第130話 恋人イベントのやり直し・夏凛へのドッキリ

 今日は部活が早く終わるらしく、だったら久し振りにファミレスに行こうと言うことになった。


 なので学校に向かってる最中なのだ。


 別に迎えに来てほしいと言われたわけじゃないけど、わざわざ家に帰ってからまた外に出るのも夏凛に悪いからな。


 ドッキリを仕掛けるために、こちらから出向いて驚かせようって魂胆だ。


 校門を抜けて、水泳部に行ってみるとプールをデッキブラシでゴシゴシ擦ってる部員が目に入った。


 だけど夏凛は見つからない、どこに行ったんだろ。


 その場を後にしてグランドに出た。


 それぞれの競技で使う道具を、各自責任を持って手入れしている。夏凛の言うとおり、今は大掃除のシーズンらしい。だけどここにも夏凛はいない。


 じゃあ、バスケ部の手伝いか?


 そう考えて体育館に入ろうとすると、体育館の裏から女子達のかしましい声が聞こえてきた。


 体育館裏と言えば、人気の告白スポットだけど……女子が集まって何かを話してることからそれは違うみたいだ。


 虫の知らせというか、とにかく気になったので角に隠れて聞き耳を立てた。


「えっ、黒谷さん彼氏が出来たの!?」


「はい、クリスマスイブに出来ちゃいました」


「え~~~~ッ!?」


「じゃ、じゃあ! お相手はどなた?」


「秘密です♪」


 まさかの夏凛だった。状況から察するに女子バスケ部と恋ばなになって、夏凛もそれに乗っかった感じのようだ。


 別に秘密にしてるわけじゃないから、話しても良いんだけど。年配の方とかはまだブームを受け入れられないから反発も強い。


 普通のカップルよりも壁があるのは確かだし……夏凛の判断は合ってるのかもしれない。


「じゃあさ、馴れ初めとか教えてよ。名前言わなくて良いから!」


 夏凛は顎に手を当てて考え込んだあと、その提案に受け入れた。


「そうですね……彼のことは昔から知っていたんですが、急接近したのは今年の5月辺りですね」


「昔から知っていた、急接近、ヤバい! 鼻血出そう! それでそれで、切っ掛けはどんなだったの?」


「切っ掛けは……ハプニングでしたね。彼と私の身体が文字通り急接近しちゃって……」


「それで意識し始めたと?」


 夏凛はコクリと頷いた。


 嘘は言ってないが、本当のことも言ってないな。まぁ、暗闇でバスタオル一枚、しかも胸を生で揉まれたなんて、言えるわけ無いか。



「最初は意識してるのかもわかっていませんでした。だけど彼とプールに行ったり、温泉旅館に行ったりするうちに、気になり始めたんです」


 きゃー! と意味不明なタイミングで奇声が聞こえてくる。女子ってどこからあんな声を出してるんだろ……。

 プールか、水着が外れてびっくりしたよな……てか、旅館でも家族風呂で水着外れたよな。水着を着るのと外れるがセットになってる気がする。


 女子達の話しは更に白熱していく。


「それで告白を全部断ったんだね」


「い、いえ! その頃はまだ私自身、自分の気持ちが分かってなかったと言いますか……。告白を断っていたのは単純にそう言うビジョンが見えなかったからなんです」


「なんだろ、普通の女がそれを言うとぶっ叩きたくなるけど、黒谷さんなら自然に感じる」


 言いたいことは分かる。夏凛ほどのレベルなら選ぶ側なのも頷ける。

 ということは、夏凛に選ばれた俺は一生分どころか来世の分まで運を使い果たしたんじゃないのか?


 少し身震いしつつも、盗み聞きに集中する。


「ところで、どっちから告白したの?」


「私からですね」


「ほえー! 黒谷さんに告白させるなんて、よっぽどのイケメンなんだね」


「私からしたら、に──じゃなくて、彼こそ理想のお顔ですよ」


 ごめんなさい、女子バスケ部の人……実はイケメンじゃないんです。告白も俺があまりにもノロノロしてるから夏凛に気を遣わせてしまったんです。


 女子達が「イケメン」と口にする度、自責の念にかられてしまう。


 体育館から大きな声がした。


「こらー、あんた達、いつまでも休憩してないで、片付け手伝いなさい!」


「はーい」と返事をして、女子バスケ部員が体育館に戻ろうとする。このままでは鉢合わせとなるので、俺は近くの茂みに身を潜めた。


 走り去る音を聞いてホッと胸を撫で下ろすと、腰に腕が巻き付いてきた。


「ふふ、兄さんみーつけた。こんなところで何をしてるんですか?」


「夏凛……なんでここが!?」


「風上から兄さんの匂いがしたものですから」


 いやいや、君、どんな嗅覚してんだよ。と、突っ込みを入れたくなったけど止めた。

 てか、背中に当たるそれを離してくれないと、声が上擦りそうになる。


 夏凛は俺のそんな劣情を知らないのか、後ろからの抱擁を続けている。


 ただ、それとは別に夏凛に申し訳ない気持ちになった。あれだけイケメンイケメンって煽られたら夏凛は紹介しづらいよな……。


 少し定期鬱になった俺は夏凛に不安を漏らしてしまった。


「夏凛、俺を紹介しにくくなったよな。ごめんな、イケメンじゃなくて」


 言った途端、腰に回された腕が外れた。そして俺の前に回った夏凛は今度は正面から抱き締めてきた。


「……私、兄さんの顔が1番なんです。私、兄さんの身体が1番なんです。そして、あなたの心が大好きなんです……どれ1つ欠けてもダメなんです」


 夏凛の言葉が心に染み入る。体操服越しとはいえ、この暖かさも心地よくて落ち込んだ心が癒された。


「悪い、ちょっと気落ちしてた」


「いいんです。さあ、立ち上がって下さい」


 立ち上がると夏凛はすぐに俺の手を握ってきた。ただ握るだけじゃなくて、指と指を交差させるような、所謂いわゆる──恋人繋ぎと言うやつだ。


「ふふ、これを一度やってみたかったんです」


「人前だと少し恥ずかしいけどな」


 ただ手を繋いで立っているだけなのに、それだけで充実していく。少しすると「あっ」と夏凛が何かに気付いたような声を上げた。


「私まだ体操服でした。名残惜しいですが、すぐに着替えてきますので、少し待っててくださいね」


 夏凛は体育館の方へと駆けていく。長い黒髪をポニーテールにしていて、動く度にそれがフリフリと揺れている。


 うなじも含めて普段は見られない意外な一面に少しドキッとさせられる。


「うん、ポニーテールもアリだな」


 いつかポニーテールの夏凛とイチャイチャしよう、そう心に誓ったのだった。

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