第29話 同級生は焦っている

 黒谷との出会いは高校の入学式だった。もう高校生なんだし、知らない土地でもスマホアプリ使えば余裕だろう。


 ──そうやって油断をしていた。




 駅から住宅街に入ったところで迷ってしまった。途中にある公園のブランコに座り、諦めてしまった。


 こんなことになるなら、春休みのうちに通学路を確認しておけば良かった。いや、母に無理言って今日だけでも車で送ってもらえば良かったのだ。


「そこの人、もう結構危ない時間だけど、急がないの?」


 ブランコで揺れていると、黒谷が話しかけてきた。もちろん彼が通りがかる前にも生徒がチラホラ見かけたりしたが、誰も声をかけたりしなかった。


 理由はわかってる、この茶髪だ。初対面だとどうしても敬遠されてしまう。それでも彼は声をかけてくれた……正直言うとかなり心細かった。


 だけどあたしは返事が上手く出来なくて、口をパクパクさせて彼を困惑させてしまった。男子との会話なんて中学の頃でも数えるほどしかないし、緊張してしまうのも当然だろう。


「……魚?」


「ち、違うし!」


 これが彼とのまともな会話の第一号だ。照れ隠しにツンツンしながら会話を続けてうちに気付いたらかなり打ち解けていた。


「あ、もうそろそろ行かないと! 城ヶ崎さん、だっけ? 多分こっちの方じゃないよね?」


「え? なんで知ってるの?」


「中学で見た顔じゃないし、だとしたら向こう側かなってね。この辺ごちゃごちゃしててわかりにくいだろ? 良かったら俺と一緒に行かね?」


 そう言って黒谷は手を差し伸べてくれた。あたしはその手を掴み、ブランコから立ち上がった。


「もう間に合わないけどさ、2人で遅刻なら怖くないだろ?」


「──ッ!? そ、そうだね。案内よろしくね」


 これが彼との最初のイベントだった。同じクラス、隣の席、あたしは運良くこの3年間その座を維持し続けた。もちろん何回かは席の交渉をしたこともあったけどね。


 臆病なあたしは積極的にアタックしなかった。友達としてもたまに話し掛けるのでやっと、気付いたらあたしにも打ち解ける友達が出来て黒谷もそんなあたしに遠慮して踏み込んで来なくなった。


 中途半端な距離感にいつしか安心感を覚えたあたしは、やがて来るであろう"いつか"に胡座あぐらをかいていた。


 1年の終業式に告白しよう、2年の終業式に告白しよう、3年の卒業式に告白しよう、そうやって先延ばしにし続けた結果、とうとう黒谷に女の影が見えてきた。


 珍しく饒舌じょうぜつに女の事を語る黒谷、相手の名前は、黒谷 夏凛──実の妹だった。


 最初は微笑ましい兄と妹の話し。摩訶不思議なイベントが起きると聞いていたが、半信半疑だった。


 黒谷 夏凛、編み込みの入った黒髪ロングに端正な顔立ち、大きな胸に細い腰回り、そして少し大きめなお尻は2年のナンバーワンに相応しいプロポーションだ。


 教室に"黒谷先輩!"と他人の振りして入ってきては黒谷を連れていき、放課後にはスク水にパーカーを羽織って先生の手伝いをしたり……その他にも色々あって、ちょっとだけ黒谷の言うイベントを信じたくなってきた。


 そして今日、変なゲームをして確信した。シチュエーションタイム中、黒谷の首にキスマークが見えた。顔に出やすい黒谷が平然としてることから、恐らく寝ている間にでも付けられたのだろう。


 しかも、夏凛は自力でホワイトアウトから復活して邪魔までしてきた。


 ゲームを終えたあたしと夏凛は目と目で通じ合った。


 ──アンタはあたしのライバルだ、と。


 ☆☆☆


 あたしは結局、お母さんを電話で呼んで車で帰った。そして車内で唐突にお母さんが紙を3枚渡してきた。


「これ、何?」


「何って、プールの無料引き換え券だけど」


 それは見てわかる。何故あたしに渡すのかを聞いているのだけど。


「父さんは長期出張、母さんは夏休みの間も仕事……構ってあげられないからせめて思い出作りに貢献できたらって思ってね」


「でも3枚あるんだけど?」


「アンタは奥手でしょ? だから友達と黒谷君と3人なら誘うのも楽だと思うのよ。思い出、作っちゃいなさいよ」


「な、なんで黒谷が出てくるの!? あ、あたし達、そんなんじゃ……」


 あたしは顔を真っ赤にして反論した。だ、だって……く、黒谷が好きだなんて、誰にも言ってないし!


「顔を見ればわかるわよ~、だって──親なんですもの。どうせ私と一緒で絶賛先延ばし中なんでしょ?」


「うぐっ!」


 痛いところを突かれてしまった。いや、それだけじゃない、母さんも先延ばしって……血は繰り返すってこと!?


「母さんはね……大学卒業まで伸ばしちゃったの。何度取られそうになったことか……ヒヤヒヤしちゃったわ」


 奥手ながら微妙なアプローチで大学まで持たせるとか、奥手猛者じゃない!

 あたしにそんなメンタルないよ!


 ──だからね、


 母の言葉は続けられる。


「悔いのないように挑みなさい!」


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