第90話 追試の結果

 ガヤガヤと教室が騒がしい。追試に合格して修学旅行に行けるようになったからか、友人とハグをしたり喜びを分かち合ってる。


 まるで、離れ離れだった親子が再会したかのような光景だ。


 そして、俺の前の席にいる恵さんも同じで、後ろを向き、両手を広げて待っている。


 周囲も似たような事をしてるから、今俺がハグをしても誰にも気付かれないだろう。

 だが、両手の間にある膨らみを見ると、どうしても先週の光景が脳裏をよぎってしまう。


 だけど、このまま恵さんを待たせたらそれはそれで恥をかかせてしまう。


 意を決した俺は、身を乗り出して彼女の脇の下に手を差し込み、そのまま背中で腕を交差する。


 密着すればするほど胸板にムニっと大きめの膨らみが面積を広げながら潰れていく。


「うひぃっ!」


 思わず変な声が出てしまった。


「ど、どうかしたの? なんか変な声だったけど」


「……何でもない」


 あーくそ! なんか初めてギャルゲーした時よりもドキドキしてしまう。俺って案外チョロいのか?


 俺は恵さんの事を友人としてではなく、女の子として意識し始めていた。ただそれだけなら健全だったのだが、もう1つの方は明らかに不健全な感情だった。


 ──それは夏凛だ。


 実の妹から強引にキスをされた俺は、夏凛と話し合った。慣れることでお互いに正しい兄妹になろう、過度な接触はしない、そして……お互いが気にならない程に慣れたら、その時は互いに本当の恋を見つけようって。


 でもなんだろう……俺の予想の斜め上を進んでる気がしてならない。深みに嵌まっているというか、流砂に沈む獲物のような感じというか……。


 ──パンパン。


 剛田先生が手を叩いて生徒の喧騒を静めた。


「試練を乗り越え、我がクラスは誰一人欠けることなく旅行に行けることとなった! 担任として嬉しいぞ!」


 オオオオォォォォォッ!


 先生の言葉に生徒も盛り上がって叫んでいた。


「行き先は北海道で宿は由緒正しき旅館だ。俺はな、この旅行で小鳥遊たかなし先生を落とすんだ! あの和風美人とあわよくば、混浴しちゃったり……」


 剛田先生が妄想に耽り始めたが、クラスメートが手を上げて言った。


「先生、この間は白里先生を落とすって、言ってませんでしたっけ?」


「そう思ってたんだがな、あの先生と話してると生徒を相手にしてる感じがしてな……罪悪感を感じるんだ。その点、小鳥遊先生は大人の美人って感じで素晴らしい! って、何言わせんだよ、お前ら!」


 笑い声が教室に木霊する。剛田先生は教卓を叩いて再度生徒を黙らせた。


「最後に行っておく、特に男子! 女子の部屋に行くことは許さんからな。もし見つけたらシバくッ!! ──言うことは言った、明日のLHRロングホームルームまでに4人組作っとけよ。じゃ、委員長!」


 起立、気をつけ、礼!


 委員長の号令が終わると、帰りの準備を始める人や、グループを作り始める人にわかれた。前者はすでにグループを作っていて、後者はこれから作る人達にもだ。


 俺は途端に不安で堪らなくなった。


 ◯人組を作れってよく先生は言うけど、余った人間のことは考えないのだろうか?

 仲の良いグループにお情けで入れてもらう悔しさと虚しさを考えないのだろうか?


 中学でそれを幾度も味わった。京都では写真係を務め、外国の人に写真を撮ってもらう時なんかは、申し訳程度に端に写ったあの悲しさ!!!


 仮に今、その時の人間集めて当時の写真を見せても『あれ? コイツ誰だっけ?』『さぁ、知らない。幽霊じゃね?』とか言うに決まってる!


 ……はぁ。もうなるようにしかならないか。


 諦めてカバンを取ったその時、机に影が差した。顔を上げると、田中と加藤が腕を組んで立っていた。


「……え?」


「何暗い顔してんだよ!」

「お前を誘いに来たのに帰ろうとしてんなよ」


 あ、やべ。教室の中なのに雨が降ってきたかも。


 男は、涙を見せちゃいけないんだ! 俺はグッと堪えて平然を装う。


「お、お前ら……他に仲の良いやつがいるだろ」


「いや、だってさ。ソイツら彼女が出来てたんだぜ? お前誘うしかないじゃんよ!」


 ガクッときた。この2人にはそれぞれ別に仲の良い友達がいるが、それぞれに彼女が出来ていて、他に頼る宛がないという。


「そんな悲しそうな顔すんなって、本当は最初からお前を誘うつもりだったの」


「本当か? マジでガクッときたからな?」


「本当だって、こっちから空気読んでダブルペア組んだら? って提案したんだよ」


 ヤバイな、コイツらの悪質な冗談で疑心暗鬼になりつつある。帰ったらゲームでもしてメンタルケアしないと……。


 田中が腕を組んで考え込んだ。


「残りの1人、どうすっかな……」


 言われて気付いた。グループは4人1組、あと1人足りないじゃないか。


 ──ツンツン。


 唐突に背中をつつかれた。振り返ると、恵さんが立っていた。顔を赤くして何かモゾモゾと言っている。


「どうかしたのか?」


「──ってあげる」


 小さい声であまり聞こえなかった。耳を近付けると、小声でこう言った。


 ──あたしメンバーになってあげる。


「本当に良いの?」


「う、うん。最後だから……ね。あんたとの思い出も欲しいかな~って」


 恵さんをいつも誘っている女子の方を見ると、向こうもこちらを見ていた。目が合うとその女子は『気にしないで』というジェスチャーを送ってきた。


「え、城ヶ崎さんが入ってくれるの? ゲーム仲間が入ってくれるのなら楽しいグループになりそうだ」


 と、加藤が喜んでいる。この間まで『城ヶ崎氏』と言っていたのに、随分と打ち解けたようだ。


「じゃあ、よろしくな。恵さん」


「うん! 入れてくれてありがとね、黒斗!」


 こうして俺は、お情けメンバーになることなく修学旅行のグループを作ることができたのだった。

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