第118話 初恋の人以外に思わず
あれから一週間、佐々木は学校を休んでいる。
担任いわく、体調不良ということだが、もしそれは嘘で俺に会うのが嫌だという理由で学校を休んでいるなら俺としてはとても辛いところだが……
しかし、本人が望んで三田さんと付き合い、そしてバイトを休んだのも自分で決めた事なんだから、ある意味、自業自得であろう。
ただ俺はあの時の佐々木の涙が気になっていた。
あの時の涙と一週間も学校を休んでいる事は関係あるんじゃないのか?
「五十鈴君、ちょっといいかな?」
大塚が俺に話しかけてきた。
「ん、どうしたんだい?」
「実はね……私……バイトを辞める事をやめる事にしたの……」
へっ?
「ど、どういう事?」
「だから今言った通りよ。バイトはしばらく辞めないの。それとも五十鈴君は私にバイトを辞めて欲しいのかな?」
「そっ、そんな事あるはず無いだろ!! 大塚がバイトを辞めないでくれるのはめちゃくちゃ嬉しいよ!!」
俺がそう言うと大塚は一瞬、顔が赤くなったが直ぐに真剣な表情になり話続ける。
「あのね……マーコがバイトを辞めたのよ……」
「えっ!? う、嘘だろ!?」
「ううん……本当よ。それでマーコが私にバイト辞めないで欲しいってお願いしてきたの……」
俺はショックだった。
まさか佐々木がバイトを辞めるなんて……
『前の世界』では俺と佐々木だけがバイトを辞めずに頑張っていたのに……
それが『この世界』では大塚や北川が辞める前に佐々木が辞めてしまうなんて……
あの時……佐々木と三田さんが手を繋いで歩いている姿を俺が一瞬でも振り向いてしまい、佐々木と目が合ってしまったからだろうか……?
もし、そうだとしたら俺は何て取り返しのつかない事をしてしまったんだと後悔してしまう。
「マーコは本当に体調不良なのかい?」
「うーん……多分そうだと思うのだけど……ただ『家庭の事情』もある様な気がするのよねぇ……」
家庭の事情?
そうなのか?
そういえば俺は佐々木個人の事はある程度知っているつもりだが、その他の事、家族構成などは全然知らない。俺もあえて聞かなかったが、佐々木もあまり家族の事を話そうとはしていなかったように今になって思ってしまう。
もっともっと佐々木の事を聞くべきだったのか?
そうすれば、あの涙の理由だって理解できたのだろうか……
「大塚、悪いけど佐々木の家の住所を教えてくれないか? 俺、今日帰りにお見舞いがてら佐々木の家に行ってみるよ……」
「えっ? あ、うん……別にいいけど……」
佐々木の家は『つねちゃん』の家から自転車で十五分くらいの所にある十階建ての団地の五階だそうだ。
俺は少し緊張しながらエレベーターに乗っている。
チンッ
「505号室……505号室……あっ、あった。ここだな……」
俺は一度深呼吸をしてからインターホンを押した。
ピンポーン
「はーい!! どちらさま?」
「ま、真由子さんと同じクラスの五十鈴といいますが……」
ガチャッ……ギー……
「あら、もしかしてお見舞いに来てくれたのかな?」
「あっ、はい……」
「わざわざゴメンなさいね。どうぞどうぞ上がってちょうだい。ホント真由子ったら、大した病気でも無いのに学校を一週間も休んじゃうんだから……五十鈴君って言ったわね? 申し訳無いけど五十鈴君からも学校に行くように説得してくれないかな?」
「えっ? あっ、はい……分かりました……」
佐々木の母親は佐々木に似ていて可愛らしい顔をした人だ。
性格も明るそうだし、俺は少しホッとしながら家に上がらせてもらった。
そして佐々木の部屋の前まで母親に案内してもらうのだった。
トントン トントン……
「真由子、起きてるんでしょ? クラスメイトの五十鈴君がアンタを心配してお見舞いに来てくれたわよ!!」
「えーっ!!??」
部屋の中から佐々木の驚く声が聞こえて来たかと思えば『五分待って!!』と言った後、部屋の中では凄い物音がしている。
恐らく慌てて部屋の中を片付けているのだろう……
そして、
「ど、どうぞ……」
ガチャッ……
「マ、マーコ……一週間ぶりだね? 体調はどうなんだい?」
佐々木はパジャマ姿だと思っていたが、普段着だった。たった今、着替えたのだろう、シャツのボタンのかけかたがちぐはぐになっている。
「プッ……」
佐々木の顔をやっと見れた安堵感で緊張が取れた俺は思わず吹き出してしまった。
「えっ、いきなり部屋に来て吹き出すってどういうこと?」
佐々木は少し不機嫌そうに言ってきたが、俺が佐々木のシャツのボタンの方を指さすと、俺が吹き出した理由が分かり、顔を真っ赤にしながら俺に背を向けボタンをかけ直している。
ボタンのかけ直しが終わると佐々木は俺の方に向き直し半分照れくさそうに、半分は不機嫌そうな表情で小さな声で呟く。
「ど、どうして『五十鈴君』が私なんかのお見舞いに来たの?」
「えっ、五十鈴君……? ってか、そりゃぁ、マーコが一週間も学校休んだら心配じゃないか……クラスメイトだし……バイトも勉強会も一緒にやっている仲間だし……」
クラスメイト……仲間……
そうだよな……普通、お見舞いには彼氏が来るもんだよな。
俺みたいな『ただのクラスメイト』が来たって嬉しくなんてないよな……
「ウッ……五十鈴君の顔を見ちゃったら……私の決意が……心が揺らいでしまうから……」
「えっ、決意? それはどういう意味なんだい?」
「何故、五十鈴君は怒らないの!? 私はとても酷い事をしたのに!!」
佐々木が泣きながら聞いてくる。
「いや、怒るって……ああ、バイトを休んでなかなか連絡してこなかったことかい?」
俺は一応、誤魔化してみたが……
「違う違う!! 私が三田さんとバイトをサボってデートをしていたことよ!! あの時、五十鈴君……私達に気付いてたよね!? それなのに何で怒らないの? 私を軽蔑してないの? 嫌ってないの?」
「いや……軽蔑だなんて……それにマーコを嫌うことなんて……俺にはできないよ……」
「何で!? 何でよ!? 私を嫌いになってよ!?」
俺は『前の世界』で佐々木のことが死ぬほど大好きだったんだ!! そう簡単に嫌いになんてなれるものか!! と、心の中で叫びながらも俺は戸惑っていた。
「何でそれくらいのことで『友達のマーコ』のことを嫌いにならなくちゃいけないんだ? それにあの時のマーコ……泣いていただろ……? 何か理由があるんじゃないのかい?」
「!!!!」
「もし理由があるなら教えてくれないか!?」
「教えない……絶対に言わない……」
「えーっ!? そこは言う場面だろぉぉ!?」
「そんな場面、知らない……」
「な、何だよ? 可愛くないなぁぁ……」
「私、可愛くないもん!!」
「いや、可愛いって!! あっ!!」
「えっ!?」
・・・・・・・・・・・・
「おっ俺帰るよ。マーコの元気そうな顔を見れて安心したしさ……出来ればバイトも辞めて欲しくは無いけど……それは来週、マーコが学校に来た時にでも話し合おう。だからまた学校でな? それじゃ帰るね?」
「う、うん……今日は来てくれて有難う……でも来週も学校には行かないかもしれない……」
「なっ、何でだよ? もう元気そうだし学校に来ても……」
「少しお母さんと話し合いたいことがあって……それでその話の結果次第ではもう少し休むかもしれないから……」
俺は大塚の話を思い出した。
『家庭の事情』……
これ以上は佐々木に余計な事を聞いてはいけないと俺は思った。
「わ、分かった……」
俺は佐々木の母親に挨拶をして足早に帰るのであった。
その夜、『あの男』と会う日が決まったと『つねちゃん』から電話があった。
来週の日曜日の昼、前と同じ『エキサイトホテルのレストラン』……
今度は俺がバイトを休まなければならなくなった。
――――――――――――――――――
お読みいただきありがとうございました。
佐々木の本当の気持ちを知らない隆
気持ちを絶対に言わない佐々木
佐々木は母親と何か話し合う事があるらしいが......
そして『つねちゃん』と『あの男』の会う日が決まる。
果たして『つねちゃん』は簡単に断る事ができるのか?
隆はその場面を陰から見守るだけで済むのか?
どうぞ次回もお楽しみに。
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