第129話 初恋の人と偉大なる母

 昭和六十三年十一月十二日、土曜日……

 この日は俺が十八歳になる日……


 そして俺の『この世界』での『未来を決める運命の日』になるかもしれない……

 いや、『運命の日』にしたい……


 その日が決まってからの俺は私生活も学校もアルバイトも今まで以上に全力で取り組んでいる。


 先日の『合唱コンクール』しかり、『中間テスト』や『期末テスト』もしかりだ。

 担任からは『大学に進学した方が良い』とまで言われている。

 『前の世界』での俺の赤点だらけの成績を考えれば、こそばかゆくなるくらいだ。


 いずれにしても俺は全力で取り組まなければ心が落ち着かないと言うのが本当のところである。


 それに自分の……そして『つねちゃん』の……二人の未来を変える為にはそれぐらいの事をやらないと変えることは出来ないであろうと思っている自分もいる。


 『この世界』にタイムリープしてから十年以上が経つが、『本気』で『真剣』に取り組んだことは大小の差はあるが、『少し違う良い未来』の結果を招いていると思える様になっている。


 だから残り数ヶ月、俺は悔いの無い様に全力で……全身全霊で何事にも取り組むつもりだ。


 『つねちゃん』と結婚し、一生『つねちゃん』を守り、幸せな家庭を築く為に『この世界』にタイムリープして来たんだと……俺はそう思いたい。




 【八月】


 七月下旬から待ちに待った『夏休み』に入った。


 昨年の夏休み、ずっと入院をしていた俺は夏の遊園地の醍醐味である『ナイター営業』のアルバイトが一度も出来ず、悔しい思いをしたが、今年は無事にアルバイトをする事ができ、十数万ものバイト代をもらえた。そして俺はそのバイト代で念願の『パソコン』を購入した。


 何故なら俺は今のうちにパソコンをある程度マスターし、先で父親の会社で働く様になった際にパソコンを導入するつもりでいるからだ。


 まだ今の時代は家庭にパソコンがあるところは少なく、同級生もゲーム好きくらいしか購入はしていない時代、企業も完全に普及している訳では無い。まぁ、携帯電話すらまだ販売されていないくらいだからな。


 今のうちにパソコンをマスターしておけば先で『インターネット』が世に出て来た時には乗り遅れることなく仕事に活用する事が出来る。


 ちなみに『社会』においてこれから起こるであろう『未来』の事はある程度というか、かなりの事を知っている。


 これから何が流行するのか、何が発明されるのか、これから伸びて行く企業、人気が出る芸能人等……


 だから俺がその気になれば『大金持ち』になる事なんて簡単にできるだろう。


 早い話、これから伸びていく、幾つかの会社の株を買えば絶対に先で億万長者になるだろう。


 メーカーに『こんな物を作って欲しい』とアイデアを出せば、そのアイデアがお金に変わる……アイデア料、もしくは『特許料』が発生する可能性もあるのだ。


 でも俺は絶対にそんな事はしないと心に誓っている。


 仮にそんな事をすれば俺は『夢を叶える』どころか、何らかの報いを受けるか、もしくは再び『前の世界』に逆戻りするのではないかと思っているからだ。


 だから『この世界』での俺は『地道に働いて普通の幸せを手に入れる』という思いで動いていくつもりだ。




 話を戻すが『前の世界』で父親の会社は何度となく経営難に襲われていた。


 そのピンチを救ったのが大学を卒業して直ぐに父さんの会社を手伝う事になった弟の博であった。


 博は必死に知恵を絞り、大学の友人や様々なコネクションに協力をもらいながら試行錯誤していきピンチを乗り切りったのだ。


 そして最終的には何十人もの従業員を雇う程の会社へと成長させている。


 そんな弟に対して尊敬もしていたが、兄としての引け目も感じていた俺……

 博と顔を合わせるのが嫌だった。


 俺も父さんの役に立ちたかった……

 今ならもっと助ける事ができたかもしれないのに……


 でも父さんの会社に今更、俺の居場所なんて無かった。

 だから俺はずっと……何年も何年も後悔する様になってしまったのだ……

 


 小さい頃から俺は父さんを凄く尊敬していた。


 田舎の山奥から中学を卒業と同時に集団就職で都会の鉄工所に勤めるようになり、必死に働き、実家に仕送りをしながら頑張って来た父さん……


 そして十年勤めていた鉄工所を退職、周りの協力を得て独立し、今の会社を経営している苦労人……


 俺はそんな父さんの役に立ちたいという思い……父さんの会社を継がなかった事に対しての後悔を『この世界』でもしたくないという強い気持ちがあった。



 そんな強い思いを持っている俺に父さんと母さんはある夜、進路について話をしてきた。


「隆、母さんから聞いたんだが、お前大学には行かず就職するらしいな?」


「えっ? あ、うん……」


「何故行かないんだ? お前は別に成績も悪く無いみたいだし、担任の先生も大学進学を勧めてくれているそうじゃないか?」


「・・・・・・」


「隆、黙っていても仕方ないでしょ? お父さんにちゃんと説明しなさい!!」


 母さんが少し怒った口調で言ってくる。


「お、俺……高校を卒業したら……父さんの会社で働きたいんだ……」


 俺がそう言うと父さんは細い目を見開き驚いた表情になった。


「そっ、そうなのか? まぁ、それは父親としては嬉しい事ではあるけども……でも別に慌てて直ぐに父さんの会社で働かなくてもいいんじゃないのか? 大学を卒業してからでも遅くはないだろう? もしくは他の会社に数年勤めて色々な経験を積んでから父さんの会社で働くという方法もあるんだぞ……」


「俺は直ぐに父さんの会社で働きたい!! そうじゃないとその先の『俺の目標』が達成できないんだ!!」


「 「目標!?」 」


 両親は同時にそう言った。


「う、うん……俺には目標が幾つかあって……その一つに高校を卒業して直ぐに大学に進学する気は無いけど、いずれは大学で勉強をしたいという思いはあるんだ。だから我がままな事を言うかもしれないけど、父さんの会社での仕事がある程度慣れてきたら『夜間大学』に通いたいって思いもあるんだ。そして将来の為に色々な知識を身に付けたい……でも今は……卒業したら俺は直ぐに稼ぎたいんだよ!! いや、稼がないといけないんだ……」


「うーん……夜間大学かぁ……なるほどなぁ……父さんの会社で働けば融通も利くし夜間大学なら通いやすいかもしれないが……で、でもなぁ……うーん……」


 父さんが自分の顎を触りながら『うーん』と唸っている横で母さんが急に『クスッ』と笑い出した。


「ん、うしたんだ母さん? 急に笑ったりなんかして……」


「いえね、隆が私達に『本当に言いたい事』が分かった様な気がしたものだから……」


「えっ? 隆が俺達に『本当に言いたい事』!? それはどういう事なんだ?」


 母さんは父さんではなく俺の顔を見ながら笑顔でこう言った。


「隆がさっき言っていた『稼がないといけない』っていう言葉でピンときたのよ。でもあなたには分からないと思うわ。だってあなたは『その場』にいなかったのだから……」


「んん? 母さんの言っていることがよく分からんぞ。隆?、お前は母さんの言っている意味が分かるのか? というか、『本当に言いたい事』って何なんだ?」


 父さんが不思議がるのもよく分かる。だって俺も母さんが何を言っているのかよく分かっていないから……しかし母さんの次の言葉で全てが分かる。


 そして母さんの偉大さが分かる瞬間でもあった。



「フフフ……これはねあなた……隆が本当に言いたい事はね……私と隆と、そして常谷先生にしか分からないことなのよ……それは私もずっと『この日』が来るのを待っていたことなの……」




――――――――――――――――――

お読みいただきありがとうございました。


進路について両親と話し合う隆

その中で母から驚きの言葉が!?


あと数話で完結です。

どうぞ最後まで宜しくお願い致しますm(__)m

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