32

「なぜ、そのように思う? 賤民はみな好きで囚われていると、そう云いたいのか」

 違います、とシュテファーニアはまたもや首を横に振った。

「そうではありません。彼らは己の意志を持っていないのです。持つことを禁じられているのです。自由など知らない。意志など知らない。働くことの意味も、生きる場所を選ぶ充実も、誰かを想う幸福も、なにひとつ知らないのです!」

 シュテファーニアは激昂し、まるで悲鳴のような声で云い募った。

「わたくしたちが奪ってしまった! 幸せになりたい、想う相手と寄り添いたい、子を、親を大切にしたい、そんな人としてあたりまえに持っているはずの心のすべてを、わたくしたちが奪ってしまったのです!」

 ヴァレリーはかつてのエリシュカを思い出していた。なにを云っても従順に頷くばかりで、なにひとつ主張しようとしなかったエリシュカ。拒むこともせず、しかし受け入れることもしてくれなかったエリシュカ。

 ああ、たしかに彼女は自由を知らず、意志を示すことを知らず、誰かを想うことも知らなかった。

 けれど。

 けれど、エリシュカは――。

「……エリシュカは、あの子は、賤民の中でも少し特別なのです」

 ヴァレリーの思いを察したのか、興奮の冷めた弱々しい口調でシュテファーニアが云った。なにが特別なのだ、と問えば、ええ、と頷いた彼女はエリシュカの生い立ちについて話しはじめた。

 そのほとんどはエリシュカ自身から聞いたことがある。あのときのおれは、彼女が特別な育ち方をしたなどとは知る由もなかったけれど――。

「あの子の父親は、ほかの賤民とは違い、己の意志で己の生き方を処するすべを知っています。それに伴う幸せや苦しみを知っている。あの者がエリシュカにどの程度のことを教えているのか、それはわかりませんが、少なくともエリシュカには、自由を理解する素地があったと云うことができます」

 ですが、とシュテファーニアは悲しげなため息をついた。

「ほかの多くの賤民たちはそうではありません。搾取され、虐げられ続けてきた彼らは、それ以外の生き方を知らない。好きに生きてよいと云われても、己の意志など持っていない、いいえ、持つことができないのです。なにもかも、わたくしたちが奪ってしまったから」

 シュテファーニアはヴァレリーを見つめ、わかりますか、と云った。

「わたくしたちの罪はとうてい償うことのできるようなものではありません。わたくしたちはまず彼らに教えなくてはならないのです。自分たちがなにを奪われ、なにに傷つけられ、どう虐げられてきたのかを。憎み方を、恨み方を、罵り方を教えなくてはならない。償うことができるとすれは、それはそのあとの話です」

 ヴァレリーは圧倒されるような思いでシュテファーニアを見つめていた。甘やかされて育った世間知らずの娘らしい潔癖さは、意外なほどに強く彼の胸を打った。

 シュテファーニアの苦悩に、かつてのエリシュカの姿を重ね、しかし、まだ過去の理不尽を詫びるにはとうてい足りぬ、と云いたくなる一方で、なにもそこまで思い詰めなくとも、と宥めたくもなる。

 厳しい土地に生きねばならなかった貧しい国が、それでも少しでも豊かになろうと足掻いた末の過ちなのだと考えてしまうのは、おれがこの国の人間ではないからか、とヴァレリーは思った。虐げられた者たちの苦しみには心が痛むが、虐げた者たちがなんの痛痒も覚えていなかったのだとは考えにくい。

 支配者の象徴たる教主の娘がこのような考えを抱くほどなのだ。国の中には彼女と同じような考えを抱く者がきっといるはずだ。

「シュテファーニア・ヴラーシュコヴァー」

 ヴァレリーはぎこちなく元妻の名を呼び、気休めになるかどうかはわからないが、と続けた。

「エリシュカは赦した。おまえのことも、おまえの侍女のことも、おれのことですら、赦してくれた」

 シュテファーニアは大きく目を見開き、元夫を見つめる。ヴァレリーは小さく頷いてから、先を続けた。

「己の身を守るために自分を身代わりにしたおまえのことも、有無を云わさず支度を調えさせた侍女のことも、憎んではいないと」

 さんざんにひどいことをしたおれのこともな、とヴァレリーは自嘲気味に云う。

「案ずることはない。人とは、おまえが思うよりもずっと強靭でしなやかなものだ。エリシュカがそうしてくれたように、ほかの者たちもいつかは赦してくれるかもしれない」

 期待することは許されないがな、と最後に云って、ヴァレリーはシュテファーニアから視線を逸らした。唇を噛み締め、小さく身を震わせる彼女を見てはならないような気がしたからだ。

 細く頼りなげな肩を抱いて慰めてやろうかとも思ったが、それをするのは自分の役目ではないと考え直した。まつりごと――民と国とを思うこと――と向かいあい、その底知れなさに怯える姿は、おれとよく似てはいるが、彼女が抱えるものをおれは理解してやれない。たぶん、ほんのわずかも。

 そう思ったヴァレリーはシュテファーニアの呼吸が落ち着くまで、黙ってその場に佇んでいた。周囲にある興味深い書に手を伸ばすこともしなかった。

 これから先、悲しみに暮れるときも、恐怖に震えるときも、苦痛を耐え忍ぶときも、彼女はひとりきりでなくてはならない。政治に手を染めるとはそういうことだ。肉親も腹心も、本当の意味では寄せつけてはならない。そうでなくては、いざというときに切り捨てることも利用することもできなくなるからだ。

 だからせめていまだけは、とヴァレリーは思った。誰かがそばにいるのだということがわかるようにしてやりたい。たとえそれが、一度として心通わせたことのない、そしてこれから先二度とまみえることのない、限りなく他人に近い元夫であったとしてもだ。

 シュテファーニアの嗚咽はそうとわからないほど低く細く、けれども長く続いた。

 ヴァレリーの足がいい加減怠くなりはじめたころになって、彼女はようやく顔を上げた。目蓋は腫れ、顔は赤らんで、見たこともないほどみっともない有様だったが、それでも元妻は美しかった。

 ヴァレリーは、そろそろ具体的な話をしたい、と微笑んでみせる。シュテファーニアは頷いて、まずは、と掠れた声で応じた。

「兄に使者のことを頼んでみます。冬山を越えられる者はそう多くおりませんし、わたくしはそうした者を容易に呼びつけることはできませんから」

「できる限り早急に頼む」

 承知しております、とシュテファーニアは答えた。

「父にお会いいただく段取りも、そのあいだに考えますわ」

 先ほどのお話はご理解いただけたのですよね、とシュテファーニアは薄く笑んでみせる。その微笑みが不安からくるものだと、そのときのヴァレリーにはよくわかった。

「そのあいだはどうかこの神殿内におとどまりください。図書庫への出入はご自由になさって結構です」

「エリシュカとは会えるか」

 ヴァレリーの唐突な問いに、それは、とシュテファーニアは口籠った。そのことならば、先ほど話がついたはずでは。

「会ってどうなさるのです?」

「話をする」

 なんの、とシュテファーニアは短く問いかけた。

「おれは彼女に想いを託した。その返事を聞かねばならん」

「あの子の意思ならば、もう見えているのでは?」

 見えているとは、とヴァレリーは瞳を眇めた。

「この国へ帰ってきたこと、それ自体があの子の意思です。ろくに自由を知らぬはずのあの子が、自らの意思で王城を出て故郷を目指した。殿下には信じがたくもありましょうが、あの子にとってはここだけが故郷、帰るべき場所なのです」

 たとえそうであったとしても、とヴァレリーは静かに答えた。シュテファーニアが無意識で繰り出した牽制を軽くいなすように。

「エリシュカの口から、はっきり聞いておきたい。おれはずいぶんと諦めの悪い性格をしているようだから」

 言葉にしないまま拒まれ続けた記憶は、ヴァレリーの腹の底に澱のように凝っている。もしもエリシュカを諦めなくてはならないとしても、今度こそは終幕の言葉が欲しかった。そうでなければ、おれはいつまで経ってもエリシュカを思い切ることができない。

 シュテファーニアはまるでなにかを探すかのような眼差しで元夫の目を覗き込んでいたが、やがて、わかりましたわ、と答えた。

「ツェツィーリアに話しておきましょう。殿下の言葉を伝え、あの子の気持ちに沿うよう、計らいます」

 これで話は終わった、とばかりにシュテファーニアは軽く顎を持ち上げた。ヴァレリーは頷き、おれは少し図書庫を見てから戻る、と云い置いて史料室を出て行った。


 シュテファーニアは少しずつ緊張の糸を緩めるように、ゆっくり長く細い息を吐いた。

 気を抜くわけにはいかない、と彼女は自分に云い聞かせる。まだ、一歩を踏み出したばかりなのだ。

 自身の元夫ヴァレリー・アラン・ラ・フォルジュがエリシュカとともに神ツ国へやってきたことの僥倖を、シュテファーニアはいまさらのように噛みしめていた。

 連れ立ったふたりが国境の門に現れた、という話を聞かされたあの朝、シュテファーニアはまずヴァレリーを追い返すことを考えた。あの男を招き入れる必要などない。エリシュカだけを迎えてやり、あれは放り出してしまおう。

 だが、シュテファーニアの裡にはじつに計算高いもうひとりの彼女がいて、そいつが囁く声を無視することはできなかった。――あの男は東国王太子なのよ。

 正直なところを云えば、言葉を交わすことも、顔を見ることもしたくなかった不愉快な存在だが、その身分には使いでがある。この大陸にただひとりである東国の第一王位継承者の威光は、国内のみならず他国においても十分に通用する。もちろん、この神ツ国においても。

 わたくしの云うことは聞き入れられずとも、あの男の云うことならば、あるいは――。

 しかし、使い方には十分気をつけなくてはならない。

 どういった事情でここに現れたのかはわからないが、彼が望んでわが国を訪れたわけではあるまい。一刻も早く帰国したいと願い、そのためならばどんな交渉に応じることも厭わないだろうが、それを差し引いてもわたくしに手を貸すとは考えにくい。おまけに生きたまつりごとであるようなあの男は、内政干渉を嫌うだろう。

 だが、せっかく舞い込んできたこの札「カード》をみすみす逃す手はない。

 そう考えたシュテファーニアは、すぐにツェツィーリアとツィリルを迎えにやらせ、神殿まで連れてこさせたが、修行を疎かにすることのできない身であれば、なかなか彼らと会うことはできなかった。そのあいだにどうにか考えをまとめるため、その日は一日中ほとんど上の空だったが仕方あるまい。埃ひとつないように掃き清めなくてはならないはずの廊下に塵が残っていたと、きつい叱責を受けるも、それすらも耳には残らなかった。

 彼女がようやく考えをまとめることができたのは、ふたりが待つ部屋へと向かって歩いている最中のことだった。

 情に訴えるのは無駄だ、とシュテファーニアはまず考えた。元夫がわたくしの言葉に心を動かされるはずがない。

 身の安全を盾に脅すこともむずかしい。わが国の神兵は命を賭けた争いごとに慣れていない。

 さらに、エリシュカをだしに使うことも避けたほうが無難だろう。わたくしだって望まない。

 となればもう――、残る方法はほとんど唯一と云ってもいい。

 教主はシュテファーニアの話を聞かない。ヴァレリーもシュテファーニアの話を聞かない。ならば、ふたりに直接話をさせればいい。

 なにを話すか、その内容さえ把握していれば問題はないからだ。

 教主は娘の元夫を快く思っていない。はじめから離縁を含んだ婚姻であったとはいえ、娘が王城で冷遇されていたことは、娘自身からの書状や東国王妃エヴェリーナからの便りで厭というほど知らされているからだ。

 ヴァレリーは山奥に籠りきりの教主など、馬の糞ほどの役にも立たないと思っている。世俗を知らぬ穢れなき存在、と云えば聞こえはよいが、ようは時流も読めない三流以下の政治家であろうと見切りをつけている。

 ふたりのあいだに儀礼を越えた真摯なやりとりなど生まれる余地はない、とシュテファーニアは考えた。であるならば、政治的力学から見て上位にある殿下から一方的な宣言を突きつけさせるだけで、お父さまの動揺を誘うことは無理ではないはず。

 教義を体現する父の心を容易く変えられるとは、シュテファーニアは思っていない。

 マティアーシュ・ヴラーシュコヴァーは自分に甘い父親であると同時に、神の代弁者たるこの国の象徴でもある。いかな愛しい末娘といえども、国のありようにまで口を挟むことを許したりはしないだろう。

 わたくしがなにを云ったって、お父さまはきっと微塵も揺らぐことなどないはず、とシュテファーニアは思い、しかし同時に、でも、相手が殿下ならば話は違ってくる、と考えたのだ。

 たとえどれほど不愉快な存在であっても、ゆくゆくは東国国王となる男だ。教主は彼を無視することはできない。ヴァレリーが会見を求めれば応じないわけにはいかないし、云われた言葉を鼻で笑うわけにもいかないだろう。

 そして、彼の言葉に心を揺らさずにいることもできないはずだ。

 でも、そのためには、とシュテファーニアはふたりが待つ部屋の前で足を止めた。こちらから先に切札を切らなくてはならない。手の内を明かさぬわたくしに協力するほど、殿下は莫迦でもお人好しでもないはずだ。

 己の中でさえいまだはっきりとした形を取らぬこの考えを、まさかあの男に真っ先に打ち明けることになろうとは、とシュテファーニアは思わず苦笑いをこぼした。心を明かすのとは違うけれど、腹を割ることには変わりない。離縁したのちに、このような結びつきを求めるとは――しかも自ら――思いもよらなかった。

 そうしてシュテファーニアはヴァレリーの待つ部屋の扉を叩き、硬い音を響かせたのだった。


 殿下には、せいぜい強国の王太子らしい傲慢を披露してもらわなくては、とシュテファーニアは閉じた扉の向こうに消えた元夫の姿を思い浮かべながら、そんなことを考えた。

 ヴァレリーの態度が傲慢であれば傲慢であるほど、彼の意志はさももっともらしく聞こえることだろう。

 神の加護など必要としない、という言葉は、いかにもヴァレリーらしい。なにしろ巫女姫と呼ばれた妻を袖にして、神から見放された娘を溺愛するくらいなのだ。不自然なことはなにもない。

 東国としても、さほど盛んでもない宗教上の利益しか齎さないわが国との交流――それどころか、裏では歴史の暗部を握られ、脅されている――に、それほどの旨みはないだろう。王太子の発言を追認することはあれど、否定することはないに違いない。

 自国に大きな不利益がないと判断した殿下は、わたくしが放っておいてもうまくやるはずだわ、とシュテファーニアは思う。お父さまに向かってせいぜい不遜な態度で、神など要らぬ、と宣言してくれればそれでいい。

 問題は、彼の言葉を受け止める教主のほうである。

 お父さまはいったいどんな答えを返されるだろう、とシュテファーニアは考えた。

 若い王太子の戯言と一笑に付すか、神を蔑ろにする気かと激昂するか、あるいは――。

 教主マティアーシュ・ヴラーシュコヴァーがその胸の奥にどんな思いを秘めているか、シュテファーニアには推し量りようもなかった。

 愛され、大切にされるばかりで、わたくしは父を知ろうともしなかったのね、と彼女はいまさらのように思い知る。父の思考を追いかけようにも、どこへ向かえばいいのかまったくわからない。

 それでも、ヴァレリーの言葉を聞いた教主がひどく動揺するであろうことだけは、シュテファーニアにも想像がついた。だからこそヴァレリーに取引を持ちかけたのだが、そんな父の姿を想像すると、それだけで胸が痛むような気がした。

 弱く、貧しく、矛盾だらけのこの国の本当の姿に、お父さまが気づいていないはずはないもの、とシュテファーニアは思う。お父さまは誰よりも深くこの国とかかわり、誰よりもよくこの国を理解している。そうでなければ、神を騙り、民を導くことなどできるはずがない。

 お父さまはきっと、この国をとても愛してらっしゃるはずだ。歴史の秘密を盾に外交に脅迫を持ち込むことも、惨い身分制度をそのままにしておくことも、お父さまの中ではきっと必要なことだったのでしょう。

 けれどわたくしは、とシュテファーニアは片手で握った拳をもう片方の手で包み込むようにして身の震えを抑え込もうとした。――けれどわたくしは、このままでいいとは思えない。どうしても思えない。

 簒奪の歴史を持たぬ国はなく、過ちを知らぬ国もない。奪い取った土地の上に野蛮な国家を築き、先住していた民を虐げる。どこの国にも、どこの大陸にもあるはずの、ありふれた歴史だ。

 東国の正当な支配者を名乗るラ・フォルジュとて、先のレスピナス王朝を滅ぼして打ち立てられた王家である。西国皇家のパーヴェルツィークは、すでに簒奪者とは呼べぬほどに長い歴史を持つが、その血統は幾度も分断している。

 正されぬままの過ちも、暴かれぬままの嘘もたくさんあるだろう。生き延びるために必要だったのだと正当化され、やがて風化し、歴史そのものであるかのような顔をしていまもここにあり続ける。誰もの目の前に晒されていながら、誰ひとりとしてその過ちを、嘘を、見抜くことはできず、正そうともしない。

 過ちはそこにある。嘘もそこにある。

 そして、そのせいで傷つき、血を流し続ける人々もまた、そこにあるのだ。

 シュテファーニアには、それを見過ごすことがどうしてもできなかった。

 過ちを正すために、嘘を暴くために、より多くの血が流れるのだとしても。

 自分以外の誰からも正しいと思ってもらえなくても。

 愛し、慈しんでくれた、そして自身も大切に思う家族を壊してしまうことになるのだとしても。

 それでも、とシュテファーニアは思った。血腥い秘密や古い神とともに、この国が滅んでいくのをただ眺めているよりはずっといい、と。

 迷いはいまも胸の奥にある。このまま進むつもりか、と問いかけてくる声が聞こえなくなることはない。

 きっとこの先もずっと、この声はわたくしを責め続けるだろう。本当にいいのか、これでいいのか、家族を失くしてもいいのか、父を、兄たちを殺すつもりか、――と。

 いいはずがない。

 大切な父と母、やさしくしてくれた兄たちと姉たち、ほかにも大勢の神官や巫女。わたくしを大事にしてくれた大勢の人たち。

 わたくしのしようとしていることは、彼らを深く傷つけることだ。取り返しのつかぬほど深く、償いようのないほど深く。

 きっとみな、わたくしを許さないでしょうね、とシュテファーニアは思う。

 でも、それでも――。

 立ち上がらなければ、とシュテファーニアは自分を叱咤した。今宵はここで書を読み耽っている場合ではない。すぐにでもイエレミアーシュお兄さまに宛てて、手紙を認めなくてはならない。

 殿下にはすでに話をつけてしまった。彼に躊躇いはない。ぐずぐずしてれば、自らお父さまのところへ乗り込んでいってしまうだろう。わたくしが出遅れるわけにはいかない。

 早く、一刻も早く、手紙を――。

 そう焦るのに、シュテファーニアの身体は冷たい蔓に絡みつかれたように強張り、ひどく震えて、なかなか思うとおりに動いてはくれなかった。

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