後の英雄、ドラゴンに襲われる

 ドラゴンは俺を食らおうと大口を開く。

 だが、俺を食わなかった。

 鼻をひくつかせると静かに口を閉じる。


「ムム? オ前カラ我ガ子ノ匂イガスル。我ガ子ヲ返セ」


 俺はドラゴンの子なんて知らないんだが。

 知ってたらとっくに返してるし。


『しらない』

 言おうとするが胸の痛みで声にならず。


「オ前カラ匂イガシテイルノハ間違イナイ。隠シテイルンダロ?」


『隠すわけがない』

 その弁解も声にならなかった。


「ダンマリヲ続ケルノカ。マアイイ。二日後の日没マデニ我ガ子ヲ返セ。返サナイノナラバ、コノ町ダケデナク、『クローブ』ト『サテラ』ノ街モ火ノ海ニ沈メル」


 ドラゴンはそれだけ言うと大きな翼で羽ばたき去っていった。

 

「息はしているな……よかった!」


 ラネットさんだ。

 どうやらラネットさんは軽い怪我で無事だったみたい。

 よかった。


「今、薬を拾ってきますね」


 蹴り飛ばされたポーションを拾ってきたラネットさん。

 さっそくポーションを飲ませてもらう。

 口移しだよ。

 いいね。

 嘘のように身体の痛みが消え去った。

 ポーション凄いな。


「ありがとうございます。死ぬかと思いました」

「いきなり未亡人になるところだったわ」


 笑えない冗談を言う俺たち。

 一難を乗り越えた俺たち。

 二人して大笑いだ。

 でもドラゴンが帰ってくれただけでなんの解決にもなっておらず、時間の引き延ばしにしかなっていない。


「ドラゴンと話しをしていたみたいなんですけど、なにを話していたんです?」

「子どもを返せといわれました。あと子どものにおいがするとも」

「匂いですか……。卵の殻の匂いのことかもしれないですね」

「俺は卵の殻を見ていないから、卵とは違うと思います」

「じゃあ、どこかで接触したのかもしれないですね」


 ラネットさんは少し考えこんだ。


「どこで会ったんでしょう?」

「この町の住人はほとんど避難しているからドラゴンがいたらすぐにわかったと思います」

「クレソンの街で接触していたのかもしれないですね」

「ドラゴンがどんなものかもわからないし、卵を売った冒険者を探すのが早道かもしれないな」

 

 俺は卵を売った冒険者を探すべくクレソンに戻ることにした。


 *


 幸いなことに、俺たちをクローブに送り届けた馬車がまだ残っていた。

 ドラゴン襲撃の騒ぎで戻れなかったそうだ。

 俺はクレソンの街へ戻るために御者さんに馬車を出すように頼み込む。

 でも御者さんは渋い顔をする。


「今にも日の落ちそうなこの時間からですかい? 明日の朝まで待ってもらえませんかね? 今から出ても夜道は速度を出せないのでクレソンに着く時間は殆ど変わりませんよ」


 今から馬車を出したとしてもすぐに夜を迎える。

 視界の狭い夜に馬車を走らすことは出来ず、歩くのとほとんど変わらない速度しか出せない。

 本格的に馬車を走らすのは日が昇ってからになるそうだ。

 逆に明日の朝からこの町を出たとしてクレソンには夕方に着く。

 今すぐにこの町を出たとしても到着は昼過ぎになり、数時間しか変わらないとのことだ。

 でも、俺たちにはその数時間が惜しい。

 なんとしてでも明日中にドラゴンの子どもを見つけるすべを見つけ出し、明後日の夕方までにこの町に戻ってこないといけない。


「数時間の違いでも惜しいんです。明日の朝から馬車を出したんでは間に合わないんですよ。なんとかなりませんか?」

「なんとかと言われても……」


 御者さんとの交渉がうまくいってなのに気が付いたラネットさんがやってきて頼み込む。


「申し訳ない。このクローブの町、いやクレソンやサテラの街の存続にも関わることなんです。なんとか協力してもらえないでしょうか?」


 深く頭を下げるラネットさん。

 領主の娘さんに頭を下げられたのでは平民である御者さんはなにも言えない。

 御者さんは慌ててラネットさんの頭を上げた。


「お嬢様、頭を上げてください。わかりました、私に任せてください!」


 御者さんは馬車にいくつもの魔道照明を取り付け、夜間走行の準備を済ませる。

 アレンさんが俺に封筒を渡した。


「これは僕の紹介状だ。これがあればクレソンの住民たちへ話が通りやすくなるはずだ」


 腐ってもアレンさんは辺境伯。

 紹介状を見せればクレソンの街の施設から全面的な協力が得られるようになるとのことだ。


「ありがとうございます。じゃあ、アレンさん、ラネットさん、あとはよろしくお願いします」


 俺は馬車の荷台に乗り込む。

 ドラゴンが再びやってきた時のことを考えてラネットさんはクローブの町で待機。

 メイミーとモニカはこの町にいると危険なのでクレソンの街へ避難させようか悩んだ。

 でも馬車が夜間走行の強行軍なので事故でも起こったら大変なことになる。

 二人には町で待機してもらうこととした。


 *


 馬車は俺を乗せて旅立った。

 魔道照明をいくつも積んでいるものの昼間と比べるとかなり暗く、視界も殆ど効かない。

 馬車はゆっくりと進むことしか出来ず、昼間の移動速度の四分の一程度がいいところだ。

 ドラゴンが決めた期限は二日。

 明後日の日没にはドラゴンの子どもを連れてクローブの村に戻らないとならない。

 移動に時間が掛かることを考えると使える時間はごく僅かだ。

 荒れている道に差し掛かり、さらに移動速度が落ちた。


「この調子で明日の昼に間に合いますか?」

「大丈夫です。馬にポーションを飲ませて休憩無しで進むので明日の昼には到着します」

「頼みます!」


 クローブの街を出て2時間ほど経った時のこと。

 穴に車輪が取られ馬車が大きく揺れる。

 馬車の荷台で起こる荷崩れ。


「うにゃ!」


 俺が巻き込まれることはなかったが荷物から変な声が聞こえる。

 荷台に散らばった荷物の下からとんでもないものが現れた!

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