第129話 恋人イベントのやり直し・チョコレートキス

 12月26日の夜、夕食の後に2人でテレビを見ていると夏凛が俺の顔をじーっと見てきた。


 最近、このパターンが多いな……。


「どうかしたのか?」


「どうしたのか、はこちらの台詞です。浮かない顔をしてますが、どうかしましたか?」


 やっぱり顔に出ていたか。俺の悩み、というほどはないが、折角恋人になったのにあまり代わり映えしない日常だから少しだけ不安になったんだ。


 それを打ち明けると、夏凛はニコッと笑って俺の頬を手の平でスリスリしてきた。


「じゃあ、恋人イベントのやり直しをしませんか?」


「恋人イベントのやり直し?」


「はい、私達ってそもそも恋人らしいことを大体しちゃってるんです。添い寝したり、キスをしたり、買い物に行ったり。だ・か・ら、1つ1つ再認識していくのが良いと思います」


 再認識か、確かにその必要がありそうだ。何だかんだ言って今まで起きた恋人イベントって、夏凛を妹として見ていたから引き気味に応対していた。


 そういった意味でもやり直すのは有りだと思う。


「だけど何からやれば良いんだ?」


「そうですね……あ、良い物を貰っていたのを忘れてました。ちょっと待っててくださいね」


 冷蔵庫のところに行って何かを取り出した夏凛は、長方形の箱をこたつの上に置いた。

 リボンと綺麗な包み紙で包装されていて、夏凛の言うとおり、明らかに貰い物であることが見て取れた。


 バリバリと鼻歌交じりに包装を剥いでいく夏凛、徐々にその姿が露になっていく。


 その箱の正体は、チョコレートだった。しかも恵さんがこの間食べたリキュールチョコと良く似ている。


「夏凛はチョコで変になったりしないよな?」


「この間わたしも食べましたし、大丈夫ですよ? あ、でも……兄さんがご所望とあらば、その様に振る舞うのも良いかと思いますよ」


 あの時と違って今は恋人同士、それはそれで良いプレイになりそうだけど、今は普通を味わいたい気分なんだ。


 その旨を伝えると、夏凛は一口食べて「残念」と言いながらペロリと舌を出した。


「てか、恋人イベントのやり直しに最適って話、どうなったんだ? 普通に食べてるだけに見えるんだけど」


「あ、そうでした。美味しかったのでついつい忘れてました」


 夏凛は俺の隣に座ってチョコを一粒手に取った。そして、それをそのまま俺の口へ持ってきた。


「はい、あ~ん」


「──はむっ」


 うん、これは中々に心地良い気分だ。大好きな恋人からの"あ~ん"は関係が変わるだけでかなり違う。


「じゃあ、俺からもお返しだな。はい、あ~ん」


「──パクっ」


 夏凛も頬に手を当てて嬉しそうにしている。


「うーん、残り二個になっちゃいましたね」


「高級チョコとかこんなもんだろ」


「じゃあ、もう1段上の事をしてみませんか?」


「もう1段上?」


 夏凛は頷くと、チョコを口に咥えて顔を近付けてきた。胸元の開いた肩出しニットだから、近付くほどに谷間が迫ってくる。


 それだけじゃない。チョコを咥えて目を閉じた夏凛は、まるで女神に祈る聖女を連想させる顔付きだ。


「夏凛──ちゅっ」


「ひぃはん(兄さん)──んっ、はむっ……ふっ……」


 熱を帯びて溶け合うチョコと唾液、触れるだけのキスをするつもりが、気付いたら舌を絡ませるような情熱的なキスになっていた。


 俺の服の袖を掴んでいた夏凛だったが、膝立ちのまま二歩ほど距離を詰めて背中に腕を回してきた。


「……はぁはぁ、無くなっちゃいましたね……」


「だけどもう1個あるだろ?」


「ふふ、ハマっちゃいそうです」


 それから俺達はもう1度同じようなキスをした。


 チョコの味が全くしなくなった頃に、ようやく我に返った俺達は、初々しいカップルらしく顔を真っ赤にして反対方向を向く。


 積極的な夏凛も攻められれば引いてしまうし、俺もある一定のラインを越えそうになると臆病になる。


 だけどこれでいいと思う。こうやって少しずつ前に進むのが俺達のやり方なんだから……。

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