第2話 掌の感触
俺は自室で右手小指を眺めていた。赤い痣が小指を1周していることから恐らく事実だと認識させられた。
現実逃避の為に窓から外を見る。
窓から覗く光景は、大雨と漆黒のような夜空が広がっている。あんな物理的にありえない現象が起きてもおかしくない天気だと感じた。
痛みはないし、心拍も普通……身体に特に異常は見られない。
「あれは一体なんなんだよ……」
不可思議な現象に愚痴を呟いた瞬間、雷が近くに落ちた。轟音が鳴り響いたあと、視界が突如暗転する。どうやら停電が起きたようだ。
不意に、夏凛が心配になったので1階のリビングへと壁に手を当てながら向かった。
「夏凛さんやーい、大丈夫かえ?」
今の俺はクラスの女子に話しかけるよりも、妹に話しかける方が難易度が高い。必要最低限喋らなかった関係ゆえに"兄とは何か"がわからないからだ。
だからふざけて声をかけた。だが、返事がない……もしかして、すでに部屋に戻ってる?そんなに長湯するタイプ───かどうかもわからん。
「おーい、大丈夫か───うわっ!」
ドカッ、ドサドサッ!
何かがぶつかってきて、倒れ、そして覆い被さる形になる。
ムニュ、ムニュムニュ……。
柔らかな感触が右の
そして、その信号により俺は何を組み伏せているか理解し歯がガタガタと震え始める。
「ぅ……ぁ……に、兄さん、私です! ぁ……と、とりあえずどいてくださいッ!」
急いで夏凛の上から飛び退く、だがそのあとテーブルで頭を打ってしまった。
「痛い!……クソッ、散々だ」
「初めて触られたのが実の兄……私の方が散々なんですけど」
「ご、ごめん!」
もういいです。そう言って夏凛は何かを整えていた。目が慣れ始めたとは言え暗闇でよく見えない。あ、そう言えば……タオルのようなものを下に剥ぐってしまったような……。
「もしかして、バスタオル1枚だったり──する?」
暗闇だが、キッ!と睨まれたような視線を感じ取って俺は黙り込む。
ああ、これは完全に嫌われたな。あの夫婦を見て、彼女じゃなくてもせめて妹と仲良くなろう。あの時、そんな気持ちで話し掛けたがもうこれは完全に終わったな。
「ごめんな、もう戻るからさ」
そう言って踵を返そうとすると、手首を夏凛に掴まれた。
「ど、怒鳴ってごめんなさい。そ、その……腰が抜けちゃったので、復旧するまで一緒にいて下さい……」
確かに、こんな暗闇で身動き取れなかったら怖いよな。だけど2人きりになると当然会話が続かないわけで、復旧するまで一言も喋ることはなかった。
その後、電気が戻り俺は妹の肢体を見ないように足早にその場を去った。その際、夏凛が何か言いかけていたが俺の耳には届かなかった。
☆☆☆
次の日、いつもより早く目が覚めてしまった。普段は7時くらいに起きるのだが、今日に限っては6時に起きてしまい、昨日の事を思い出して右手小指をへと視線を向ける。
「夢、じゃなかったんだな……てことはアレも夢じゃないのか」
小指の赤い痣、妹との数年振りの会話、そして───掌の感触。
「ば、バカか俺は!?なんてこと思い出してんだ!」
深呼吸して、頬を叩いて、屈伸をする。
「ふぅ、リセット完了!」
改めて、小指を眺めながら思い起こす。
今まで夏凛とここまで話した事なんてなかった。家にいてもたまに様子を見に来る親戚と話す時、そこそこ取り繕った会話する際に一言話すだけだ。
それに、俺の中での印象は"鉄仮面"って感じだったが話してみると少しだけクールな女の子じゃないか。
「ま、あそこまで事故が起きたらもう話すこともないだろ」
俺はいつも通り学校に行く準備をして、俺にとってのお袋の味である"キチレイ"の冷凍食品をチンして食べる。
今日の献立は海老のドリアだ。プリップリの海老にとろけるクリームソース、若干舌を火傷しつつハフハフ言いながら食べるのが俺の日課だ。
ちなみに夏凛が後から階段を降りて来て一緒に食事、なんてこともない。1つ下の妹は何かの部活に入っており、とても朝が早い。
そう、これがいつも通り。冷凍食品のように、いや売れ残った冷凍食品のように俺の人生は温められる事もなくいずれは捨てられるんだ。
昨日だけ、ルナと夏凛のおかげでホンの少しだけ暖かい思いをした。きっとあんなことはもう起きるわけもなく、毎日を今まで通り生きるんだと俺は思っている。
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