第17章 誘惑と嫉妬編

第109話 初恋の人以外の下の名前を

 【昭和六十二年四月】


 俺は高校二年生になった。


 クラスは二年七組で一年生の時に同じクラスで親しくなった友達は誰一人同じクラスにならなかったという悲しい結果となる。


 まぁ、そうなるのは『前の世界』で体験済ではあるが……


 しかしこの七組には中学時代、同じ卓球部として共に頑張った元キャプテンの下田と元副キャプテンの藤木がいる。


 そして『前の世界』と同様に佐々木真由子とも同じクラスになった。


「五十鈴君、私達同じクラスだね? 今日からよろしく!」


 佐々木は俺の席に近づき笑顔でそう言った。


「ああ、そうだね。これから一年、よろしく頼むよ……」


「ハハ、何今の返し? 何だかオジサンみたいな挨拶ね?」


 いや、オジサンなんだけどな……


「そっ、そっかなぁ? 俺は普通に返したつもりなんだけどさ……」


「フフフ、冗談っていうか、五十鈴君の『オジサン』みたいな喋り方はもう聞き慣れているし大丈夫よ。そんな事よりも前から思ってたんだけど『五十鈴君』ってどうも呼びにくいから今日から『五十鈴ちゃん』って呼んでもいいかな? その方が呼びやすいしさ……」


「えーっ!? よりによって何で『五十鈴ちゃん』なんだよ? 何だか女の子の名前みたいじゃないか!!」


 でも実は『前の世界』では出会った頃ら俺は佐々木に『五十鈴ちゃん』って呼ばれていたんだ。だから何故『この世界』ではそう呼ばないのか逆に不思議だったくらいだ。


「別にいいじゃん、その方が可愛いし……」


「俺が女子ならその呼び方でも可愛いかもしれないけどさ……」


「五十鈴ちゃん、お願~い……そう呼ばせてよぉぉ……」


 佐々木はいつになく甘えた表情と声で俺にお願いをしてくる。

 俺は心臓の鼓動が激しくなっていた。


 くーっ!! 本当に佐々木は可愛いよな……


「ってか、もう『五十鈴ちゃん』って呼んでるし……はぁ、分かったよ。別にそう呼んでくれてもいいよ……」


「うわぁぁあ!! 五十鈴ちゃん、有難う!!」


 何か直ぐに馴染むところも可愛いところだよな……

 って、イカンイカン!!

 俺は何を考えているんだ!?


「はぁぁ……」


 俺が軽くため息をつくと佐々木が再び話し出す。


「あっ、そうだ!! 五十鈴ちゃんも私の事を今日から『マーコ』って呼んでよ? それで『おあいこ』って事にできるでしょ?」


 『マーコ』……


 『前の世界』の俺は佐々木とあれだけ親しかったのに彼女が高校を中退するまで一度も『マーコ』と呼べなかった。呼びたくても恥ずかしくてそう呼べなかったのだ。


 俺は『幼稚園児』の頃に恥ずかしくて『つねちゃん』と呼べなかったが、その恥ずかしがり屋の性格は高校二年になった頃でも変わっていなかったのである。


 おそらく、『前の世界』で佐々木のことを『マーコ』と呼んでも彼女は嫌がらなかったであろう。でも俺はそう呼ぶことのできない『ヘタレ野郎』だったのだ。


 それが今……『この世界』では佐々木から自分の事を『マーコ』と呼んでと言ってきた。不思議としか言いようがない……


 まさかの展開に心の中で困惑する俺だが、『マーコと呼びたかった』という、ささやかな夢が『この世界』で叶おうとしている。


 もしかして佐々木がこの時期に俺のことを『五十鈴ちゃん』と呼ぶのは俺が佐々木のことを『マーコ』と呼びやすくする為だったのだろうか? 

 

 それも佐々木の考えではなく、俺を『この世界』にタイムリープさせた『目に見えない何か』が働いてのことなのでは……と、つい思ってしまう。


 でも、まぁ俺の考え過ぎなのかもしれない。


 『この世界の未来』は『前の世界の未来』とは少しずつ違っているし、そうなったのは俺の動き方、考え方も全然違うというのも理由の一つであると俺は分析している。


 例えばだが、『前の世界』では去年のクリスマス前に俺は水井に二度目の告白をして付き合うことになり、そして今年のバレンタインデー前にフラれている。


 しかし『この世界』では、そういったことは起こらなかった。

 単純に俺が水井に告白をしなかったからだが、逆に水井からは幾度となく俺に対してアプローチがあった。


 でも俺は『つねちゃん』のことを心の底から愛しているので、水井からのアプローチに対して心が揺らぐことは無かったのだ。


 噂で今、水井は上野と付き合っているらしい。

 どうも上野から告白したそうだが、二人は二年でも同じクラスになったみたいだ。

 二人には末永く幸せでいて欲しいと心から思う。


 ということで俺は『つねちゃん』にプロポーズをする為の障害の一つが消えたことになる。

 


 それと奏と高山だが、どうも二人は密かに付き合っているみたいだ。

 兄としての勘がそう言っている。


 正直、二人には別れて欲しいという気持ちもあるのだが、ここ最近、ご機嫌な奏を見ていると、そんな事を思っている俺は最低な男なのではないか? と、反省してしまう時もあるくらいだ。


 『前の世界』の高山は大学を卒業して直ぐに結婚し、そして子供を二人授かったそうだが、理由は謎だが数年後に離婚している。


 そんな『バツイチ』の高山と奏が付き合うのは兄としてかなり不安ではあるが、現在付き合っている相手と将来結婚する確率はかなり低いと判断した俺は今は大人しく二人を見守ることにしている。


 ただ一つ問題なのは北川が高山のことが好きだということだ。

 さすがに北川の顔を見る度に俺の心は痛くなる。


 それに『前の世界』では夏休みが終わると同時に北川も大塚も立て続けにバイトを辞めたはずなのに、『この世界』の二人は今も頑張ってバイトを続けている。


 おそらく北川が辞めないから大塚も仕方なく付き合っているのではと俺は思っている。


 しかし北川も高山と一緒に『急流すべり』の仕事をしているんだから、そろそろ高山に対して何らかのアクションを起こせよ!! と、思ってしまう時があるが、どう考えても『ヘタレ野郎』の俺がそんなことを思う権利なんて無いし、北川に対して失礼だなとも思っている。


 いずれにしても『この世界』は『前の世界』と同じような事が起こるとは思わない方がいいだろう……


 だから俺も十八歳になったら『つねちゃん』に簡単にプロポーズが出来ると思ってはいけない。安心してはいけないのではと思い、心の中に少し不安があるのも確かだ……



「ねぇ、五十鈴ちゃん? さっきから何、黙り込んでるの? 何か悩み事でもあるのかな?」


「えっ!?」


 俺の顔を覗き込む佐々木の顔がめちゃくちゃ近くて、俺は驚きと恥ずかしさが同時に襲って来た。


「べっ…別に何でもないよ……それはそうと、佐々木? 今夜はつねちゃんの家で勉強するのかい?」


「・・・・・・」


 あれ? 何で返事をしてくれないんだ?


「おい、佐々木……?」


「・・・・・・」


 何で……って、あっ、そっか!!


「マ、マ、マーコは今夜はつねちゃんの家で勉強するのかい?」


「うん、今夜も常谷先生の家に行くよっ!!」


 佐々木は少し顔を赤くしながらも満面の笑顔で返事をしてくれた。


 このまま行けば佐々木は勉強の遅れを取り戻し、二年の三学期で中退ってことは回避されるだろう。


 そして『前の世界』では経験する事が出来なかった佐々木と一緒に三年生に進級するという『未来』も確定的になるであろう。


 もし……もしそうなって……俺から言うことは絶対無いが……あり得ないとは思うが、佐々木が俺の事を好きだと言ってきたら……あり得ないとは思うが、佐々木が付き合って欲しいと言ってきたら……俺は水井の時の様に心が揺らぐことは無いのだろうか?


 そんな事を考える必要も無いのに、俺はつい、そんな事を考えてしまい自分で不安を煽っているところがある。


 だって俺は……


 『前の世界』で『マーコ』の事が死ぬほど大好きだったのだから……




――――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございました。


遂に隆は高校二年生になりました。

そして佐々木と同じクラスに!!


ドンドン距離が近くなっていく二人……

隆は『前の世界』の頃の好きだった感情を押し殺し、普通に接することができるのか!?


そして『この世界』の佐々木は隆のことをどう思っているのか?

更に『つねちゃん』にもとある出来事が!?


どうぞ次回もお楽しみに!!

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