29
「おまえときたら、どうしてそうもがさつなのでしょうね」
執務机を挟んだ向こう側でデジレ・バラデュールが深いため息をつくのを見て、ベルタ・ジェズニークは少しだけ泣きたいような気持ちになった。デジレと一緒になってため息をつけば、おまえがため息をつくんじゃありません、と即座にやり込められ、ますます気持ちが落ち込んでしまう。
「まったく、エヴラール殿下のご機嫌が珍しくよろしいようなので理由をお尋ねしてみたら、おまえが書棚から転がり落ちたのがおもしろかったと、そう仰せになるではありませんか」
顔から火が出るかと思いましたよ、とデジレは云った。
思いがけない形で転がり込んできた神ツ国の娘を、これ幸いと拾い上げたことを、デジレはいまになってほんの少しだけ後悔していた。東国王城に仕える数多の侍女たちを長く見てきた彼女にとって、ベルタはあまりにも異質な娘だったからだ。
まがりなりにもあの王太子妃殿下に仕えていたというのに、ベルタの立ち居振る舞いには危なっかしいところが多すぎる。
品がないだとか、躾がなっていないだとかではない。立居振舞いの基礎はしっかりしているし、姿勢もお辞儀の形も美しい。落ち着いて行動しさえすれば、所作にも文句のつけどころがない。
だが、ベルタはいかんせんそそっかしい。なにかにつけ、慎重さが足りないのである。
茶を入れさせれば五回に一回は茶器をひっくり返し、
落ち着きなさい、落ち着きなさい、と、だからここのところのデジレは、まるで呪文のようにベルタに向かって云い聞かせている。ベルタもベルタで、自分がそそっかしいことを十分に理解しているようなのだが、どうしても細かい失敗がなくならない。そしてまるで駄目押しのように、今日のような粗相をやらかしてくれるのである。
「振る舞いには十二分に気をつけなさいと、あれほど……」
あの、と立て板に水のごとく流れ出そうとする小言を遮られ、デジレは榛色の瞳を瞬かせてベルタを睨んだ。目上の者の言葉を遮るなど、不躾にもほどがありますよ、ベルタ。
「デジレさま」
「なんです?」
「ですから、私、前々からお願い申し上げております。エヴラール殿下付のお仕事ではなく、もっと別の、その洗濯婦とか掃除婦とかに働き口はありませんか、と」
デジレの瞳が極限まで細められた。日ごろあまり表情が豊かでない彼女の、これは最大級の不機嫌を表す顔つきである。もしこの場にモルガーヌかクロエがいたならば、頭を低くしてすぐに逃げろ、とでも叫んだことだろうが、残念ながら彼女たちは不在であった。
「ありませんよ、ベルタ。おまえの仕事場はここです。エヴラール殿下付侍女、それ以外におまえの仕事はありません」
デジレの怒りは温度が低い。だが、だからと云っておそろしくないわけではない。
「なんですか、おまえは。都合が悪くなったからといって、与えられた仕事を放り出して逃げ出すつもりですか。そんなにこの城から追い出されたいのですか。この東国王都に異国の民の働き口などありませんよ。まともなところもそうでないところも、おまえのようにそそっかしくて痩せっぽちの女など雇うはずがありません。しっとりと落ち着いて豊満な胸でも持っていれば話は変わってきましょうが、書棚に上って足を滑らすような阿呆に仕事などあるものですか」
デジレの舌鋒には容赦がなかった。だが、ベルタも負けてはいない。
「その阿呆がお傍仕えでは、エヴラール殿下がお気の毒だと申し上げているのです」
「なんですって?」
「私は殿下の事情をなにひとつ存じ上げませんが、ただでさえ狭いお部屋に閉じ込められ、自由に行かれる場所は図書室ばかり、お会いになる方といえば監察の方々とルクリュさまばかり、というのでは気も滅入ってしまうというものです。その上、私のような者が傍仕えでは、殿下には気の休まるときもございませんでしょう」
なに、ご心配には及びません、とベルタは息を継いだ。
「先日、洗濯室の下女と話をしてあるのです。手はいくらあっても足りないと彼女は申しておりました。私が働きたいと云いましたら、必要とあらば下宿もあるし、なんならうちで面倒をみてもいいよと……」
「お黙りなさいっ!」
デジレの額には青筋が浮かんでいる。これはまずい、とベルタは首を竦めた。
「なにが下女ですか、なにが洗濯婦ですか。元王太子妃殿下の侍女ともあろう者が、恥を知りなさい、恥を。だいたい、下女の仕事とはそんなに簡単なものではありませんよ。おまえのような粗忽者に、繊細な衣裳が扱えると思うのですか。この仕事が務まらないような者に務まるまともな仕事などありませんよ。それともなんですか、おまえは仕事ならなんでもいいのですか、女給でも娼婦でも、お金になるならなんでもするのですか」
「違いますっ!」
あまりの侮辱に思わず大声を上げたベルタは、そのままの勢いで云い募った。
「娼婦になるなどとはだれも云っておりません。洗濯婦の仕事を莫迦にしてもいない。ただ、身の丈に合った持ち場につきたいと申し上げているだけです」
それがいけないことですか、とベルタは肩で息をしながら口を噤んだ。
デジレもまた大きく深呼吸を繰り返しながら、言葉を探す。そのあいだもベルタをじっと睨めつけて、視線を外すようなことはしなかった。
「いいえ、いけないことではありませんよ、ベルタ」
「では……」
「でも、いまはそれを許すわけにはいかないのです」
デジレは重々しく云う。いまは、とベルタは口の中で云われた言葉を繰り返した。
そういまは、とデジレは胸のうちでもう一度同じ言葉を告げながら、忘れてはいけないことがひとつある、と自らを戒めた。それは、エヴラールがベルタを気に入っている、ということだ。いまここで、ベルタ・ジェズニークをエヴラールの傍仕えから外すわけにはいかない。
ベルタが云ったように、彼女はエヴラールを取り巻く事情をなにも知らずにここにいる。デジレが知らせないようにしているからだ。
現在のエヴラールの立場はとてもむずかしい。領地視察に出た先で叛乱勢力に拉致され、その身分を連中に利用される事態を招いた。その咎でヴァレリーに捕らえられ、監察府による尋問を受けている。重大な罪を犯した疑いをかけられている彼の身柄は、間違っても自死や暗殺などの奇禍に遭遇しないよう、騎士と監察官たちが厳重に保護している。
こうした事実をつぶさに知る者は、王城内にもそれほど多くはない。国王と国務大臣、エヴラールの父である王弟ギヨーム、近衛騎士オリヴィエ・レミ・ルクリュとその部下たち、監察府長官ガスパール・ソランと彼が特別に認めた一部の部下たち、エドモンとデジレ。それから、エヴラールの側近であるポール・シャルリエ。その気になれば容易く数え上げられてしまうほどである。
エヴラールを彼の居室に軟禁するにあたり、側近であり政務官であるシャルリエの説得にはひどく手間がかかった。結局、エドモンやデジレでは上手く宥めることができず、オリヴィエ・レミ・ルクリュが説き伏せたのである。
すべてはエヴラール殿下の御身を守るためだとオリヴィエに云われ、シャルリエは折れざるをえなかった。腹心たる自分さえもエヴラールに近づけぬとわかってからも、彼は城から一歩も出ることなく、エヴラールのために働き続けている。オリヴィエがヴァレリーのためにあるように、シャルリエはエヴラールのためにあるのだ。
エヴラールに仕えていた侍従や侍女らには、一時のことと云い聞かせて暇を与えた。いまは誰も城に残っていない。
つまり現在のエヴラールは腹心も侍従もいない、いわば手足をもがれたような状態である。日々の尋問と軟禁に加え、気晴らしの相手すらいない。鬱屈が溜まるのも当然と云えば当然であった。
そうした中にあって、明るく朗らかなベルタは、エヴラールの心をあたためてくれる、ほとんど唯一の存在である。彼女はエヴラールの地位――王弟の子であり、第二位の王位継承権を持つ王族――を知ってはいたが、彼の置かれている複雑な事情までは知らない。不運にもなにかの容疑をかけられて尋問されている、その容疑が晴れるまでは自室から出ることが許されていないのだ、とだけ認識していた。
「いまは、とはどういう意味ですか、デジレさま」
しばらく考え込んでいたベルタは、やはり疑問を解決しないではいられない、と考えたのか、衒いのない問いを投げかけてきた。デジレはしばし躊躇する。
エドモンとデジレだけに身の回りの世話をさせろ、というヴァレリーの命令は、思ったよりも短い期間で老いたふたりをひどく疲弊させた。細々とした身の回りの世話に加えて、エヴラールの身の安全を図らねばならない上に、さらに本来の主である王太子の立場をも守らなければならない。するべきことは多くあれど、やや草臥れた身ふたつにはあまりにも荷が重たかった。
心身ともに限界に近づきつつあったところに現れたクロエとベルタは、デジレだけではなくエドモンにとっても救いだったと云える。彼女たちは侍女としての素養をすでに身に着けているばかりか、直接的ではないにしろ、王族を身近に感じたことのある者たちだ。エヴラールを前にしても浮足立ってしまうようなことはないだろう。
そう考えたデジレは、すぐさまふたりをエヴラール付侍女とし、彼の身の回りの世話をするように申し渡したのである。
必要に迫られ、少々脅迫めいた手段をとりはしたけれど、私の目に狂いはなかった、とデジレはおおむねのところで満足している。所作に粗雑なところのあるクロエは、エヴラールの前に出すことはできないが、料理の腕は立つし、洗濯や掃除も素早く器用にこなす。一方、下働きに不慣れなベルタは、ひととおりの行儀作法を身に着けているため、すぐにでもエヴラールの前に出すことができた。ひとつ計算違いがあったとすれば、それはベルタが、自ら思考することに慣れた侍女であった、ということだ。
もともとモルガーヌの部下であったクロエは、デジレの云うことには逆らわない。王都の下町で生まれ育った彼女は、生まれながらの王城の住人に劣等感を抱いていて、ことにデジレには苦手意識があるのか、云われたことにはすべて素直に頷いて決して疑問を差し挟んだりはしなかった。
だが、ベルタは違う。
自分の頭で考えることを知っている彼女は、ときにデジレに対し真っ向から口答えすることがある。命令に背くことはしないが、肯うまでに時間がかかるのだ。
そもそもなぜ自分がエヴラールの傍仕えになったのか、ベルタはそこからして納得していない。王城で働きたいと云ったのはたしかに自分だが、身分ある人のそばに仕えたいなどとはひとことも云っていない、と彼女は云うのだ。
明かすことのできない事情があるのです、王城に仕えたことのあるおまえなのですから、みなまで云わせないでちょうだい、と云えば、ベルタはそれ以上詮索しなかった。が、以来ことあるごとに、エヴラール付侍女という自身の立場を返上したがるようになった。
「エヴラール殿下が、非常にむずかしい微妙なお立場におられることは、おまえにもわかるでしょう、ベルタ。詳しいことはわからなくとも、そういう気配を読み取ることはできる。そうですね?」
はい、とベルタは不承不承頷いた。あまり納得はしたくない。
「殿下は来る日も来る日もひどい重圧を感じておられる。監察官による尋問は、決して生ぬるいものではありませんし、自由な外出を許されない身では気晴らしをすることもかないません。せめて御身だけでも気持ちよくお過ごしになれますようにと願うのは、私ども傍仕えの者としては当然のことです」
「それは、もちろん、その……わかりますが……」
「それに加えて、もしいささかなりともお心をお慰めすることができるのであれば、使用人としてこれほど喜ばしいことはないと思いませんか」
「それも、まあ、そうですが……」
それが私と何の関係があるのだ、とベルタは思った。たしかにエヴラール殿下のことはお気の毒だとは思う。毎日毎日陰気くさい官吏にあれやこれやと問い詰められて、自由もなく閉じ込められて、明るく楽しく笑って過ごせるはずもない。だけど、私には関係のないことだ。異国の王子さまのお心など知ったこっちゃない。
「エヴラール殿下は、おまえのことを気に入っておいでです」
「はあ?」
ベルタは思わず素っ頓狂な声を上げた。デジレは珍しく厭な顔ひとつせず、気に入っておいでなのです、ともう一度云った。
「おまえの粗忽な振る舞いを笑ってお許しになられるのも、おまえのことが気に入っているからです。鬱々とするばかりの日々に、おまえという存在が救いとなっているのです。このことを知ってもなお、殿下の傍仕えを辞退したいと云うつもりですか」
「いや、あの、いまはって……」
「おまえは神ツ国の民でしょう。しかるべき時がくれば、ここを去る身です。それまでのほんの短いあいだ、エヴラール殿下の慰めとなってはもらえないかと、そう云っているのです」
なんだかうまく云い包められてしまったような気がするぞ、とベルタは憮然とした面持ちで茶の支度を調えていた。
ところはエヴラールの居室である。
叱責された勢いを借りて云い負かし、あわよくば洗濯婦か掃除婦に転職したいと考えていたベルタにとって、デジレの云い分――エヴラール殿下は、おまえのことを気に入っているのですよ――はあまりにも意外で、心底驚かされた。言葉を失くすほど吃驚した結果、叱責されるだけされた上に反省までさせられ、あげく、こうしてエヴラールの部屋で茶など淹れる羽目になっている。さすがは百戦錬磨の筆頭侍女、侮りがたし、である。
しかし、この本ばっかり読んでいるいかにも偏屈者っぽい王子さまが私のことをねえ、とベルタは思わずじろじろとエヴラールの横顔を眺めまわしてしまった。
「私の顔になにかついているかい?」
図書室で向けられた呆れ声とは異なる、柔らかな笑みを含んだ声をかけられ、ベルタは思わず、いえ、と反射で返事をしてしまった。
しまった、と彼女は軽く顔をしかめる。殿下とふたりきりで話をしてはならないと厳しく云われているのだったわ。
「ベルタ」
幾度か呼びかけられ、それでもなお頑なに返事をしないベルタに焦れたのか、エヴラールはとうとう、これは命令だよ、と云った。
「返事をしなさい、ベルタ」
「はい」
ああ、これでまたデジレさまに叱られるわ、とベルタは思った。それが顔に出ていたのだろう、エヴラールがひとつため息をついた。
「デジレには私から云っておく。おまえを叱らないようにと。これでいいか」
ベルタは茶の器を並べ替えながら、小さく頷いた。エヴラールのほうを見ないようにしたのは、目が合えば下手な同情をしてしまいそうだとわかっていたからだ。
「少し話し相手になってもらいたい。退屈なんだよ。わかるだろう?」
こっちを見て、とエヴラールは云った。ベルタは眉間に皺を寄せ、顔を上げる。
「別に取って食ったりしないから。私は従兄どのとは違う」
苦笑いを含んだエヴラールの声に、ベルタは唇を一文字に引き結んで不満を示した。エヴラールの従兄とは、あの王太子のことだろう。気の毒なエリシュカを掻っ攫っていった、人でなしの王太子。
「おまえは神ツ国の娘なんだってね。従兄どのの寵姫だった娘、名前はなんだったかな、そう、ええと……エリシュカ、エリシュカどのだ、彼女のことは知っているのか」
「だったらどうだっていうんです? そんなこと知ってどうなさるんです?」
エリシュカはもうここにはいないのに。王太子の暴虐に耐えきれず、たったひとりで旅立ってしまったというのに。ベルタの突慳貪な返事は、そこに込められた悲痛な想いでもってエヴラールを驚かせた。
「すまない、ベルタ」
エヴラールは咄嗟に詫びた。そうしなければならないような気がしたせいだったからなのだが、これがよくなかった。
「なにがですか」
殿下がエリシュカをどうこうなさったわけではありませんでしょう、とベルタは冷たい口調でじつにもっともなことを云う。エヴラールはたじたじとなって、いや、と掌で口許を覆った。
「従兄どのがずいぶんと無体を働いたと聞いているものだから」
さようでございますか、とベルタは片眉を跳ね上げた。失礼な仕草だとは重々承知していても、不愉快は本物だけに止めようがない。
どうせこの王子さまも、王太子の傍若無人を笑いながら見ているだけで、なにもしなかったひとりなのだろう。そりゃあ、私だってなにもできなかった口に違いはないけれど、私と彼とでは立場が違う。もしもこの従弟どのがあの男を窘めでもしてくれていたら、エリシュカはひとりで旅になど出なくともよかったのかもしれないのだ。
「なにもかもいまさらでございます」
すっぱりと会話を断ち切るようにそう云って、ベルタはエヴラールの前に茶杯を置いた。心中の苛立ちが指先に伝わり、器が小さな音を立てた。
失礼しました、とベルタは云った。
「よく眠れるという花茶でございます」
ああ、ありがとう、とエヴラールはどこかぼんやりと頷いた。そして、礼を云われたことに少し驚いたような顔を見せているベルタに構わず、こう続けた。
「おまえはエリシュカどのと親しかったのだね」
ベルタは茶器を片づけながら、ちらりとエヴラールに目を遣った。エヴラールはまっすぐにベルタを見ている。
「あの気の毒な娘にも友人がいたとはまるで知らなかったよ」
彼女は、故郷では賤民と呼ばれる者なのだろう、とエヴラールが云う。
「ひどい差別を受けていると聞いていたから、王太子妃殿下の侍女であったおまえと親しかったとは思わなかった」
すまなかった、とエヴラールはもう一度云った。ベルタは小さく息をついた。この人に非はない。そして私にも苛立つ権利はない。
「エリシュカと私は国にいたころからの友人でした。彼女が本当はどう思っていたかわからないけれど、少なくとも私にとってはかけがえのない友人だったんです」
そう、とエヴラールは慎重に相槌を打つ。
「だから、この国の王族の方に向かって申し上げていいようなことではありませんけれど、王太子殿下のなさりようには腹が立ちました。かと云って、謝ってもらいたいわけではないんです。私にそんなことされたって、いまさらそんなことされたって、エリシュカが戻ってくるわけじゃありませんから」
ただ、もう少し大事にしてくれていたら、とそう思っただけです、と云ってベルタは口を噤んだ。
「アランをね、庇うわけではないのだけれど、従兄どのは従兄どので気の毒な男なんだ。おまえも妃殿下に仕えていたのだからわからなくはないだろう。立場ゆえの不自由が人を歪ませることは珍しくない。もとは、決して、悪い男ではないんだよ」
それはわかる、とベルタは俯いた。わかりたくないけれど――、わかってしまう。姫さまを見てきたから。かつての私自身もそうだったから。だけど、だからと云って、それが誰かを傷つけていい理由にはならないと思う。
きっとそんなことは、この高貴な方にもわかっているはずだわ、とベルタは俯いたまま上目でエヴラールをちらりと見遣った。わかっていてなお、彼は王太子を庇わずにはいられないのだ。私が彼を責めずにいられないのと、それはきっと同じ気持ちの裏と表なのだろう。
「私はエリシュカの友人です」
ベルタが云えたのはそれだけだった。エヴラールはやさしげに笑い、そうだね、と云った。きっといい友人だったんだろう。
「私には少しだけ、エリシュカどのの気持ちがわかるような気がするよ」
「エリシュカの、ですか」
そうだ、とエヴラールは頷いた。
「きっとおまえの存在が日々の救いだったんだろうと思う。明るくてあたたかで朗らかだ。おまえといると厭なことやつらいことを、少しだけ忘れられる。いまの私がそうであるように、エリシュカどのもきっとそうだったんだろうと、そう思うよ」
ベルタは大きく目を瞠った。エヴラールはどこか恥ずかしそうに笑い、椅子の背に凭れかかると身体の前で指を組んだ。
「私にもおまえのような友人がひとりくらいいればよかった」
いまさら詮ないことだけれど、とエヴラールはぽつりとこぼすように付け加えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます