第114話 本来の道

 夏凛が俺の部屋のドアをノックした。ドアを開けて迎え入れると、いきなり胸に飛び込んできた。


「おっと、いきなりで驚いたじゃないか。どうかしたのか?」


 本当は何で来たのか何となくわかっている。バイトの時に触れたあの鏡の件だと思う……何を見たのか聞きたかったけど、夏凛のことを思って敢えて聞かなかったんだ。


「兄さん、聞いてくれませんか? 私が何を見たのかを──」


「辛いんだろ? 無理して言わなくても……」


「聞いてほしいんです。お願いします」


 俺の胸に顔を埋めていた夏凛、その意思はとても強いように感じた。


 そして俺たちはベッドで一緒に寝た。勿論やましいことは一切していない、時間的に深夜過ぎてたから添い寝をしながら話を聞こうってことになったんだ。


「私が助っ人部をしているのは、寂しさを紛らすためというのは知ってますよね?」


「ああ、知ってる。俺たちはそれぞれ逃避の仕方があったからな」


「向こう側の私は徐々に紛れることも無くなって、2学期の頃にはかなり追い詰められてました……」


 夏凛の言いたいことはわかる。正直、俺たちは限界に近かったという自覚はあった。だからこそ、猫を連れ帰ってしまったんだけどな。


「それで、その……告白を受けてしまったんです。進藤さんのお兄さんの」


 夏凛の言葉に血の気がさーっと引くのを感じた。たとえIFでの話しであろうとも、あんなのと恋人になるなんてのは……かなり心が痛い。

 俺は何とか声を振り絞って夏凛に続きを促した。


「でも、夏凛、男にはあまり興味がなかったって……」


「兄さんの言う通りです。あちらの私も基本的には告白を断るスタイルでした。ただ、彼は『絶対に君に寂しい思いはさせないから!』と告白してきました。偶然にも、その言葉が寂しさで鬱気味だった私に刺さってしまったようです」


「理屈はわかる、でもさ! あいつには……恋人がいただろ!?」


 互いにベッドで反対側を向いていたけど、俺は感情的になって夏凛の方を振り向いた。すると、夏凛もこちらを振り向いて泣きそうな顔で俺の胸に顔を埋めた。


「ごめん」と謝って震えるその身体をそっと抱き締めた。


「付き合いだして2週間ほどしたころ、学校で噂が流れ始めました」


「噂?」


「私が進藤先輩を寝取ったって噂です。まだそこまで発展してはなかったので、寝取ったというのは語弊がありますが、あちらの彼にも彼女がいたのは事実のようでした。彼女さんかその友達かはわかりませんが、その噂はドンドン広められて……立場が悪くなった途端に進藤先輩は私を切り捨てて、私の心は付き合う前よりも追い詰められて、そして──」


「いいっ! 言わなくていいから……。夏凛、ごめんな。辛い思いをさせて……」


「兄さんのせいじゃ、無いじゃないですか。どうして……うぅ、……ぐすん」


 想像以上に重い話しだったけど、それを俯瞰的に見せられた夏凛は俺よりも辛いはずだ。俺がバイトの話しを受けさえしなければ、俺が倉庫の整理の時に夏凛をもっとよく見ていれば!


「もう忘れよう、夏凛……」


「じゃあ、兄さんが忘れさせてください」


 夏凛が俺の頭に腕を回し、唇を押し付けてきた。キスはイチゴ味というけれど、このキスは涙でしょっぱかった。


「んっ……ちゅ……あむ……ちゅる……」


 今までのような触れ合うだけのキスと違って、胸元、鎖骨、首筋、そして舌を絡めるという大人のキスをした。


「はむ……んちゅ、明日……から、ちゅ……ちゃんとします、から……ちゅ……」


 俺は間違いなく夏凛に嫉妬してるし、夏凛のことを女の子として見てる。それと同時に俺は恵さんが気になっていて……アニメや漫画のように1人の女性を一本道筋に好きになれない自分がとてもクズのように感じた。


 そう遠くない先で、俺の心が完全に定まった時は、その時こそ──きちんと思いの丈を話そうと思う。


 ☆☆☆


 結局、夏凛は朝方自分の部屋に帰っていった。当然ながら一線は越えていない、シーツを捲っても、ほら! 血のあとなんかない!


 ……なんか俺、変なテンションだ。


 変な1人芝居をして急に虚しくなった俺は、私服に着替えて学校に電話した。


『あ、剛田先生、今日は体調悪いので休みます』

『おお、白里先生から聞いてるぜ。明日も休むんだってな! 木、金、土、日……4連休じゃねえか! いいなぁ、学生は、大人になって休むとな、まるで親の仇みたいに見られるから休んでられねえんだ! せいぜい今のうちに噛み締めておくんだな、ははははははは!』


 プツンと電話を切られた。ここ最近休んでばかりで小言を言われると思っていたけど、正直拍子抜けだ。

 明日まで休みって連絡が入ってるということは、大事を取って明日まで休めってことなんだろうか。白里先生、マジで気が利くよな……うちの担任と交代してほしいくらいだ。


 1階に下りると、夏凛が挨拶をしてきた。


「おはようございます。兄さん、昨日は見苦しいところお見せしてすみませんでした。今日からまた元気いっぱいな夏凛に戻りましたので、よろしくお願いしますね!」


「ああ、元気になったみたいだな。そういえば、俺明日も休みらしんだけど……夏凛もか?」


「はい、先ほどRineで私のところにもそういう旨のメッセージが届いてました。丁度いいので買い出しに行きませんか?」


「お、いいねえ。じゃあ定番だけど駅前でいいか」


「そうですね。じゃあ3人揃ったら駅前にいきましょう」


「……ん? 2人だろ?」


「兄さん、恵先輩も呼ばなくてどうするんですか? 仲間外れはよくないですよ!」


「え、ちょっと待って、恵さんも休みなの!?」


 俺はスマホを取りに行ってRINEで聞こうとしたら、恵さんの方から先にメッセージが届いていた。

 どうやら恵さんも休みを取ったらしく、一緒に買い出しに行くのだという。


 よし、じゃあまずは転倒イベントを消化してから行くとしますか!

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