24

「エリシュカ」

 二度続けて自分を呼ぶ声を聞いたエリシュカは、身を潜めていた茂みからそっと顔を覗かせ、あたりの気配を探った。隣にいるヴァレリーが手首のあたりをそっと握ってくれていることでどうにか落ち着きを保っているが、全身が心の臓となってしまったかのように鼓動がうるさい。

「エリシュカ」

 続けて聞こえてきた低声こごえにエリシュカは目を見開いて、ツェツィーリアさま、と思わず声に出して応じ、音を立てて立ち上がってしまった。

 がさがさっ、と下草を踏み分ける音に続き、背の高い女が姿を見せる。薄い水色の瞳は大きく見開かれ、心なしか潤んでいるように見えた。

「エリシュカ!」

 大きく両手を広げたツェツィーリアは、低木の茂みの中に立ち尽くしたままのエリシュカの身体をぐっと引き寄せ、強く抱きしめた。

「エリシュカ」

 よく無事で、とかツェツィーリアは云った。

「よく無事でいてくれた……」

「ツェツィーリアさま」

 思わぬ歓迎に戸惑うエリシュカの傍らに、すっくと立ち上がったのはヴァレリーである。

「……王太子殿下」

 物音に身を竦ませ、エリシュカを抱きしめる腕になおも力をこめたツェツィーリアが、なかば呆然と呟くようにヴァレリーを呼ぶ。

「久しいな、第一侍女」

 ツェツィーリアはエリシュカの身体を解放し、茂みの中に片脚を突っ込んだまま深い礼を取ってみせた。

「まさかこのようなところでお目にかかるとは思ってもみませんでした、王太子殿下」

 ふん、とヴァレリーは高慢に鼻を鳴らす。

「おれもこのような形で神ツ国を訪れることになるとは思わなんだ」

「いったいなぜに、とお尋ねしてもよろしゅうございますか」

「話せば長くなる。それよりもいまは、いかに貴国に歓迎してもらうか、そのすべを考えたほうがよさそうだと思うのだがな」

 わが国は殿下を歓迎などいたしませんよ、とツェツィーリアは思った。姫さまを蔑ろにし、エリシュカを傷つけた、あなたさまを決して歓迎などいたしません。

 だが、ツェツィーリアは己の想いよりも務めに対し、より忠実だった。失礼にならない程度の笑みを浮かべ、軽く腰を折った彼女は、ツィリル、と傍らに蹲る青年を呼ぶ。

 エリシュカが伴ってきた男が東国の王太子であると知ったツィリルは、いまや失神寸前の恐慌状態だった。なんで、と彼は思っていた。なんでエリシュカはそんな大事なことをさっさと教えてくれなかったのか。

 エリシュカが教えてくれたのは、ヴァレリー・アランという彼の名前だけで、シュテファーニアには――ツェツィーリアを通じてではあるが――それをそのまま伝えた。お名前をお聞かせすればおわかりになるはずだから、とエリシュカは云ったけれど、そりゃわかるはずだよ、とツィリルは泣き出したい思いでいっぱいである。だってかつての旦那さまじゃないか。

 シュテファーニアの元夫が東国の王太子であることは、いくら世情に疎いツィリルだって知っている。そんな高貴な方のお名前を呼び、あまつさえお顔をじろじろと眺めまわすような真似までしてしまった。それもこれもエリシュカが、この方の正体を教えてくれなかったのが悪い――。

「ツィリル」

 ツェツィーリアの声が鋭くなった。低声でありながら鼓膜に突き刺さるような響きは、さすがは教主一族に仕える侍女と云ったところか。

「おまえが持っている衣装を、ふたりに早く」

「は、はい」

 ツィリルは地面に跪いたまま、いざるようにして茂みに近寄った。俯いたまま頭の上に掲げるようにした手から荷物が取り上げられる。ほっとしたツィリルは、その場に蹲るようにして額づいた。

 よろしいですか、という声はツェツィーリアのものだ。

「こちらが殿下にお召しいただく神官の衣装、そしてこちらが神殿で働く下女の仕着せです。あなたが着るのですよ、エリシュカ」

 差し出された包みを受け取ろうとしたエリシュカの手がぴたりと止まる。

「神殿……?」

 そうです、と云いながらツェツィーリアは、まるで放り投げるようにもうひとつの包みをヴァレリーに押しつけた。

「私とツィリルは国外から神について学ぶためにやってきた神官を迎えに来た、ということになっています。王太子殿下は神官、エリシュカはその神官が旅の途上でその境遇に同情し、伴ってきた下女ということにして、国境の門をくぐってもらいます」

「神官、だと?」

 眉をひそめるヴァレリーに向かい、ツェツィーリアは、そうです、と平板な口調で答えた。

「姫さまと離縁なさった殿下を、教主猊下は決して歓迎なさらないでしょう。正式な便りもなく、突然に尋ねてこられたところで、入国や謁見の許しが出るとはとうてい思えません。しかし、冬の迫るこの山の中に、あなたがたを幾日も足止めするわけにもいかない」

 これは次善の策なのです、とツェツィーリアはエリシュカとヴァレリーを交互に見据えた。

「それを着て中央神殿へ向かい、まずは姫さまと会っていただきます。すべてはそれからです。おわかりですか」

「中央神殿?」

 エリシュカが問い返すのへ、ツェツィーリアは穏やかな笑みを向けた。

「姫さまは東国からお戻りになったその足で、かねてからのご希望どおり、中央神殿へと入られました。巫女見習いとなり、日々修行に励んでおられます」

 そうだったのか、とエリシュカは腕の中の包み――神殿付下女の仕着せだというそれ――を抱きしめながら、胸の底に凝っていた謎が解けたような気持ちになった。

 姫さまの望みは巫女さまとなることだった。アランさまからのお召しに、身代わりとしてわたしを差し出されたのは、男の方に触れられたお身体では、巫女さまとなることはできないからだ。ずっと胸に抱いていらしたその望みを叶えるため、姫さまは――。

 だからといって、なんの救いになるということもないのだけれど、とエリシュカは小さなため息をついた。

 許すも許さないもない。この国の支配者たる教主さまのご息女である姫さまと、人としての尊厳すら認められない賤民のわたしとでは、あまりにも立場が違う。姫さまがなさったことを、いまのわたしはこうして痛みをもって受け止めているけれど、かつてのわたしはそうではなかった。

 あたりまえだと思っていた。否、あたりまえだとさえ思っていなかった。なんの感情もなく、なんの思考もなく、ただ命ぜられるままに動くだけだった。

 そんなわたしに、なにが云えるだろう。

「エリシュカ」

 俯き、沈んだ表情を見せるエリシュカを誤解したのか、ツェツィーリアはやさしげな声で気遣った。

「大丈夫ですか」

 はい、とエリシュカは間髪を入れずに答えた。

「これこそがいまの姫さまのお心であると、ちゃんとわかっていますから。大丈夫です、ツェツィーリアさま」

 そう云って、手元の包みを軽く持ち上げてみせた。この仕着せこそが、姫さまのお心――なんとかして、わたしとアランさまを助けてくださろうとする――なのだと、ちゃんとわかっている。

 ツェツィーリアは思わず目を見開いた。従順で、愚かではない、しかし、かつてはただそれだけであった娘が、しばらく見ないうちにこうも力強く、賢く生まれ変わるとは――。

 いったいどうやってここまでたどり着いたのかはわからないが、さぞや苦労したのだろう。厳しい労働や酷い虐待とはまた異なるその労は、彼女をこうも美しく甦らせた。姫さまのなさったことに罪がないとは云えない。けれど、そこに罪だけではないなにかがあったことを、私は幸いに思う。

 ツェツィーリアは軽く瞑目し、エリシュカの変貌をもたらした運命のいたずらにささやかな感謝を捧げた。


「いったいいつまで、この窮屈な服を着ていなければならんのだ」

 中央神殿の中に設けられた一室に閉じ込められて数刻、ヴァレリーの苛立ちは募るばかりだった。

「どうかそうおっしゃらずに、アランさま」

「だがもうすでに昼と夜、二度の食事を終えているのだぞ。いくらなんでも……」

 エリシュカ相手にそう強いことが云えるはずもないが、だからといって周囲の様子も窺えないような狭い部屋に閉じ込められたままでは埒が明かない。勢いヴァレリーの不満は、こどもっぽい愚痴となって垂れ流され、エリシュカはその後始末に追われていた。

 なにやらすっかり素直になってしまわれて、とエリシュカはつい口許に浮かぶ笑みを俯いて隠しながら、そんなことを思った。

 王城で暮らしていたときも、神ノ峰の中で偶然の再会を果たしたあとしばらくのあいだも、ヴァレリーはエリシュカに対し、あくまでも王太子であるという姿勢を崩そうとはしなかった。どれほど親しげに振る舞おうと、愛おしさを告げようと、助けを乞おうとするときですら、彼は王太子であり続けた。

 ヴァレリーは支配する者で、エリシュカは支配される者。

 その構図はふたりのあいだで決して崩れることはなく、崩そうとすることも許されなかった。

 変わったのはいったいいつからだろう、とエリシュカは思う。ヴァイスの庵で暮らすようになった、そのころからだろうか。エリシュカの中からヴァレリーに対する怯えが完全に抜けたのも、同じころだったように思う。

 そうやってひとりの男になってみると、ヴァレリーは驚くほどにわかりやすい性格をしていた。不満や喜びはそのまま表情に表れ、嘘をつけば目が泳ぐ。意地を張って格好つけることも、やせ我慢さえも長続きしない。

 これで国王など務まるのだろうか、と思わず心配になるくらいである。

 もっともそれは、エリシュカを相手にしているからこそなのであるが、彼女にはそんなこととはわからない。本気でヴァレリーの将来を心配するエリシュカは、少しばかり人が好すぎるのかもしれなかった。

「わたしも詳しいことは存じませんが、神殿での修行はとても厳しいものだと聞いております。朝早くから夜遅くまで、腰を下ろすひまもないほど忙しなくお勤めに追われるとか。姫さまもなかなか自由になるお時間をもらえないのでしょう。仕方のないことでございます」

 エリシュカが諌めるようにそう云うと、ヴァレリーはなんともいえない奇妙な顔をした。

「いかがなさったのです?」

 いや、とヴァレリーは首を横に振る。

「なんです?」

「なんでもない」

「アランさま」

 なんでもない、とヴァレリーはもう一度云って首を横に振った。だが、なんともいえない表情はまだそのままだ。アランさま、ともう一度迫れば、ヴァレリーは困ったような顔をしてぼそぼそと続けた。

「そなたは、おれや元妻のことが、その、……許せないと思ったりはしないのか?」

 朝のこともそうだ、と彼は云う。

「元妻の第一侍女、あれだって、そなたにおれとの閨を強いた張本人ではないか。デジレが云っていたぞ、そなたに支度を施したのはあの者であったと」

 エリシュカは思わずぽかんとした表情でヴァレリーを見つめた。珍しく俯いてしゃべっている彼は、エリシュカのそんな顔には気づいていない。

「憎くはないのか」

 そなたの人生を複雑にしたおれたちが憎くはないのか、とヴァレリーは云った。ひどく心細い表情を見せる彼の横顔に、エリシュカは思わず駆け寄って、その身体を抱きしめてやりたいような奇妙な気持ちになった。

 ヴァイスの庵を出る前、アランさまのお力になりたい、とは思ったけれど、あのときはこれほどの気持ちにはならなかった、とエリシュカは戸惑う。

 ――守ってさしあげたいなどと、そんな気持ちには。

「いいえ」

 エリシュカは短い言葉で答えた。それは、ヴァレリーの不安を抑えるためでもあり、同時に自分の中に湧き起ってしまった不遜をかき消すためでもあった。守ってさしあげるなどと、東国王太子であるアランさまに対して思い上がりもはなはだしい。

「本心か」

 エリシュカの言葉などまるで信じていない様子のヴァレリーに、エリシュカは淡い笑みで答える。

「はい。心からそう思っております」

 なぜだ、とヴァレリーは表情だけでそう問いかけた。なぜだ、エリシュカ。そなたに酷い仕打ちをしたおれたちを、どうしてそう簡単に許せるのだ。

「なぜ、でございましょうか。わたしにもよくわかりません。でも、わたしはアランさまのことも、姫さまのことも、もちろんツェツィーリアさまのことも憎んでなどおりません」

「なぜ、そうも容易く……」

 容易くはございませんでした、とエリシュカは答えた。自分でも驚くようなその言葉は、心の底からのものだったのかもしれない。

 そう、容易いことではなかった。決して。

 シュテファーニアに身代わりとして利用され、ツェツィーリアに背を押され、ヴァレリーの腕に絡め取られたときのエリシュカは、云ってみればただの人形のようなものだった。意志を持たず、思考を持たず、心も持たぬ、ただの形代。

 だが、そのあと王城を飛び出し、シルヴェリオやジーノと出会い、オルジシュカに拾われ、海猫旅団に身を寄せ、エリシュカは変わった。自分で自分の心を見定め、歩む道を選び、望みを叶えるすべを知ったのだ。

 その長い旅の最中には自分がされたことを思い、恨みを募らせる夜だってあった。悔しくて眠れず、叫びだしたいほどに苦しい夜も。

 どうしてわたしだけが、こんな目に遭わなくちゃならないの。

 どうしてわたしだけが、あんな目に遭わなくちゃならなかったの。

 シルヴェリオに騙され、ジーノに欺かれ、オルジシュカに叱られ、気分の落ち込んだ夜には、必ずと云っていいほど苦しい夢に悩まされた。

 シュテファーニアを疎み、故郷を呪い、生まれてきたことすら恨んだ。

 ヴァレリーに怯え、彼にされたことを憎み、抗うことのできなかった自分を悔やんだ。

 故郷にあっては身分に縛られ、東国にあっては男に囚われ、旅路にあっては誰かに騙される。こんな暮らしを強いられるくらいなら、いっそ生まれてこないほうがよかったのに――。

 そうした恨みつらみが少しずつ晴れていったのは、しかし、苦しいと思っていた同じ旅路にあってのことだった。

 感じることを覚え、考えることを覚え、悩むことを覚えた。

 喜びと哀しみを知り、怒りと楽しみを知った。

 そして同時に、自分ではない誰かもまた、自分と同じように、感じ、考え、悩み、喜び、哀しみ、怒り、楽しむのだと知った。苦しむのだと知った。恨むのだと知った。

 赦すのだと知った。

 諦めるのではなく、赦すのだと――。

 受けた仕打ちを忘れることはないだろう、とエリシュカは思う。この先どれほどアランさまが、姫さまがそう望んだとしても、忘れることはできない。

 あのとき感じた痛みなくして、いまの自分は存在しないからだ。

 いまわたしがこうしてあるのは、あのときの苦しみがあったからこそだ。

 そう思えたとき、エリシュカは自分の中から、いっさいの憎しみや恨みが消えていることに気づいた。

 そして、こうも思った。

 姫さまも、アランさまも、苦しまれていたのかもしれない。――わたしと、同じように。

「容易くはございませんでしたが、なにをどうしても、わたしは姫さまのこともアランさまのことも、憎み続けることはできなかったと思います。わたしが、いまのわたしであれるのは、姫さまやアランさま、これまでの私にかかわってくださったすべての方のおかげだと思うからです」

 虐げられたことも、囚われたことも、騙されたことも、エリシュカを傷つけ、ひどく損なった。けれど、ただそれだけではなかったのだ、といまのエリシュカはそう思う。

「わたしはこの神ツ国にあっては、人として認められない賤民の娘です。泥に生まれ、塵の中に生き、芥とともに沈む、そんな生き方をするひとりだったのに違いありません。けれど幸いなことに、わたしは東国へ行き、アランさまと出会い、旅をすることができた。自分とはなにか、生きるとはなにか、その答えを掴むまでではないにしろ、考える機会を与えられたのです」

 それはとても幸いなことです、とエリシュカは微笑んだ。

「いまのわたしは、わたしに生まれてきたことを幸いに思います。そう思わせてくれた、これまでのすべてを幸いに思う」

 だから憎んではいません、とエリシュカの言葉が結ばれた瞬間、ヴァレリーは思わず祈るような気持ちで目蓋を閉じた。

 ああ、と彼は思った。

 エリシュカはなんと強くなったのだろう。なんと美しくなったのだろう。このおれの手など、もうとうてい届かないのかもしれないと、そう覚悟させるほどに。

 醜い保身も、薄汚い欲望も、自分そのものに等しいまつりごとさえも、エリシュカの前ではすべてが無力だ。

 いまのおれは、ただ願うしかできない。

 彼女の強さと美しさとに寄り添っていきたいと、そう願うしかできない。

 眩い光を浴びせられでもしたかのように、ヴァレリーは閉じた目蓋をさらに強く合わせた。目裏が白く染まり、かつてないほど強く願った。

 エリシュカとともにありたい。

 そして、こうも思った。

 おれもまた、強く、気高くあらねば。

 ヴァレリーはそっと目蓋を持ち上げた。いつのまにか目の前に立ち、そこで穏やかに微笑むエリシュカに、そうか、と短く応じ、やさしく微笑んでみせた。

「強いな、そなたは」

「そんな……」

 エリシュカははにかむような笑みを浮かべる。

「そなたを誰よりも愛しく思う。誇らしく思う。生涯、ともにありたいと、そう思う」

 驚きに見開かれる薄紫色の双眸に、自身の顔がしかと映っているのを覗き込みながら、ヴァレリーは続けた。

「許してくれるまで、何度でも願おう。幾度でも乞おう。エリシュカ、おれとともに生きてほしい」

 ヴァレリーは腰を下ろしていた椅子を避けると、両膝をついてエリシュカの指先を取った。それをそのまま額に押し当て、神官服の頭巾を払い除ける。

「神ではなく、そなたに誓う、エリシュカ。この命をそなたひとりに捧げる。ヴァレリー・アランは、そなたのものだ」

 驚きのあまり、エリシュカはどんな言葉も発することができなかった。なんということをなさるのですか、と詰ることも、立会人もないこんな誓いに意味などない、と拒むことも。

 声ひとつ発せられないでいるエリシュカの前で、やがてヴァレリーは静かに立ち上がった。両手でエリシュカの両手を取り、穏やかな笑みを浮かべる。

「受け取るも受け取らぬもそなたの自由だ。返事をするもしないも。おれの気持ちは変わらない。急に驚かせて悪かった」

 エリシュカは急いで首を横に振った。思わず口を衝いた誓いに戸惑ったのはわたしだけではないのかもしれない、と彼女は思った。だってアランさまも、どこか照れくさそうにしていらっしゃる。

 心の中が急にふんわりと温かくなったような気がして、エリシュカは自由になった両手をそっと胸に当てた。着慣れない仕着せの下で、心の臓が嬉しそうに跳ねまわっている。喜びで頬が染まっているのがわかる。

 それはきっと――、アランさまも同じだ。

 とても、嬉しい。

 この気持ちをいますぐ伝えなくては、とエリシュカは思った。アランさま、わたしもです。わたしもあなたと一緒にいたいのです。

 だが、その思いは言葉にはならなかった。

 扉を叩く硬い音が、待ちかねていた訪問を告げる硬い音が、小さな部屋の中に響き渡ったからである。

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