第120話 初恋の人達の願い

「五十鈴ちゃ……五十鈴君、お待たせ……」


「いや、俺の方こそ忙しいのに呼び出してゴメンよ……」


 俺はどうしても最後に話がしたくて佐々木の家の近くの公園に呼び出した。

 もしかしたら来てくれないかもしてないと思っていたので俺は少しホッとした。


「マーコにお別れの挨拶をしたかったというのもあるけど、一つだけマーコに聞きたい事があってさ……」


「私が転校する理由とかかな?」


「あ、うん……そうなんだ。どうしても理由が聞きたくてさ……」


 もし転校の理由が俺のせいだとしたらとても責任を感じてしまう。


 ただ、佐々木は三田さんと付き合いだしたんだし、俺の事が好きだったとは思えないのだが……


 佐々木は少し考える様な表情をしたが、直ぐに転校の理由を聞かせてくれた。


「私のお父さんね、私が小六の頃から福岡にある実家に住んでいるの。一人で住んで居るお婆ちゃんが病気になってしまって……それで一人っ子のお父さんは会社を辞めてお婆ちゃんのお世話をする為に福岡に行く事になって……本当は家族で福岡に引っ越しするのがお父さんの希望だったけど、私もお兄ちゃんも友達がたくさんいる、この土地から離れるのが嫌で引っ越しを拒んでしまって……だからお母さんには寂しい思いをさせていたの」


 そうだったのか。大塚が前に言っていた家庭の事情というのはそういう事だったのか……


「でも今年、お兄ちゃんは福岡の大学に入学する事になって、お父さんの実家から大学に通う事になったの。だから後は私だけの問題になっちゃって……毎日、寂しい思いをしているお母さんの顔を見ているととても辛かった。でも私も『青葉東高校』で出会った五十鈴君達と離れ離れになるのは嫌だった……」


 そうだよな……


 佐々木の性格なら自分のせいで母親が寂しい思いをしている。娘の為にずっと我慢しているのではないか? と思ってしまうだろう……


 だから中学生の頃の佐々木は素行が悪いと言われていたのかもしれないな。

 母親に辛い思いをさせている自分が嫌になり、逆に親に反抗する事で心のバランスを調整していたのだろう……


 ただ何故このタイミングで転校なんだ?

 別に卒業してからでも遅くは無いと思うのだが……


「そ……卒業してからじゃ駄目だったのかい? それに三田さんとも付き合いだしたばかりなのに……遠距離恋愛になってしまうしさ……」


「み、三田さんには悪いけど別れたわ……」


「えっ? わ、別れたのかい!?」


 だから、こないだの三田さんは元気が無かったのかな……


「それとね。卒業してからじゃ遅いの……私自身が耐えれないから……」


「耐えれない? 何を耐えれないんだ?」


「私の気持ち……想いかな……」


 佐々木は一体、何を言っているのだろうか? 俺は意味が分からなかった。


「私ね……本当は大好きな人がいたの……こんなに好きになったのは生まれて初めてだった。私にとって同級生に恋をするのは初めて……違う意味で『初恋』なのかもしれない。でもその『初恋』が……もしかしたらその恋は実るかもしれないって思ったわ。でもね……」


「ちょっ、ちょっと待ってくれ!? マーコは三田さんの事が……」


「お願い、最後まで私の話を聞いて!! お願いだから……」


 佐々木が涙目になりながらそう言ってきたので俺は話すのを止め、最後まで聞く事にした。


「でも……その人にも小さい頃から好きな人がいたの。私なんかが太刀打ちできないくらい素敵な女性……それでも私はその人が好きな気持ちは変えれなかった。会えば会う程、彼の事が好きになっていく……そして彼も私の事を……」


「マ、マーコ……」


「彼は私に好意を持ってくれていたと思う。それは話をしていて良く分かったわ。でも逆に彼が苦しみ悩んでいる姿を見る回数も増えていった……私には耐えられない!! 私の存在のせいで彼が苦しむ姿を見ることなんて私には耐えられないの!! その人にはずっと笑顔でいてもらいたい……大好きな人の事を一途に思っていてもらいたい。私が初めて心から好きになった人には幸せになってもらいたい……でもその幸せな姿を見届けるのは『今の私』では、それも耐えられない……だから……ね、このタイミングで、また一からやり直せるこの時期に遠く離れた土地に行く事に決めた……それが転校を決めた理由よ……」


 俺は心が痛かった……


 『前の世界』で一番、大好きでずっと片思いしていた佐々木が、『この世界』ではそこまで俺の事を思っていてくれていたんなんて……


 十七歳の女の子がそこまで俺の為に悩み、苦しみ、そして最後には苦渋の決断までするなんて……


 本当に俺はどうしようもない『大人』だ……

 俺は佐々木の言葉にどう返せばいいのだ……


「マーコ……俺……」


 ガバッ


「えっ?」


 佐々木は俺に抱きついてきた。

 そして俺の胸に顔をうずめ泣いている。


「五十鈴君、ゴメン……今だけ、今だけだから……」


 佐々木はそう言うと泣き続けるのだった。


「マーコ、実は俺、とても心配してたんだ。マーコが高校を中退したらどうしようって……でもそうじゃなくて転校だと知って……少しだけ安心したんだ……」


「うん……私も一年生の頃は中退する可能性もあるかなって思ってた。でも五十鈴君に出会えて、常谷先生に出会えたお陰で……私に目標が出来て勉強が好きになってきたの……だから二人にはとても感謝している……本当に有難う……今まで有難う……」


「マーコはきっと良い幼稚園の先生になれるよ。俺が保証する。だから福岡に行っても勉強頑張れよ……」


「うん……頑張る……それから私の夢を一つだけ叶えさせてほしい……」


「えっ、夢?」


 俺がそう言ったと同時に佐々木は自分の唇を俺の唇に重ねてきた。


 うっ!?


 その間、数秒の出来事だった……


「マ、マーコ……」


「ゴメンね? い、五十鈴君は何も悪く無いから。私が無理矢理した事だから……だから気にしないでいいからね。常谷先生に絶対、言っちゃダメよ。こ、これで私は心置きなく福岡に行けるから……」


「わ……分かった……俺の心の中に一生の思い出としてしまっておくよ……」


「フフ……なんかキザな言い方ね?」


「な、何だよ?」


「冗談よ、冗談。最後は笑顔でお別れしたいし……だから、はい!!」


 佐々木はそう言いながら右手を差し出す。そして俺も右手を差し出し、ガッチリと握手をしながら笑顔で応える。


「そうだな。最後は笑顔でお別れの方が良いよな。俺達には笑顔の方が似合うもんな?」


「うん、だから五十鈴……『隆君』元気でね? そして頑張ってね? 絶対に小さい頃からの夢を叶えてね?」


「あ、ああ……頑張るよ。マーコも頑張れよ? 絶対に幼稚園の先生になるんだぞ?」


「うん、絶対になる!!」



 こうして佐々木は何度も何度も振り返って俺に手を振りながら帰って行った。


 俺はその場で自分の唇を軽く触れながら、佐々木が見えなくなるまで見送るのであった。



 実はこの場に俺はある手紙を持って来ていた。

 そう、以前石田がくれた二通目の手紙……


 『もし恋愛で悩んだ時はこの手紙を読むように』


 石田が思っている様な恋愛で悩んだ訳でも無く、まして『つねちゃん』から佐々木に心変わりした訳でも無い。


 でも今、この手紙を読まなければこの先俺は手紙を読むことは無いだろうと思い持って来たのだ。


 そして俺は丁寧に封を開けた。

 便箋には力強い大きな字でこう書かれている。


『あなたは何の為にこの世界に来たの!? あなたが心の底から守りたい人は誰なの!? あなたが一生をかけて幸せにしたい人は誰なの!? どうかこれから出会う人達の思い、期待に応えてね。そして私の願いを叶えてください……頑張れ、隆!!』


 

 何の為に俺はこの世界に……誰を守り、誰を一生をかけて幸せにするのか……


 ふっ……石田……


「つねちゃんに決まってるじゃないか……石田の願いもそうなんだろ……?」


 でも、ありがとな。勇気づけられたよ……


 俺は十五歳で亡くなった少女と十七歳で遠くに離れて行く少女の願いも共に心に刻み『初恋の人』を一生幸せにする為に動き出す。

 




――――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございました。


佐々木と最後の会話を交わした隆

佐々木の本当の気持ちを聞く事ができた。

そして石田の時と同じく突然のキス......


最後は笑顔でお別れをする事ができた隆であった。


そして石田からの二通目の手紙を読んだ隆は勇気をもらうことができた。

あとは日曜日を迎えるだけ......


この時の隆はその日が大変な日になる事など今は知らない......


ということで次回もお楽しみに。

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