第114話 初恋の人から話を聞きたい

 【つねちゃんの部屋での勉強会の日】



「五十鈴君、どうしたの? 何か元気がないみたいだけど……」


「えっ? そ、そんな事はないよ。大丈夫だよ……」


「ええ、そうかなぁ……? 何か凄く悩んでいる様な気がするんだけどなぁ……」


 佐々木に限らず、ホント女子はこういうところは鋭いよなぁ……

 まぁ、俺も直ぐに顔に出てしまうのはいけないんだけどな。


 それよりも『つねちゃん』がいつもと変わらない態度なのがとても気になるんだが……


「さぁ、二人共……今日もお勉強頑張りましょうね?」


 今の『つねちゃん』の心の中はどうなんだろうか?

 佐々木がいるから今は『お見合い』の話は言わない様にしているのだろうか?

 俺が『お見合い』のことを知っていて今日来ている事を知っているのだろうか?


 俺はそんな事ばかり考えてしまい、勉強が手に付かないでいる。


「隆君、どうしたの? 手が止っているわよ。今は真剣にお勉強をしないと……」


「あっ、ゴメン……」


 俺は『つねちゃん』に注意をされ少し落ち込んでしまうのであった。


 そんな落ち込んでいる俺を佐々木が心配そうに見ていた。



 勉強を始めてから二時間が経ち、『つねちゃん』が「そろそろ休憩しましょうか」と言ったので俺も佐々木も一回大きく息を吐いてから休憩を始める。


 『つねちゃん』はお茶とお菓子を取りに行く為に部屋を出て行ったが、すぐさま佐々木が俺に話しかけてきた。


「ねぇ、ホントに今日はどうしたの? 全然、勉強に集中できていない様に見えるんだけど……何かあったの? 何か心配事でもあるの? もしあるなら私に相談してくれても構わないから……」


 佐々木はとても心配そうな表情で俺にそう言ってきた。

 

 その佐々木に対して俺は『つねちゃん』のお見合いのことを言いたいという思いになってきてしまった。


 でも佐々木にそのことを言って何か変わるのだろうか?

 いや、何も変わらないだろう……


 それより佐々木も明日は三田さんに告白され、付き合う可能性があるのだから……


「い、いや……その……」


「常谷先生と何かあったの? 今日の五十鈴君は特に先生に対して様子がおかしいわ……」


「そっ、そんなことは……」


 佐々木は首を振り、


「ううん、そんなことある。もしかしたら常谷先生と二人っきりで何か話したい事があるんじゃないの?」


「えっ!?」


「ほら、やっぱりそうだ……よし、分かったわ」


「何が分かったんだ、マーコ……?」


「私、帰る……今日は帰るわ」


「えっ、何でだよ? 別にマーコが帰らなくても……」


「私がいると話しにくい内容なんでしょ? それに私は五十鈴君の落ち込んだ顔は見たくないから……だから私のことは気にしないで、常谷先生とゆっくりお話して……ねっ?」


「マ、マーコ……」


 佐々木はそう言うと荷物を持って部屋を出ようとしたが、扉の前で振り向きこう言った。


「もし、私に話せる時が来たら教えてね?」


 ニコッと微笑み、佐々木は部屋を出て行くのであった。



 数分後……


 『つねちゃん』が心配そうな表情で佐々木を気にしていたが、とりあえず俺は勉強を再開することに……


 沈黙の時間が続く中、俺は自分が嫌になっていた。


 『中身が大人』の俺が『つねちゃん』のお見合いに動揺し、その動揺している表情が顔に出ている事を佐々木に気付かれ、そして『高校生の女の子』に気を遣わせて帰らせてしまつた……


 ここへ来て俺は『前の世界』の情けない男に戻りつつある自分に嫌気を差していた。


 そんな中、沈黙を破ったのは『つねちゃん』だった。


 それも『つねちゃん』の口から出た言葉はお詫びの言葉であった。


「隆君、ゴメンね……」


「えっ? な、何を……?」


「隆君は知っていたのね……私がお見合いをすることを……」


「う、うん……」


「やはり、そうだったんだぁ……今日の隆君、うちに来た時から様子が変だったし、勉強もいつもみたいに集中出来ていなかったし……お見合いの話は昇から聞いたのかな……?」


「う、うん……」


「ほんとゴメンね。本当は直接、先生から隆君に伝えるべきだったのに……昇が先に伝えるとは思っていなかったから……今夜、佐々木さんが帰った後に隆君に伝えようと思っていたのだけど……昇からお見合いの話を聞かされた時は気を悪くしたでしょう?」


「えっ、まぁ……そうだね……気を悪くしたというよりも、少し悲しかったかなぁ……」


 俺がそう言うと突然、『つねちゃん』が抱きしめてきた。

 まさかこの場面で『つねちゃん』に抱きしめられると思っていなかった俺は身体が硬直してしまう。


 そして『つねちゃん』は俺の耳元で再び『ゴメンね』と言うと、続けて今回のお見合いの経緯を説明してくれた。



 お見合い相手は『つねちゃん』のお父さんが勤めている会社の得意先の社長の息子であること。


 たまたまその社長と親しくしていたお父さんがお互いに結婚をなかなかしない子供がいるという話になり、ある時向こう側からのお願いで、お互いの子供の写真を交換しあう話しになった事。


 『つねちゃん』のお父さんは写真を見るなり『気が小さそうな男』と思ってしまい、お見合いをさせる気持ちも薄れ、『つねちゃん』には相手の写真すら見せていなかったこと。


 しかし、向こう側の『つねちゃん』に対する反応はかなり良かったみたいで、特に見合い相手の『山本次郎』が『つねちゃん』に一目惚れをしたらしく是非、お見合いをさせて欲しいと言ってきたこと。


 さすがに断りにくいお父さんは『つねちゃん』に事情を説明して、とりあえずお父さんの顔を立てる為にも一度だけ会って話をする事になったこと。


 そして『つねちゃん』はその『山本次郎』っていう人と結婚する気は全然無いということ。


 ここまでの話を聞いてようやく俺の心は落ち着いてきた。


「そ、それじゃあ、つねちゃんはその人とは絶対に結婚しないんだね?」


「うん……しないわ……」


 『つねちゃん』は俺をずっと抱きしめながらそう言ってくれた。


 『つねちゃん』は俺が小学生の頃に言った言葉を信じてくれているのだろうか?

 今もずっと待っていてくれているのだろうか?


 あと、もう少しなんだ……

 俺が十八歳になるまであと一年と数ヶ月……


 何とかこのままの『つねちゃん』でいて欲しい……



「それでお見合いというか、その山本次郎っていう人にはいつ頃会うの?」


 その質問をした途端に抱きしめていた手をゆっくりと離し、俺の顔の真正面に申し訳なさそうな表情の『つねちゃん』がいる。


 俺は『つねちゃん』の顔が近い為に少し照れてしまい顔が熱くなっている。


 しかし『つねちゃん』からの返答を聞いた俺は熱くなっている顔が一気に冷たくなってしまう。



「山本さんに会うのは、あ、明日なの……それで『エキサイトランド』に隣接している『エキサイトホテル』のレストランで一緒に食事をする事になっているの……」


――――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございました。


『つねちゃん』は『山本次郎』と結婚する気は無いと知った隆は安堵する。

しかし、二人が会うのは明日、それも『エキサイトランド』に隣接する『エキサイトホテル』にて……

その日は佐々木が三田から告白される可能性もある日……


二つの事が重なる日、果たして隆は動揺せずにバイトができるのか?

それとも……


どうぞ次回もお楽しみに。

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