第117話 初恋の人を守る為に

 俺は仲良く手を繋いで歩いている二人の後姿をしばらく眺めていたが、そうもいかないので何も気づかないフリをして追い抜こうと思った。


 そして俺は自転車のペダルを強く踏み込み一気に通り過ぎようとした。


 絶対に振り向かない。

 二人の楽しそうな顔なんて見たくない。


 誰がバイトを無断で休んでデートを楽しんでいる二人の姿なんて見るもんか!!


 俺はそう思いながら二人の横を過ぎ去った。


「あっ……」


 それなのに微かに聞こえた佐々木の声に反応した俺は一瞬だけ……ほんの一瞬だけ振り向いてしまう。


 俺が一瞬の間に目にした光景……


 佐々木のいる方向とは逆の方を見ている三田さん……


 そして俺の方を見ている佐々木……


「な、何で……?」


 佐々木の目からは大粒の涙がこぼれ落ちていたのだ。



 俺は直ぐに前を向き、更に自転車を加速させる。


 

 俺は帰宅するまでの間、色々と考えていた。


 佐々木は何故、涙を流していたんだろうか?

 三田さんとのデートが嬉し過ぎて泣いていたのか?


 いや、そんなはずは無い……

 おそらく二人は昨夜に……勉強会の後に付き合う事になったんだ。

 そしてそのまま朝まで……


 だから次の日の、それもこんな時間に手を繋いでデートをするだけで佐々木が泣くはずは無い……


 何か違和感がある。


 でも俺は佐々木に今回の事をとやかく言うつもりはない。

 バイトをサボってまでのデートというのは良い事だとは思えないが、『前の世界』で俺の部下にもそんな奴はいた。社会人なのにな……


 それに比べて佐々木はまだ十七歳……三田さんだって二十歳の若造だ。


 舞い上がってしまう事もあるだろう……

 ただ佐々木の涙だけがどうも引っかかってしまう。


 しかし俺が佐々木の恋に何も言う権利は無い。

 『前の世界』でもあの二人は付き合っていたし、『この世界』でも付き合う事になるのは当然の話だし、分かっていた事なんだから……


 でも何だろう、この感情は……?

 『前の世界』の時と同じ様な感情……


 やはり俺は二人にヤキモチを妬いているのだろうか……

 あれだけ親しくしていた佐々木を、『前の世界』の時よりも早い時期から親しくなっていた佐々木を三田さんに取られたのが悔しいのだろうか?


 いや、俺は『つねちゃん』の事が大好きなんだから、そんな感情が沸くのはおかしいし、自分勝手過ぎるじゃないか。


 はぁ……


 俺はモヤモヤした感情のまま帰宅するのであった。




「ふぅぅ……」


 俺は自宅の電話機の前で深呼吸をしながら気持ちを切り替えようとしている。


 今から『つねちゃん』に電話をして今日のお見合いの結果を聞こうと思っているからだが、佐々木達の事やお見合いの結果を聞くのが不安でなかなか気持ちが落ち着かない。


「お兄ちゃん? 電話するの? しないの? どっちなの?」


 妹の奏が不満げな表情で言ってきた。


「あっ、ゴメン……今から電話するよ。もしかして奏も電話をしたかったのか?」


「う、うん……そうだよ……」


「誰にするんだい?」


「なっ、何でそんなことお兄ちゃんに言わなくちゃいけないの!? 放っておいてよ!! そんなことより電話し終わったら教えてよね!?」


 奏は顔を赤くしながら怒り気味に自分の部屋に戻って行った。


 奏の奴、高山に電話をしようとしてたんじゃないのか?

 きっとそうに違いない……

 

 後、数年もすれば『携帯電話』が普及するはずだから、もうしばらくの辛抱だよ、奏……と思いながら俺の緊張した顔が少し緩んだのだった。


 俺は奏のお陰で何となく気持ちが落ち着き、『つねちゃん』の自宅のダイヤルを回しだした。



「もしもし……つねちゃん、こんばんは……」


「隆君、こんばんは。今日もアルバイトご苦労様」


 いつもと変わらぬ明るく優しい声で『つねちゃん』は労いの言葉をかけてくれる。


「つ、つねちゃんこそ、今日はお疲れ様……そ、それで……今日のお見合いはどうだったの……?」


 俺の問いかけに一瞬、間が空いた感じがしたが、『つねちゃん』は今日のお見合いの様子をゆっくり、丁寧に説明をしてくれた。



 写真では暗そうな感じだった『山本次郎』は意外と明るい人だったこと。

 『つねちゃん』の写真を見た瞬間に一目惚れをしたこと。


 終始、『つねちゃん』の事を褒めちぎっていたこと。

 自分は年下の女性よりも年上の女性の方が好みだということ。


 今勤めている会社での成績も上々であるが、いずれ親の会社に『部長待遇』で勤めるということ。それに自分は次男だから『同居』は絶対ないからということを強調していたこと。


「それでね……最後に山本さんにこう言われたわ……」


「う、うん……」


「結婚を前提にお付き合いして欲しいって……」


 まぁ、そうだろうな……

 そう言ってくるのが普通だろうな……


「そ、それで、つねちゃんは何て返事をしたの?」


「そ、それがね、お断りする言葉を言いかけた瞬間にそう言われてしまって……そうしたら先生ね、急に頭が痛くなっちゃって……それで返事を言い損ねてしまってお見合いを中断して帰らせてもらったの……」


「えっ、そうなのかい!? そ、それで今は頭痛くないの?」


「う、うん……ついさっきまで横になっていたから今はもう大丈夫よ。隆君、ありがとね。ほんと隆君は優しいなぁ……」


「いっ、いや、優しいも何も俺は常につねちゃんのことを心配しているからさ!!」


「フフフ……本当にありがとね……隆君の声を聞いたら先生とても元気が出て来たわ。これで次に山本さんに会った時にはハッキリとお断りできると思うわ……」


「えっ、まだその山本っていう人に会うの!?」


「そうね……今日はお見合いの途中で帰ってしまった形になったから、今度、日を改めてお断りさせて頂かないと山本さんにも失礼だし……」


「つねちゃんのお父さんから向こうに断りの連絡だってできるじゃないか?」


 俺は少し焦り気味になり語気が強まってしまった。


「うん、その方法も取れないことは無いけど……でも先生の勝手で中断してしまったし、向こうは先生の事を真剣に結婚相手として思ってくれている方だから……やっぱりもう一度会って直接お断りするのが『大人としての対応』だと思うの……」


 大人としての対応……


 俺も中身は『大人』だ。だから『つねちゃん』の言っている意味はよく理解している。でも相手は『あの男』だ……


 『つねちゃん』を死ぬまで苦労させた男だ。


 今は良い人の皮を被っているかもしれないが、今度会ったらどんな態度をとるか分からない……


 まして『つねちゃん』に断られでもしたら……


「つねちゃん、お願いがあるんだけどいいかな……?」


「えっ、何かな……?」


「今度、つねちゃんが山本さんと会う日、俺も近くにいてもいいかな? 勿論、山本さんには気付かれない様にするしお見合いの邪魔なんてしないからさ……」


「えっ!?……」





――――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございました。


佐々木の涙に違和感を感じる隆であったが、本人には何も聞かない事を決意する。


そして『つねちゃん』に対しては再度、山本と会うということが不安になり、つい思い切った提案をしてしまうのだった。


果たして二度目のお見合いの日、何が起こるのか?


どうぞ、次回もお楽しみに。

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