第一章 第二話 中学生の僕

 僕の名前はヒロミという。

自分で言うのもなんだけど、結構可愛い顔をしている。女の子みたいなこの名前が違和感ないって友達には言われるけど、僕としてはとても気にしている。だから最初に、「ヒロ」って呼んでと口添える。

「やばい!どうしよう、ヒロ。」

ホームルームの終了と共に僕の席に駆け込んできたのは、小学校から合わせて数年間クラスがずっと一緒なコテツ。

「数学と社会、半分なかった……。」

今日返ってきた定期テストのことを言っているんだろう。中学三年の学期末テストということもあって、コテツの落ち込み具合は深い。

「っは、救いようがないな。定期テスト前におれの誘いに乗ってゲーセンなんかに遊びに行くからだ。そこは賢く、ヒロのように勉強をするという選択肢を選ぶべきだった。」

左隣から、こちらも数年間クラスが一緒のシューヤが会話に加わる。またコテツを巻き込んだのか、と僕はシューヤに呆れた視線を送る。何事も要領のいいシューヤには、悪い癖がある。純真真っ直ぐなコテツをたぶらかしてからかうという、悪い癖が。

「うっせー。そういうシューヤはどうだったんだよ、テストの点数。」

「もちろん、全て80点以上だよ。どこかの誰かと違って、遊んでばかりじゃないんだ。」

「あ゛-、ぜってぇ母さんに叱られる。受験生の自覚があるのかって。」

「コテツはスポーツ推薦狙っているんだろう?あんまり気にしなくても……。」

「内申も大事だって、懇談で先生に言われた。」

「あー、」

なんと返せばいいのか、迷ってしまう。

「コテツ、落ち着いて。まだ二学期がある。夏休み頑張ればなんとかなるよ。」

しれっと元凶の一端を担ったシューヤがそうフォローする。説得力ないなぁ。

「仕方がないから夏休み、おれとヒロで勉強教えてやるよ。旨いアイスおごれよな。」

「えぇっ、僕も?」

とんだ巻き込みだ。夏休みはシショーのところに通い詰めて、本の海に溺れようと思っていたのに。

「俺ら全員受験生なんだ。勉強して困ることなんてないだろ。」

にやりとシューヤが悪い笑みで囁いてくる。嫌な予感しかしない!!

「マジッ⁉すっげー嬉しい。二人とも頭いいからめっちゃ助かる。」

単純なコテツはシューヤの仕打ちをすっかり忘れて喜んでるし……。だからシューヤに面白がって遊ばれるんだ。それにしてもシューヤは、ひどい詐欺師だと思う。規定通りの制服の着こなし、感じよく整えられた黒髪にと、全体的な雰囲気が先生受けの良い仕上がりになっている。仕上げに、伊達でかけている黒縁メガネを加えれば、絵にかいたような優等生の出来上がりだ。しかしこいつは、先生の目を盗んで授業中はしょっちゅう寝てるし、係の活動も、何をどうしているのか謎だけどよく抜け出している。嫌いな体育に至っては、病弱設定を作り出し上手いこと休んでいる。ほんっと、器用な奴だよな。それに、そんなシューヤはクラスの女の子に人気が高いのも僕は知っている。僕だって一回くらい、女の子にきゃあきゃあ言われてみたいもんだよ。

「じゃあな。シューヤ、ヒロ。夏休みの勉強、忘れんなよ!」

にかっと笑って、コテツは部活へと走っていった。それを見送った僕とシューヤは、通学カバンを背負って教室を出る。

「ほどほどにしときなよ、シューヤ。いつかばれて嫌われちゃうよ。」

「そんなへましないよ。ちゃんと加減はしてるだろ?」

「ったく、僕は知らないからな。」

「ところでヒロ、五教科の合計点いくつだった?おれ430点。」

「482点。」

「うわっ!さすがだな。」

「シューヤは手を抜きすぎだよ。おまえがほんとはもっと賢いの知ってるよ。僕なんてふつーだよ、ふつー。」

「じゃあ今度のテスト、まじで頑張ってみるわ。それでおれが勝ったら、一緒に行ってほしいところがあるんだ。もちろん、コテツも誘ってさ。」

「なんだよ、急に。」

「中学今年で最後だからさ、思い出ってやつが欲しいんだよ。ヒロあんまり学校の外では会ってくれないだろ?だから、テストでおれが勝ったら絶対。」

いつも余裕たっぷりのシューヤの、珍しく真剣な様子にびっくりする。学校の外で会わないのは、シショーのところで本を読みたいからだったけど、気にさせていたんだろうか。

「わかったよ。でも本気出したシューヤなんて久しぶりだからな。僕が大差で勝っちゃったりして。」

「言ったなぁ!」

笑いながらいつもの十字路で、互いに分かれて手を振りあう。

「またな、ヒロ。」

「うん。また明日。」

これは本ばかり読んでいられないな。シショーの所に行く頻度、減らした方が良いのかも。

――「俺ら全員受験生なんだ。」

シューヤの言葉が、やけに耳に残った。行きたい高校なんてない。将来どうなりたいかなんて、何にも決まってない。

「どうしろっていうんだよな、ほんと。」

テストの点なんて、何の意味もないんだ。


 放課後の二時間。僕はシショーのところで本を読む。この日課は、中学生になってからは一度も欠かしたことがない。シショーは魔法使いで、僕はその弟子。この肩書だけが、僕が普通ではないと思う唯一だ。それ以外はほんと、普通で平凡で、何の面白みもない人間なんだ。

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