第93話 修学旅行 1日目

 空港から出ると、銀世界という程ではないにしろ至るところに雪が積もっていた。スマホでざっと調べると、毎年10月から降り始めて3月くらいまで溶けないんだとか。


 すでに11月中頃、積もっててもおかしくはないけど、2日と雪が残らない俺達の地域からしたら物珍しさ満載だった。


 バスが来てると言うのに、陽キャ連中は雪をぶつけ合ってキャッキャウフフしてやがる。


 そこそこ容姿の良い人間同士がそう言うことをしていると、悔しいけどなんか絵になるよな。


 俺がぼーっとその様を眺めていると、襟首から冷たい感触がして「うわっ!」と叫んでしまった。


 振り返ると恵さんがケラケラと笑っていた。


「そんなに冷たかった? ごめんごめん」


 やられたらやり返す、倍返しだ!


 腰くらいまで積もった雪を両手ですくって恵さんの方へ投げた。


「──キャッ! ちょ、ちょっとー! やり過ぎだって……ブラが濡れちゃうじゃない」


 恵さんに引っ掛けた雪の一部が首元から中に入ったのだろう。恵さんがジト目を向けて抗議してきた。


 そうこうしているうちに、剛田先生の怒号が駐車場に響いてみんなそそくさとバスへ乗り込んだ。


 その後は暫くバスに揺られたあと、昼食を取ることになった。


 目の前にはちょっと彫りの深いホットプレートがあり、店員さんが蓋を開くと湯気がもわっと出てきた。


 鮭と旬野菜を蒸して味噌で味付けした料理、ちゃんちゃん焼きっていうらしい。


 控え目に言って、めっちゃ美味かった!


 ふと、隣を見ると恵さんがスマホのメモアプリに何か書き込んでいた。


「何してんの?」


「これ美味しいし、黒斗もガツガツ食べてたからさ、家でも作れないか考えを書き留めていたの」


 俺基準で考えてくれるのは嬉しいけど、そう言うことばかりされると勘違いしそうになる。


 照れとか誤魔化し抜きに最近は恵さんのこと、良いなって思い始めてるのだから。


 昼食を終え、学校行事という名目通り博物館で見学をすることになった。


 アイヌ民族の歴史、動物の剥製、古民家の模型、今ではアニメやゲームなどで少しずつ知られている情報も、ここではより詳細なことがわかる。


 見学を終えると、いよいよ旅館と対面することになった。橙色の灯りが幻想的で思わず見入ってしまうほどだ。


 荷物はエントランスに並べられていて、各自それを持ってしおりに記載されている部屋に入っていく。


 俺の部屋は加藤と田中が一緒だ。彼らが変な気を起こさなければ今晩ここで寝る予定となる。


「田中、黒谷、時間までゲームしようぜーー!」


 加藤がバッグからゲームを取り出してそう言った。


 もしあまりにも暇だったら、そう考えて俺も一応持ってきてはいるが、折角旅行で来たのだからもっと景色を見たりして感傷に浸りたい。


「俺は止めとく、先生にバレたら没収されるし」


「ちぇ! 黒谷は離脱か、まぁいいや。田中はどうする?」


「俺は全然構わねえぜ、やろやろ!」


 加藤の問い掛けに田中が賛同し、2人はゲームを始めた。俺は隅で荷物を広げて確認をする。


 そこである物が足りないことに気が付いた。


 あれ? トランクスが1枚しかない! 前日に確認した時は確かに3枚入れたはず。忘れた時を考えて1枚多くしたのに、なんで無いんだ!?


 俺の様子がおかしいことに気付いた田中が話し掛けてきた。


「黒谷、どうかしたのか?」


「あ、いや……トランクスを1枚忘れたみたいなんだ」


「ふーん、別にそれくらい良いべ! 俺なんか休みの日は着替えどころか風呂にも入らねえし」


「そう言って、2日分持ってきてんだろ?」


「そりゃあ、お袋が準備したからな。忘れてたらお袋のせいだ」


 修学旅行の準備を親任せって、溜め息をつきそうになるけどグッと堪えた。


「お前なぁ……もういいや。別に潔癖ってわけじゃないし、使い回すしかないか」


 取り敢えず廊下に出て、どこへ行くでもなく歩き始めた。片側ガラス張りで、中庭が吹き抜けになっている。


 これ見てるだけで何時間も過ごせそうだ。


 小さなソフィアに座って中庭を眺めていると、背後から声が聞こえてきた。その声は他のクラスの男子達だった。


「お前、好きなやついねえの?」

「いるにはいるな。あ、ほら! 白里雪乃とか」

「バッカ! あれは憧れで終わるレベルじゃねえか、お前に落とせる分けねえだろ」


 背後で展開される話しは男子によくある恋ばなというやつだ。女子の恋ばなと違って絶対に無理な目標を掲げて妄想することが多い、多分その類いだろう。


「白里雪乃か、幼馴染いるだろ、ムリムリ諦めろ。そうだな、城ヶ崎なんかどうだ?」


 お、まさかの恵さんの名前が出てきたな。あんまりそう言った話し聞かないから少しだけ興味がある。


「城ヶ崎か……あいつ良いよな。茶髪清純派って感じでさ、胸もでけし、太ももと尻も良い感じの肉付きだし」

「わかるけどよ、でも無理だろ。絶対に落ちねえって"アイツがいる限り"な」


 ん? アイツ? 彼らのいうアイツなら恵さんを落とせるかもってことか? 一体誰なんだ……。


「ああ、アイツな。でもアイツって……最近下級生が近くにいるよな?」

「それ聞いたことある! 誰も落とせなかったのに、アイツが唯一落としたんだよな。キスしてるところ見たやつがいるらしいし」


 話しをまとめると、恵さんを落とせる程の男で、その男は下級生を落としてて、キスの目撃例があると……とんでもないやつだな!


「結局のところ、俺達には身の丈に合った彼女見つけるしかないのかな~」

「だよな……今日の夜決行するしかないか」


 決行って、まぁ……修学旅行の定番イベントだよな。この人達が廊下で正座することの無いよう祈っておこう。

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