裏・本編プロローグ「母として」



「か、母さんっ、父さんが、森でイエローグリズリーに襲われて――」


 今でも、鮮明に覚えている。

 あの子が、血だらけのあの人を担いで家に飛び込んできた光景を。

 私は、叫ぶだけだった。馬鹿な母親だった。

 あの子はすぐに、村医者を呼びにいった。

 私は身動き一つ出来ず、血だらけのあの人が恐ろしくて、泣き叫んでいるだけだった。

  

 あの日、一瞬にして幸せは崩壊した。

 ずっと、一緒だと思っていた。

 出会った時から、疑った事なんてなかった。

 あの人が、私の前から消えるなんて。

 なにも考える事が出来なくなっていた。

 あのときもし私が一人だったなら、お腹の子と一緒にあの人の後を追っていたかもしれない。

 でも私には、あの子がいてくれた。

 あの子はただ泣くばかりの馬鹿な母親と、片時も離れず、ずっと一緒に居てくれた。

 あの子はいつ何時でも、私が一人にならないようにしてくれた。

 それがどれほどに、心強かったか。


 あの子はきっと、一生懸命だった。

 必死になって私を支えてくれた。

 元気づけてくれた。

 ずっと肩を抱いてくれた。

 たった六歳の、愛しい我が子。


 二人きりの食事は随分と寂しかったけれど、あの子が色んな話をしてくれた。たくさん話しかけてくれた。私が塞ぎ込む暇なんて無いほどに。


 お風呂も毎日一緒に入ってくれた。身体の洗い合いは少し恥ずかしかったけれど、あの子の笑顔が私を勇気づけた。


 トイレだって、あの子は私を一人にはさせなかった。いつも一緒に入ってくれた。いつも一緒に連れて行ってくれた。


 夜寝るときも、あの子は私をずっと抱きしめてくれた。ギュッと胸に顔を押しつける姿は、本当に可愛かった。


 時々甘えたように服の中に入ってくる事も、張った胸に興味を示してくれのも、本当に愛おしかった。


 あの子は、私の目を見つめてくれる。私の手を取ってくれる。私の肩を抱いてくれる。私の金髪を撫でて、綺麗と言ってくれる。

 いままでずっと、あの人がしてくれたように。


 本当に、あの子に出会えて良かった。

 あの子まで居なくなってしまったら、きっと私は壊れてしまう。

 もう、あの子のいない人生など、考えられない。


「全部僕が、守ってあげる」


 双子の女の子が産まれた日。あの子は私の手を握って、私の目を見つめて、あの人と同じ事を言ってくれた。

 その時私は、きっと全てをあの子に託してしまったのだろう。

 たった六歳の、愛しい我が子。

 私は、母親の勤めを果たせているのだろうか。

 私は、あの子の母親として、相応しいのだろうか。

 どうか、あの子だけは奪わないで。

 あの子の為なら、何だって出来る。何だって我慢できる。なんでもしてあげる。

 だからどうか、私から、あの子を奪わないで。





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