第26話 拓真の頼み事・そしてゲームの開幕

 夏凛のとてつもなく柔らかな抱擁から脱出した俺は、地面に布団を敷いてグッスリ眠ることができた。


 そして朝、洗面所の鏡で顔を確認すると、なぜか複数の痣が首周辺に出来ていてとても驚いた。しかも不思議なことに、虫にしてはあまり凸凹でこぼこしていない。


 疑問に思いながら隣にいた夏凛に相談すると、すぐに休むように言われてしまった。とにかく一緒に休みたいらしい。可愛い妹に上目遣いで頼まれたら、断れるわけがない。


 まぁ、どちらにしろ2時過ぎに業者が来るので、誰かが今日は休まなくてはいけない。


「夏凛、俺昼食買ってくるよ」


「だ、ダメです! とにかく今日は一歩も出ないで下さい。コンビニは私が行きますから!」


「そ、そうか? じゃあ任せるよ」


 こんな虫刺され程度で過保護過ぎないか? でも心配してくれるのはそれだけで嬉しいものだ。


 夏凛が朝のうちに買い物に行き、俺はその間に掃除や洗濯などの家事をした。


「うへ~、朝も暑くなってきたな……こりゃあ夏凛も汗だくで帰ってくるな。今のうちにクーラー付けとこ──ん?」


 2階に上がろうとした時、すごいエンジン音が聞こえたのでインターホンのカメラで外を見たら、家の前に黒いスポーツカーが止まっていた。


「あれ、拓真さんの車に似てるな……って拓真さんじゃん! しかもこっちに来てるし……」


 ピンポーン!


 チャイムを鳴らされたので俺はドアを開けて応対した。


「おはよう、やっぱ休んでたか」


「おはようございます。なんで知ってるんすか?」


「ティア──じゃなくて白里 泪先生から様子を見てきてくれないか頼まれてね」


「風邪で休みますって連絡したんですけど」


「2人揃って休んだら心配になるだろ」


「白里先生、優しいんですね。うちの担任は『そうか』だけで何の関心もなく電話を切りましたよ」


 拓真さんも俺も互いに苦笑して少しの間、白里先生で話しが盛り上がった。


「まぁ何にしても、風邪ではなさそうだな」


「あ、いや、それは……」


 咳の1つもしていないため、嘘がバレてしまった。会ってから今まで風邪について触れずに会話していたのは、証拠を集める為だったか……拓真さん、侮れない。


 夏凛の看病って言い訳を考えていたら、夏凛も帰ってきてしまった。


「兄さん、私汗だくに──あれ? お客さんですか?」


 拓真さんは俺達を交互に見て、そして俺の首に視線を向けたあと笑いながら言った。


「ふむ、どうやら兄妹で羽目を外してるようだな」


 別に普通にエアコンの業者待ちなんだが、羽目を外してるように見えるのだろうか。夏凛は何故か慌てふためいていた。


「いやいや、良いんだよ。俺も学生時代はよくやったもんだからな」


「ちょっと待ってくれ、実は──」


 俺はエアコンが故障し、その業者を待ってることを説明した。


「なるほど、でも2人とも休む事はないよな? う~ん……よし、じゃあ先生には俺から良いように言っておくから1つだけ頼まれてくれないか?」


「頼み、ですか?」


 拓真さんは頷き、そして箱のようなものを見せた。


「これは"シチュエーションゲーム"と言って"状況、場所、人"のカードを引いて想像するだけってゲームだ。1時間だけでいいからやってみてくれないか?」


 そう言って拓真さんは謎のオーラを放つ箱を突き出してきた。これどう見ても太鼓の鳴るゲームの亜種、だよな?


「これ……どうやって手に入れたんですか?」


「内緒だ……安全性を確認するために是非、使ってみて欲しい。使い終わったら白里先生に返してくれればいいから」


 俺は夏凛にどうするか聞いてみた。


「兄さん、やってみましょうよ。どのみち私達、暇じゃないですか」


「────わかった。とりあえず遊んでみます」


「そうか! じゃあ頼んだ!」そう言って、拓真さんは脱兎の如く車で走り去った。夏凛はお弁当を持って家に入り、俺は箱を片手に手を眺めていた。


 ほんのり小指の痣が赤く発光している。これはきっと何かの前触れだと俺は思った。




※実際のキスマークは1日では消えにくいですが、様々な好条件が重なって消えたという事で……。

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