっとのことでエリシュカの心が聴けそうだというのに、元妻とその元侍女とが途轍もなく邪魔だ。邪魔で仕方がない。エリシュカとふたりで話がしたい。話以外のこともしたい。いったいなんの権利があってここに居座っているのだ、図々しい。

「殿下」

 そばで腰を下ろしているシュテファーニアが低い声でヴァレリーを咎めた。

「その、ふしだらな気配をおしまいになって」

「ふ……!」

「やかましいですよ、おふたりとも」

 先ほどと同じ椅子に腰を下ろしたエリシュカの隣で仁王立ちになったツェツィーリアが、ふたりを冷たく見つめてくる。

「さあ、エリシュカ。この際です。云いたいことはすべて云っておしまいなさい」

「ツェツィーリアさま……」

 云いたいことはもう、とエリシュカが首を横に振ると、よくお考えなさい、とツェツィーリアは云った。本当にそうですか。云いたいことはもうなにもありませんか。

「誰かの目を、誰かの耳を気にすることなく、おふたりと向かいあえる機会など、そうあるものではありません。いままでの恨み言でも、これからの願いでも、少しでも心に引っかかることがあるのなら、すべて吐き出してしまうのですよ」

 そんなことを云われたって、とエリシュカは俯いた。云いたいことなんて、もう――。

「あなたが姫さまと言葉を交わせる機会は、もうこれが最後でしょう」

 ツェツィーリアの言葉にエリシュカは驚いて顔を上げた。ツェツィーリアは小さく頷いて先を続ける。

「あなたと王太子殿下を中央神殿に匿っておけるのは、せいぜいあと数日のことかと思います。意味はわかりますね」

 エリシュカが神ツ国へ帰り着いてから、すでに半月近くが経過している。他国からの留学生を名乗るヴァレリーはともかく、ツェツィーリアのもとで働くエリシュカは、そろそろほかの下女たちから不審の眼差しを向けられることも増えてきた。

 見慣れない娘、それも神殿の作法に不慣れな美しい娘がいるとなれば、狭い世界のことゆえ、厭でも周囲の耳目を集めてしまう。教主の宮に仕える賤民であったエリシュカが神殿付下女たちに顔を知られている可能性はほとんどなかったが、万が一にも噂となって教主一族の誰か――シュテファーニアとイエレミアーシュ以外――の耳にでも入りでもしたら、厄介なことになる。

 穢れた賤民の娘が信仰の聖域である神殿に入り込んでいたことがわかれば、エリシュカ自身はもちろんのこと、シュテファーニアやツェツィーリア、それこそエリシュカにかかわった者たちすべてが命をもって償いを迫られることになる。東国王太子であるヴァレリーとて、無事では済まないかもしれない。

「王太子殿下とて似たようなものですよ。東国にいたときのことを思い出してごらんなさい。殿下と言葉を交わすのに、あいだに幾人の侍女や侍従を介さねばなりませんでしたか」

 ふたりきりになれる時間など、ほとんどなかったのではありませんか、とツェツィーリアに云われ、エリシュカは苦い記憶を呼び起こされてしまった。

「なにもかもがすっかり以前と同じ、というわけではありません。王太子殿下とて、二度と同じ愚は犯さないでしょうし、この国とて、いつまでも閉ざされているわけではない」

 でもきっと、もう二度と、こんなふうに間近で姫さまのお顔を拝見することはできないのだろう、とエリシュカは思った。この国にいる限りわたしは賤民で、この国を離れてしまえば、もう――。

 アランさまとだって、きっと同じだ。どんな言葉も受け止める、どんな気持ちもお伝えすると心に決めたところで、東国へ戻れば日中に顔を合わせることもむずかしくなる。寝所ですら隣室には常に誰かが控えているし、本当の意味でふたりきりになれることはとても少ない。

 ツェツィーリアの言葉に現実を思い知らされたエリシュカはゆっくりと顔を上げた。

「ひ、姫さまのお話はとてもむずかしくて、わたしには、すべてを理解することは、とても……」

 ゆっくりと話しはじめたエリシュカを、ヴァレリーとシュテファーニアは穏やかな眼差しで見守っていた。言葉など交わさなくとも、そこにある想いが同じであることは、ふたりにはよくわかった。――エリシュカの言葉を聞き逃してはならない。

 元妻と同じ気持ちで誰かひとりを見つめることがあるとは思いもよらなかった、とヴァレリーはふとそんなことを思った。まるでわが子を見守る父と母のようではないか。

「だけど、姫さまのお気持ちは痛いほど、あの、わたし……」

 エリシュカは握り合わせた手にぎゅっと力をこめた。爪の先が白く、指がまだらに赤く染まる。

「本当は少しだけ恨んだんです。姫さまのことも、アランさまのことも。ツェツィーリアさまのことも。少しだけ、短いあいだのことだったけれど、でも……」

 旅の途上、オルジシュカと海猫旅団に拾われてすぐのころのことだ。

「わたしにもこういう気持ちがあったんだって、すごく厭な感じがしました。腹が立って憎たらしいのとも違う、たぶん、本当に恨んでいたんだと思います。誰かのせいでって、そう思わないと、自分の気持ちに折り合いがつけられなかった」

 いつのまにか、全部どうでもよくなっていましたけれど、とエリシュカは顔を上げた。

「いえ、あの、どうでもよくなったっていうのは少し違って、けど、旅の最中には毎日いろんなことが起きて、次々新しい場所へ移動して、やらなきゃいけないことも学びたいことも増えていって、そうしたら少しずつ考えなくなっていったんです。終わったこととか済んだこととか、そういうこと、少しずつ」

 それで、気づいたときには憎んだこととか恨んだこととか、そういうことも忘れてしまっていました。エリシュカはそう云って、やるせなさそうに笑った。

「本当は忘れたりしちゃいけないのかもしれないんですよね、そういうこと。父や母、この国に、この大陸にいる賤民と呼ばれるみんなのためには」

 そのときのエリシュカの脳裏にはオルジシュカがいた。命以外のすべてと引き換えに故郷を捨て、いまもまだそのことに苦しみ続けている美しい人。幸せになって、と云ってくれた、やさしい人。

「わたしはとても運がよくて、家族にも大事にされていたし、アランさまにも、きっと姫さまにもよくしていただいた。だけど、そうじゃない人たちもたくさんいて、本当はそういう人たちのために、怒ったり戦ったりしなくちゃいけないんだって」

 でも、できないんです、わたし、とエリシュカは云う。

「旅の途中で思ったんです。すごく苦しかったりつらかったりしたとき、もしかしたらあのときアランさまもそうだったのかもって。大切なものに気がついたとき、もしかしたら姫さまもずっとそうだったのかもって」

 アランさまだけじゃなくて、姫さまだけじゃなくて、人はみんなそうなのかもって、そう思ったら、もう誰のことも憎んだり恨んだりできなくなった、とエリシュカは握りしめていた拳をそっと解いた。

「誰かに腹を立ててその人と戦って傷つけて、今度はわたしが憎まれたり恨まれたりするのが厭なだけなのかもしれないけど、でも、そんなの虚しいだけなんじゃないかって思ったんです。そんなことするくらいなら、これまでのことは我慢して、これからのことを考えようって」

 もう、誰かが誰かを傷つけたり、憎んだりしなくていいように。

「……エリシュカ」

 シュテファーニアの声はかすかに震えていた。

「家族からは、父からは、もう一緒にはいられないと云われました。もしもどうしてもここに残りたいと云うなら、自分の頭で考えることをやめろ、と。でも、そんなことはできないし、したくない。かつての自分がそうだったとしても、そんなわたしには戻りたくないんです」

 だからわたしはもう、この国にはいられません、とエリシュカは云った。ここは故郷だけど、大切な家族がいるところだけど、わたしがこれからを生きる場所ではなくなってしまった。寂しいけど、でも――。

「そう思って、それから考えました。ならばわたしはなにがしたいんだろう。どこへ行きたいんだろう。答えは簡単に見つかりました」

「答え?」

「アランさまです」

 問いかけたヴァレリーは、思わぬ答えに思わず頬を染めた。

「ここにはいられない。出て行かなくてはならない。そう思ったら、どこへでも行ける自分に気がついたんです。どこへでも行ける。誰のそばにでも。いろいろ考えました。一緒に旅をしてくれた人たちのところへ行くこととか、どうせなら西国も見てみたいとか、いろいろ。でも、どれも答えではありませんでした」

 シュテファーニアから国を出る許しがもらえなければ、オルジシュカからもらった地図を頼りにひっそりと国を出ようとエリシュカは考えていた。あの地図にある道を辿れば、真冬でない限りは山を越えられる。たとえ雪が残っていても、テネブラエを連れてどこへでも行ける。――誰のそばへでも、どんな土地へでも、自由に。

「自由に。そう思うのに、わたしは、わたしが帰りたいと思う場所は、東国、アランさまのおそばでした」

 エリシュカが云い終えるなり、ツェツィーリアの制止も聞かず、ヴァレリーは愛しい存在を攫うように抱きしめた。椅子から掬い上げられ、ほとんど息も止まらんばかりに抱きすくめられて、それでもエリシュカは逆らうことをしなかった。それどころか自分から腕を伸ばしてヴァレリーの首に強く抱きつきさえした。

 驚きに目を瞠るシュテファーニアとツェツィーリアの前で、エリシュカは細い声で懸命に言葉を紡いだ。

「わたしをおそばに置いてくださいますか、アランさま。もう一度、わたしに機会をくださいますか。わたしを……」

「大切にする。大事にする。二度と、傷つけたりなどせぬ」

 エリシュカの髪に鼻先を埋めたヴァレリーの声は、ひどくくぐもって聞き取りづらくはあったが、離れて立っている者の耳にも聞き違えようがない。呆気にとられる主従の前で、ふたりはきつく抱きしめあったまま、しばらく動こうとしなかった。

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