第28話 シチュエーションゲーム 2

 城ヶ崎さんは俺が止める間もなくカードを2枚引いた。まず状況シチュエーションは”密着”、場所は”電車”……このカードを見た俺はこの先で起きる出来事を想像してしまった。


 どう考えても満員電車で思いっきり密着するシチュエーションしか思い付かない。果たしてどの程度の強制力を有するのかはわからないが、気持ちを強く保てばきっと大事には至らないはずだ。


 うん、そうに違いない!


「ふ、ふ~ん。電車に密着、ねえ……どんなことが起きちゃうのかしら」


 いやいや、君も思いっきり想像してるよね!? 顔めっちゃ赤いよ? てか今回も城ヶ崎さんが弾かれる可能性だってあるからね?


 城ヶ崎さんは手を震わせながらカードを差し込み口に近づけていく。純情な夏凛は想像が遅れたのか、今更ながらハッと気付いて制止し始めた。


「兄さん! ダメです! そういうのは良くないと思いますっ!」


 夏凛は立ち上がり、手を伸ばすが……無情にもカードは差し込まれてしまった。


 ☆☆☆


 最初と同じく視界はホワイトアウトしている。手を見ると小指は全く光ってなかった。ああ、なるほど……今回は強制マッチングは起きないわけか。だけど確率は半分、夏凛か城ヶ崎さんか──いや、もしかしたら夏凛と城ヶ崎さんのカップリングの可能性だってあるな! てかその方がよくないか?


 どう考えても男女より全然健全じゃないか。きっとホワイトアウトしてすぐに現実に戻るパターンだ。──そうでありたい!


 俺はそうなるようにひたすら祈ったが、視界が回復したあとに見えた光景は電車の中だった。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン……


 後ろにはスーツ姿の男達がいる。チラリと顔を見ると黒く塗りつぶされていた。なるほど、ここは仮想空間というわけか……ロッカーの時も質感はロッカーなのに外へ音が振動している感じではなかった。


 しかも、夏凛はスク水という俺好み──ゴホンッ! 状況に合った服装に変化していた。あの時、下半身にはモッチリとした桃が密着していて正直危なかった。夏凛が前へ移動してくれなければ……うん、反応していただろうな。


 さて、今の状況だが……ハッキリ言ってまずいな。夏凛の時と同じく俺がバックを取っていて、まるで俺が痴漢常習者の位置取りだからだ。


「ねえ、黒谷……後ろにいるの黒谷なんでしょ?」


「ああ、離れてなくて良かったよ」


「前回はずっと視界が白くて怖かったけど、誰かがいるっていいね」


 城ヶ崎さんは少しだけ後ろを向いて微笑んだ。セミロングの茶髪がふんわりとしていてシャンプーなのか彼女の匂いなのかわからないが、とても良い匂いが漂ってきた。ちなみに、城ヶ崎さんも衣装チェンジされていて、サイズが少し小さいのかピチピチ気味でピンクのブラが若干透けて見えている。スカートは明らかに校則違反の短さでちょっとした風で中が見えるレベルだ。


「このまま何も起きなければいいけどな」


「そうかな? 折角不思議な現象を体験してるんだし、ちょっとくらいなにか起きても──キャッ!」


 城ヶ崎さんの望み通り、電車が大きく揺れた。俺達は降車口に押し付けられる形となった。


「く、黒谷……苦しいよぉ」


 城ヶ崎さんは俺とドアの間で板挟みとなって苦しそうな声を上げた。しかもスカートが少しだけ捲れていてピンクの下着が見えてしまっている。


 くそっ! これじゃあ夏凛の時と同じじゃないか。


「ちょ、あんまり動かないで……んっ!」


 城ヶ崎さんは色を帯びた声を上げた。後ろのやつらがわざとらしく押してきたため、俺の体が城ヶ崎さんに密着した状態でグリグリしてしまったからだ。


「ご、ごめん!」


 このままじゃまずいと感じた俺は、ドアに手をついて空間を開けた。


「ん、いいよ。こういう状況だし……仕方ないよ。ねえ、この態勢辛いからさ、そっち向くね!」


 城ヶ崎さんは俺が開けた空間の中でクルリと回ってこちらを向いた。だけど後ろの連中は待ってましたと言わんばかりに、このタイミングでさらに力強く押してきた。


 徐々に腕はくの字に曲がって俺と城ヶ崎さんの距離が近づいていく。


「黒谷、辛そうだね……我慢しなくていいよ? こうすればお互い楽だから……」


 城ヶ崎さんは俺の体に腕を回して抱き締めた。夏凛ほどではないが、同年代よりも明らかに大きい胸が俺の胸で形を大きく変えている。そして遂に俺の腕は力尽き、互いに抱き合う形になってしまった。


「いつまで続くんだろうな」


「さあ? どうなんだろうね。でもさ、なんか安心するね」


 そう言って微笑む彼女だが、俺の首を見てから少しだけ悲しげな表情を浮かべた。今朝からチョイチョイこの虫刺されが話題にあがるけど、そんなに痛ましいか? ただ赤いだけで実際は痛くないんだけどな……みんな心配し過ぎだろ。


 そして城ヶ崎さんは俺の口を見ながら語り始めた。釣られて俺も彼女の唇を見てしまう。ふっくらとしていて、表面はツヤツヤしている。とても瑞々しい唇に目が離せなくなり、時間はゆっくりと流れ始める。


「ねえ、黒谷……もしさ。アタシが────えっ!?」


 彼女は最後まで言えなかった。何故なら、いつの間にか元に戻っていて夏凛が俺を抱き締めていたからだ。


「良かったぁ~、兄さんたちが起きないから心配しました!」


「夏凛まさか先に戻ったのか?」


「ホワイトアウトして、私が弾かれたって気付いて、ず~っと”戻れ!”って念じたら先に戻れました! 戻ったら2人とも座って目を閉じていましたので、起こしちゃいました♪」


 城ヶ崎さんは夏凛をジーっと見ていて夏凛も同じく見ている。なんだろ、この緊張感……きっと夏凛が止めたのにカードを差し込んだから怒ってるのかもしれない。


 そんな事を思っていたら2人とも「おほほほ」とか「うふふふ」とかわざとらしく笑い始めて「じゃあ、そろそろ止めましょうか!」と夏凛が〆たところでお開きとなった。

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