第4話 夏凛ちゃん、揉まれた心境

 私は黒谷くろや 夏凛かりん、高校2年で16歳だ。みんなからよく"助っ人部"に所属してると言われるが、そんな部活は無いし、ただ頼まれて断れないからやってるだけだ。


 とある日の放課後、私は水泳部の記録係を担当していた。その時に、女子選手の先輩が休憩がてら話しかけてきた。


「ねえ、夏凛ちゃんさあ。彼氏いないの?」


「いませんよぉ~」


「意外~、夏凛ちゃんが着てるスク水、エロいしそれで落とせるじゃん!選り取り見取りじゃんっ!」


 そう、彼女は競泳用だが、私は準備不足でスク水を着ている。残念なことに、それが逆に目を引く結果になっていたようだ。いきなり頼まれれば競泳水着の準備なんて、できるわけがない。


「彼氏とか、勉強に必要ないもの、要りません」


「真面目かよ!う~ん、じゃあ夏凛ちゃんってどんな人がタイプなの?それくらい教えてよぉ?」


 この先輩は普段は頼れるけど、恋愛事になると強引になるのを忘れていた。かといって適当に答えれば何故か気付くし、仕方なく真面目に答えることにした。


「外見は───そこまで気にしないです。どちらかと言えば、内面ですね。一緒にいて落ち着ける方が私の理想です」


「それ、男子には無理だね。夏凛ちゃん、目当ての人は大概肉食系で一緒にいたらハラハラする毎日だろうし、落ち着ける草食系は告白なんかしないだろうし──こりぁ、大学か就職するまで彼氏できそうにないね」


「別に今は彼氏なんていらないんです!ほ~ら、先輩の休憩終わりですよ?」


「え~、もうちょい話したかったのに~!」


 そう言って先輩は再び練習に戻った。彼氏ねえ、そんなに良いんでしょうか?私はそう思いながら記録係をこなし、無事に帰宅の途につきました。


ザァーーーーーー


 梅雨なので降って当然なのですが、今日の雨だけは嫌な予感がするのです。傘が全く意味がないほどの大雨、私はあの冷たい家に走って帰りました。


 玄関には兄さんの靴があるので、先に帰っていたのでしょう。ポケットタオルで制服の水気を拭き取りながらリビングに向かうと、テーブルに真っ赤な赤い紐が置いてあった。


「何これ?」


 不思議な感じのする赤い紐、吸い寄せられるかのうに手に取ったあと、我に返った私はそれを捨てようとする。


「キャッ!」


 なんと、風呂上がりの兄さんとぶつかりそうになったのだ。あまり話す相手ではないので無難な会話をしていると、手に持った赤い紐が突如として光始めた。


 変化はそれだけに留まらず、私の右手小指と兄さんの右手小指にガッシリと絡み付いてきた。


 咄嗟に危険だと判断した私はハサミを探し始める。


「に、兄さん!ハサミ、ハサミで切りましょう!」


 だが、いざ切ろうとした時には透明となって消えたあとだった。そして小指にはそれが夢ではないと否定するかのように、赤い痣が残っていた。


 放心してても仕方がないので、私は風呂に入ることにした。


「この痣、とれない……どうなってるんですか!?」


 何度も擦ったが、汚れではないのでとれるはずもなく、結局諦めて浴槽で身体の疲れを癒すことにした。



 そんな時、轟音と共に家全体から明かりが消えてしまった。状況を把握する為に私はバスタオルを一枚を巻き付けてからリビングに向かう。


ドカッ、ドサドサ


 声がしたのでその方向に向かうと、兄さんとぶつかって倒れ込んでしまった。

 倒れる途中、兄さんが空中でもがいた手が、私のバスタオルをほどき、地面に背中から落ちた衝撃で私の胸がタパンッ!と音を立てて波打ち、右胸は元の形状に近い形に戻ったが、左胸は支えを探す兄さんの手によって歪な形に潰れてしまった。


 計4回ほど揉まれただろうか、1回目は男の人に触れられる恐怖が、2回目は兄に触られたという嫌悪感が、3回目は何故か安心感が、そして4回目にしてようやく羞恥心が湧き上がり、兄に向けて身体を退かすように言うことができた。


 揉まれた時の状況だが、兄は身体を支えるために私の左胸へ、私は兄を退かすために兄の胸板へ手を当てていた。


 兄の心臓の音が聞こえて私の音とリンクしているような感覚を感じ、それが安心感の正体だと私は思った。


 兄さんは気まずさと申し訳なさから私に謝罪し、その場を立ち去ろうとする。何故かわからないが、このまま彼を行かせてはダメだと感じた。暗くて見えないけど、彼の背中は寂しさのようなもの背負っている、そんな気がした。


 今の私は事実として、彼の4揉みによって色んな感情の奔流に晒されて、腰が抜けてしまっている。それを理由にこの場に居てもらうことにした。



「ど、怒鳴ってごめんなさい。そ、その……腰が抜けちゃったので、復旧するまで一緒にいて下さい……」


 暗くて見えないが、彼が少しだけ明るくなった気がした。それは、この家全体を覆う暗闇を払うかのような明かりとも言えた。


 電気が戻ると、兄さんは足早に立ち去った。この時、いつもならそのまま見送る私なのに、口からは「待って!」と言う言葉を発しかけていた。


 私、なんか今日は変だ……。


 自分でも明確にわかる変化に私は戸惑いつつも、その日は早く寝ることにしたのだった。

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