縁結びの御守りを妹に使ってしまった件について。

サクヤ

第1話 運命の赤い紐

 だるような初夏の熱気、空はオレンジ色に染まっている。そして今は高校から自宅へ向けて下校の途についている。


「あっちーー、夕方なんだから少しは涼しくなれよなぁー」


 俺、黒谷くろや 黒斗くろとは高校3年になると言うのによく独り言を言う。誰も答えてはくれない、隣に彼女や友達でもいたら別だが。


「ニャー」


「あ、黒猫?」


 空を見上げながら歩いていると、足を怪我した猫が鳴き声を上げていた。


「お前、怪我してるのか。うーん、よし!連れて帰ろう!」


 なんとなく、あの寂しい家に暖かさが欲しかったので、ギブアンドテイクとして連れて帰った。

 両親は出ていき、妹と2人で家に住んでいるのだがその妹もクールな性格だし、ご飯は別々に食べてるし、下手すれば10日も顔を見ないこともザラじゃない。


 学費は遠縁の親戚が出してくれている。だけど年齢故に中々こちらに顔を出すのも厳しいのだ。


 帰宅したあとスマホを見ながら手当てしたが上手くいかず、結局近所の動物病院で看てもらった。


「良かったなー、えーっと……」


 名前を付けるのを忘れてた。


 ───あ、今更この黒猫が飼い猫であることに気が付いてしまった。ネームプレート&首輪がついていたのだ。


「良かったな……ルナ」


「ニャー」


 ホンの少しだけこの猫と毎日楽しく暮らせる夢を見ていた。だが飼い猫なら返さなくてはいけない。


 次の日、この猫がいた場所に戻ると女性に話しかけられた。その女性は俺が抱いているルナを見て話し掛けたようだ。


「あ、ルナちゃんを保護してくれた方ですか?」


「はい、足を怪我してました」


 次に、女性の隣に立っていた男性が話し掛けてきた。


「マジで助かったよ。彼女が餌をあげるときいつも全力で逃げ出すからさぁ」


「いえいえ、可愛くて俺も癒されましたから。さぁ、ルナ……向こうへ行きな。飼い主さんが迎えにきたよ」


 女性が両手を広げると拒否している。この人が嫌いなんだろうか……。男性が手を出すと喜んで胸に飛び込んでいった。きっとメスなんだろう。


「ねぇ、あなた。この方なら使いこなせそうなアレをあげても良いですか?」


「アレか?お前が言うなら……わかった」


 2人とも薬指に同じ指輪をしているから夫婦なのだろう。そして奥さんの方が赤い紐を手渡してきた。


「これは?」


「ふふ、縁結びの紐ですよ。紐帯印って言う特殊な祝福が施された……御守りのようなものです」


「あ、ありがとうございます」


「頑張って下さいね」


 若い夫婦は立ち去り、俺はルナがいなくなった事に少しだけ物悲しさを感じていた。


 家に帰り、御守りをテーブルの上に置いて風呂に入る。


ザバーン


 浴槽に浸かりながら今日の事を思い返す。


 あの夫婦、仲が良さそうだったなぁ。羨ましいなぁ、ルナ帰れて良かったな。思ったよりも俺って寂しさを感じていたのかな。


 風呂から上がり、着替えていると鍵が開く音が聞こえてきた。妹の夏凛が帰ってきたようだ。


 よし、少しだけ夏凛と話してみるか。用もないのに話し掛けるのは何年振りかわからない。少しだけ緊張しながらリビングへ向かった。


「キャアッ!!」


「え?」


 リビングで鉢合わせた俺と夏凛はぶつかりそうになって互いに驚く。


「に、兄さん」


「わりぃ……。か、夏凛、今帰ったのか?」


「……はい」


 会話が続かない。


 夏凛は雨に濡れてるようでポツポツと水が滴り落ちている。そう言えば、風呂に入ってるとき雨音がしてたなぁ、と思っていると夏凛は俺の横を抜けて歩き始めた。


 ん?夏凛が持ってる物って……御守り?


「夏凛、その御守り───」


「なんですか?これテーブルの上にゴミが落ちて───」


ピカッ!


「おわっ!」「キャアッ!」


 御守りは赤く発光して生き物のように動き、夏凛と俺の小指に巻き付いた。


「な、なんだよこれ!」


「に、兄さん!はさみ!これで切りましょ!」


 急いで鋏を持ってきたが、それは無意味になった。いざ切る時にはすでに消えていたからだ。


 その後、何分か放心していたが、夏凛がずぶ濡れなままだったので、風呂が沸いてる事を伝えて解散となった。

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