第38話 夏凛ちゃん ~プールの時~

 私、黒谷夏凛は破廉恥かもしれません。


 兄さんと同じ部屋で寝た時にキスマークを付けてしまったからです。あの時は下で寝る兄さんの上に落ちちゃったから、不可抗力ではあるけれど……今でもあの時の行動が理解できない。


 兄さんの匂い、そして鎖骨から口までセットになると、なんか引き込まれてしまったのです。


 "兄"という共通の話題で最近仲良くなった隣の席のクラスメイト、彼女と話してるとたまに男性アイドルの話題になったりもします。


 その時に写真を見せてもらうことはあるけれど、どうにもパッとしないのです。


 そんな感想を言ったら友達は「これでなんにも感じないの? 黒谷さんの御眼鏡に適う人って地球上にいるの!?」等と驚かれてしまった。


 私自身、枯れてると思っていただけに先の件は私にとって衝撃的だったんです。


 ☆☆☆


 そんな不安定な日々を過ごす私の上に、ある物が落ちてきました。

 手に取って見てみると、プールの券でした。


「これ、テレビで話題のレジャープールの券ですね……」


「あ、いたいた! 黒谷さぁ、今日水泳部助けてくれない?」


「良いですよ。ちょうど空いてましたので」


「あ、これ話題のレジャープールの券じゃん! 黒谷も行く予定あるんだな」


 いつも話すちょっと気の強い先輩、彼女の話し方からするとどうやら同じものを持ってるようです。


「行く予定と言いますか、今拾ったと言いますか……」


「じゃあ私と行こうよ! 一緒に行く予定だった奴が来れなくなってさぁ~」


 私も行ってみたいところではありますが、拾った物は届けるべきだと思うのです!


「いえ、私は──」


「はいはい、どうせ剛田の所に持っていくんでしょ? アンタの真面目な性格くらい知ってるわよ。でも、多分私の予想なら黒谷はきっと来ることになるわよ?」


 この時の私はそんなバカな、そう思っていました。だけど、この1時間後──兄さんの担任から好きに使えと返されてしまいました。


「ほらね? じゃあ、後で日にち決めようよ!」


 こうして、私は水泳部の先輩とプールに行くことになりました。


 ☆☆☆


「あら、アンタ大胆な水着選んだね~」


 プール当日、先輩は私の水着を見てそんな感想を言ってきた。


「そんなに大胆ですか? シンプルなビキニを買えば外れはないと思っていたのですが……」


「いや、シンプルだからこそエロいんじゃん! 特にこの、大きな果実を白い布で無理矢理持ち上げたようなビキニ……エロ過ぎでしょ!」


「きゃあッ! 触らないで下さいよぉ~」


 先輩がツンツンと胸を突っつくので物凄くくすぐったい。


「さて、そろそろ行きましょうか。このままここに居たらアンタ目当てにナンパが群がりそうだし」


「私みたいな子供をナンパする人なんていませんよ」


 私の反論に「はいはい、言ってなさい」そう言ってプールの方へ歩いていった。


 プールで水を掛け合ったりして遊んでいると、急に人が多くなり始めました。そして私と先輩は人の波に呑まれて離れ離れになってしまいました。


「わ、私も早く出ないと!」


 ドンッ!


 私は近くの人にぶつかってしまいました。奇遇にも、ぶつかった相手は私の実の兄でした。偶然会っただけでも驚きなのに、水着姿の兄さんを見た私の心臓は何故か高まってしまったのです。


 え、ちょっと……おかしい。言葉が上手く出ないし、顔も少し熱くなってる……なんでっ!?


 兄さんと会話をしてるようでしていない、ぼーっとしたまま海を漂う感覚に陥りました。

 ですが、それもある言葉によって意識が覚醒することになりました。


 それは兄さんと一緒に来ていると思わしき、城ヶ崎先輩のことです。兄さんは彼女のことを"恵さん"と下の名前で呼んでいたのです。


 それを聞いた私は次第に頭の中がぐるぐると回り、気が付いたら兄さんにキツイ言葉を投げ掛けてしまいました。


 多分、妹として兄を取られそうで嫉妬してるんだと思います。城ヶ崎先輩と兄さんがどんな関係でも私には口を出す権利なんてないのに。


 ──最近の私はホントに変だ。


 それなのに、またハプニングで兄さんと抱き合う事になって、しかも今回は水着が上に捲れ上がってしまっている。

 周りから私が見えないようにぎゅっと抱き締められて、心臓の鼓動が大きくなる。

 冷たいプールの水に反して人肌の温かさは安心感を生んで、それが心地よくて──水着を直す時間をわざと遅らせてしまいました。


 なんとかハプニングを笑いに変えることで気持ちを切り替えた私は、気付いたのです。


 ──これが兄妹なのだ、と。


 納得のいく答えが出た私は戸惑いつつも兄さんと関わっていこうと思ったのです。


 ☆☆☆


 その後も夏休みの日数は過ぎていき、いよいよ終盤に差し掛かった頃、私はプールの時にした"ある約束"を思い出しました。


『今度は私を誘ってくださいね?』


 あの時の言葉に兄さんは確かに頷きました。これは立派な約束と言っても良いでしょう!

 とは言え、あれから兄さんは何も言ってきません。悲しいですが、忘れてるのでしょう。ですが、今の私は前向きに考えることにしたのです!


 兄さんをどう誘うか、それを考えるのも案外楽しいものですね!

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