第87話 紺色パラダイス!

 コンコンコンとドアをノックされたので、どうぞ、と入室を促すと、夏凛と恵さんが入ってきた。


 夏凛はピンクのパジャマで、恵さんは水色のパジャマを着ていた。2人とも長い髪をまとめてて首元はスッキリしている。


 しかもしっとり皮膚が濡れているように見えた。


「兄さん、お風呂上がりました。あとは兄さんだけですよ」


「黒斗、ごめんね。あたし達が先に入っちゃって」


「全然構わないよ。みんなが皿洗いしてる間、風呂しか沸かしてないからな」


「まぁ、私としては兄さんが沸かしてくれないと話し合い出来ませんでしたし……」


「話し合い?」


「い、いえ! 気にしないで下さい! ほら、ぬるくなっちゃいますから、行って下さい!」


 こうして、半ば追い出されるような形で風呂の準備を始めた。いつも通り脱いでいつも通り風呂に入る。


 身体と頭を洗って、いざ浴槽に突入って時にふと思った。この浴槽に夏凛と恵さんが入ったんだよな……。


 ──ゴクリ。


 いや、飲んだわけではない。ただ、喉が鳴るほどにその事実が重くのし掛かってくるんだ。


 このまま入ろうか、このまま出ようか、そうやってウジウジ悩んでるうちに背後から音が聞こえてきた。


 磨りガラスの向こう側に人影が見える。まぁ、2人以外に有り得ないんだが、一体何をしてるんだろう? てか、カギかかってたはずなんだが……。



 磨りガラスの向こう側ではピンク色と水色の人影が揺れ動いている。そして次の瞬間、その2つが急に肌色へと変化した。


 おいおいおい、俺がここにいるんだぞ? なんでそこで着替えてるんだよ!


 注意するために声をかけようかと思ったら、肌色が今度は紺色へと変わった。それを見て俺は胸を撫で下ろす。


 良かった、ただ着替えただけか……。ホッと安心していると、その2つの紺色が徐々に近づいてくるのがわかった。


 ──ガラガラガラ。


 入ってきたのは、紺色のスクール水着を着用した夏凛と恵さんだった。俺は先程の葛藤が嘘のように浴槽に入った。間一髪、ギリギリで愚息が露呈されるようなことにはならなかった。


「ちょ、なんで入ってきてんだよ!」


「少し、親睦を深めようかと思いまして」


「親睦って、今は俺が入ってるんだぞ? そんなの部屋でもいいだろ」


「え? でも、私たちは裸じゃないですし……」


「俺が裸なの!! 恵さんも、なんで夏凛を止めてくれないんだよ」


 夏凛と同性で、しかも年上。本来なら止めるべき立場の人間がなんで一緒に入ってくるのかがわからない。


「そりゃあ──”慣れる”ためでしょ?」


「いや、慣れるって……2人とも免罪符的な使い方してないか?」


 慣れるって、今年の流行語大賞なのか? 遂に恵さんまでも使い始めたぞ。


 そうこうしているうちに、夏凛が浴槽側まで来て俺の腕を引っ張ってきた。


「さあ、立ち上がってください。身体を洗ってあげます」


「だから、俺裸なんだって! そもそも、すでに身体洗ってるし!」


 今度は反対の腕を恵さんが引っ張ってきた。


「良いから良いから」


 何、そのこれから女性を連れ込もうとするようなセリフッ!!


 ──むにゅむにゅ。


 腕に当たる柔らかな感触がヤバい。片方は実妹だというのに、俺の愚息は否応なく反応してしまう。2人ともメリハリの付いた身体つきをしているから視覚的効果も絶大だ。


「観念してください」


「良いから良いから~」


 ──むにゅむにゅ。


 腕に押しつぶされた胸が行き場を無くしてより上へ上へと逃げようとする。その結果、谷間がより深く形成されて再び俺の喉がゴクリと鳴った。


 視覚的効果から逃れるために目を閉じると、先ほど入ってきた時の映像が脳裏に浮かび上がった。


 夏凛は助っ人部としてマネージャーをしつつ、暇な時はちょいちょい泳がせてもらっている、そのおかげで恵さんに比べて少しくびれが深い。だけどその反面、恵さんは太腿ふとももがムッチリしていてそれはそれでいい部分といえる。


 って、何2人の身体つきを分析してるんだよ! 目を閉じようが閉じまいが変わらない、力負けして愚息を見られる前に妥協するしかないか。


「わかった! わかったから引っ張るのは止めてくれ」


「……はぁはぁ、女子2人の力でもなんとかなるもんですね……はぁはぁ……」


 よく見ると、2人とも息が上がっている。あのまま粘ってたら何とかなったんじゃないかとさえ思えるが、妥協の意思を示した手前、もう撤回はできない。


「ここまで抵抗されるとは思わなかったわ」


「するよ! 率直にいうけど、胸が当たりまくって今にも溢れそうになってたぞ!」


「──ッ!?」


 2人とも引っ張るのに夢中で自分の胸が触れてしまう事を忘れていたのか、今になって恥ずかしそうに腕で隠して顔を真っ赤にしていた。手段が強引で思考が置いてけぼり、この2人って……意外に似た者同士、とか?


「……はぁ。せめてタオルで隠させてくれ、それなら背中流してもいいから」


「う、うん」


「……わかりました」


 タオルを取ってきてもらって、2人が壁側を向いてる間に浴槽から出る。男の象徴たる愚息もなんとか落ち着きを取り戻している。


 バスチェアに座って「いいよ」と合図を送ると2人がこちらを向いた。


「これが……黒斗の背中」


「別にごく普通の一般高校男子の背中だろ。プールの時に見ただろ、それよりも早く終わらせようぜ」


「いや、それでも女子と全然違うよ。こんなに大きくないし、筋肉もついてないし……ねえ、夏凛」


「え? 私はこの間見たばかりなのでそこまで思いませんが、確かに最初見たときは”うわぁ~”ってなりましたね」


 夏凛の発言に俺も恵さんも黙り込む。


「それって、夏のプールの時だよな?」


「いえ、違いますよ。ついこの間にここで見たじゃないですか──あっ!」


 夏凛はしまったと言いたげな表情で口を両手で隠した。


 旅行で夏凛と温泉に入ったことはある。だがそれは旅行であってこの家で入ったことなんてない。俺にその記憶が無いってことは……まさか!


 何故か恵さんはこちらにジト目を向けてくるが、それを無視して俺は夏凛にジト目を向ける。まさに”三すくみ”の状況だ。


「あ、はははははは……ほ、ほら! 始めましょう? 兄さんがのぼせちゃう」


「黒斗、あとで詳しく聞くからね」


「ああ、俺は夏凛に聞きたいことがある」


 こうして、紺色の楽園で俺は身体を洗ってもらうことになった。




 ※長くなりそうだったので紺色パラダイスは次回に食い込みます。

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