第107話 初恋の人が高校教師だったら

「私、幼稚園の先生になりたいんです!!」


「えっ?」


 稲田に『つねちゃん』、石田、佐々木の雰囲気が似ていると言われて動揺していた俺の近くで佐々木が『つねちゃん』にそう言っているのが聞こえていた。


 それに対し『つねちゃん』はとても嬉しそうに答えている。


「うわぁ、それは素敵だわ。佐々木さんは可愛いし、優しいし、それにとても気が利くから、幼稚園の先生にぴったりだと思うわ。是非、頑張って欲しいなぁぁ……」


「はい、頑張ります!! と言いたい所なんですが……」


「えっ、どうかしたの?」


 俺は稲田が何か俺に話しかけているが、全然、耳に入らず『つねちゃん』と佐々木との会話に耳を傾けている。


「実は私……勉強が全然ダメなんです……こないだの中間テストも赤点だらけで、追試を受けてようやく合格したくらいだし……多分、次の期末テストも同じような結果になると思うし……」


 そうである。いくら佐々木が『幼稚園の先生』になりたいと思っても、今の成績じゃ大学なんて行ける訳がないし、ましてや進級できるかどうかも分からないくらいの成績なんだ。


 実際、『前の世界』での佐々木は留年が確定した高二の三学期途中で退学をしている。


 前にも言ったがこれには俺もかなりのショックがあり、三年生になっても佐々木のことが忘れられず、『別の恋愛』が出来なかったくらいである。


 まぁ、『この世界』の俺は佐々木のことが好きではあるが、『前の世界』のような感覚は無い。勿論、俺には心から愛する『つねちゃん』がいるからだが……


 だが、その『つねちゃん』と佐々木が、あんなにも意気投合するとは思っていなかったので、俺の心の中はとても複雑だ。


 それにこれは俺の勝手な思い込みかもしれないし、『この世界』での佐々木と接する時間も長いからかもしれないが、『前の世界』の佐々木よりも『この世界』の佐々木の方が俺に対して好意的な様な気がするのだ。


 もし俺の思いが間違っていたら、お前は何をうぬぼれているんだ? ということになり、めちゃくちゃ恥ずかしいのだが……


 佐々木が『つねちゃん』に勉強について色々と質問をしているので、なかなか『迷路』の中に入れない俺達だったが、今日は一日中大人しかった村瀬が口を開いた。


「ねぇねぇ、稲田? もし良かったら俺と一緒に『迷路』を回らないかい? 俺さぁこの後、下田や藤木がいるクラスにも顔を出したいんだよ。それに下田達も前に久しぶりに会った時にさ、稲田に会いたいなぁって言ってたし……だからどうかな? 一緒に行かない?」


「えっ、あの二人が私に会いたいって言ってたのぉぉ!? それは意外だわぁぁ……うーん……うん、いいわ、村瀬君、一緒に『迷路』に入ろ!! 五十鈴君、それでいいかな? 五十鈴君には二人の話が終わるまでここで待つことになっちゃうけど……」


「ハハハ……俺のことは気にしなくていいよ。それに俺も遅れてでも下田や藤木のクラスには行くつもりだったしさ。後で追いつくから気にしないで行っておいで」


「うん、有難う。それじゃまた、後でゆっくりお話しましょうね?」



 こうして稲田は笑顔で俺に手を振りながら村瀬と一緒に迷路に入って行った。

 その際、村瀬は俺の方を向き、『ウインク』をするのだった。


 男が何『ウインク』なんかしてるんだよ!? と、一瞬俺は思ったが、冷静に考えると村瀬はもしかして……俺と『つねちゃん』を二人っきりにさせようとしてくれたのでは? と思えてきた。


 いや、間違いない。昔から村瀬はそういう奴なんだ。

 とても友達思いで優しい男なんだ。


 俺は『つねちゃん』達に気付かれない様に村瀬に対し感謝を込めて軽くお辞儀をするのであった。



 『つねちゃん』と佐々木は俺がいることをすっかり忘れているんじゃないのか? と思えるくらいに話がはずんでいる。


 しかしそんな中、『つねちゃん』の口から出た言葉に俺は思わず『えっ!?』と声を出し驚いてしまうのだ。



「佐々木さん? あなたさえ良ければ私の家に来て勉強しない? 少しくらいなら私も教えれると思うし、それに私とあなたのお家ってとても近いから通いやすいと思うのだけど……佐々木さん、どうかな?」


「えーっ、いいんですか!? それはとても助かります!! それに常谷先生のお部屋に入れるなんて凄く嬉しいです!!」


 佐々木は目を輝かせながら興奮気味である。


「それじゃぁ決まりね。毎週、火木土曜日でどうかしら?」


「週に三回も勉強を教えてもらえるんですか?」


 俺は少し、焦り気味で間に入る。


「さっ、佐々木……土曜日はマズくないか? 次の日は朝からバイトだぞ?」


「平気、平気、大丈夫よ」


「それじゃぁ、土曜日は少しだけ早く勉強を終わらせることにしましょう。それに本当に疲れている時は中止にしても構わないから……あっ、紙と鉛筆あるかしら? 私の自宅の電話番号を教えておくわね?」




 俺は今、『つねちゃん』と一緒に佐々木のクラスの『迷路』を回っている。


「うーん、この迷路、とても難しいわね? 本当によくできているわ」


 『つねちゃん』は子供の様な笑顔で『迷路』を楽しんでいる。


「つねちゃんは本当に迷路が好きなんだね?」


 俺はそう言いながらも心の中はさっきまでの二人の会話の内容が気になって仕方が無かった。


「ところで隆君?」


「えっ、何?」


「隆君は将来どうするのかな? 進学? それとも就職するのかしら?」


 『迷路』の中を歩き回っている時にまさか『つねちゃん』からそんな質問をされるとは思っていなかったので、俺はどう返事をしようかと悩んでしまった。


「いずれにしても隆君も勉強はやっていた方がいいかもね。進学にしても就職するにしても『試験』はあるんだし……それにそれなりに成績が良ければ将来の『選択肢』も広がるしね?」


 俺は驚いた。


 まさか『つねちゃん』が最近、俺が思っていた事と同じ事を言うとは考えてもいなかったからだ。それにまさか『迷路』の中で言ってくるなんて……


「実は俺さ……進路についてはずっと悩んでいたんだけど、最近、今つねちゃんが言ってくれたことと同じことを思う様にしたんだよ。そう、『選択肢』を広げる為に勉強も頑張ろうって……でもなかなか良い成績が取れなくて『塾』に行くべきかどうか……でもお金もかかるしなぁって……だからどうすればいいだろうってずっと思ってたんだ……」


「フフ、それじゃ、話は簡単ね!? 隆君も先生の家で佐々木さんと一緒にお勉強しましょうよ!? ねっ? とても良い案でしょ? ただ隆君は家が遠いから土曜日の夕方からだけにするっていうのはどうかしら?」


「えーっ!? おっ、俺までお邪魔していいの? それに俺にまで勉強を教えるなんて、つねちゃん大変じゃないの?」


「それは全然大丈夫よ!! 先生、昔から誰かに勉強を教えるのは大好きだったの。実は先生ね……昔『幼稚園の先生』になるか『高校教師』になるかで悩んだくらいなんだから」


 『幼稚園の先生』と『高校教師』って、えらい極端過ぎるけど……

 でも『つねちゃん』の『高校教師』ってのも凄く魅力を感じるよなぁ……


 ただ正直、『つねちゃん』が『幼稚園の先生』で良かったよ。

 もし『高校教師』だったら男子生徒に大人気で俺が付け入る隙なんて無い様に思うからな。



 そんなわけで俺も週一で『つねちゃん』に勉強を教えてもらうことになってしまった。


 俺は『つねちゃん』と佐々木と同じ部屋でちゃんと勉強ができるのだろうか? という不安がよぎったのは言うまでもない……



 そして俺達はいつの間にか手を繋ぎながら『迷路』の出口にたどり着いた。


 出口前には何故か同じクラスの上野や入谷、神谷までもが俺達を待ち構えていたかのように顔をニヤニヤさせながら立っている。


 そして上野が


「五十鈴~!! そろそろお前に『幼稚園の頃の先生』の紹介をしてもらおうと皆で待ち構えていたらさぁぁ、まさか二人、手を繋いで出てくるんだもんなぁぁ!! 逆に俺達が恥ずかしいぜっ!!」


「いっ、いや、これはさ……たまたまというか……」


「 「言い訳なんて聞きたくないぞ~!! ハッハッハッハ!!」 」


 入谷と神谷が同時に言ってきたので俺は顔を赤くしながらうろたえるしかなかった。『つねちゃん』はそんな俺の姿を少しだけ頬を赤くしながら笑っていた。


 

 そんな俺達の姿を少し離れたところで水井達も見ていることに気付いた俺だったが、更に『迷路』の受付をしていた佐々木までもが廊下に出て俺達をジッと見つめているのが分かり、俺はこの場から逃げだしたい気持ちにかられているのであった。


――――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございました。


佐々木が幼稚園の先生になりたいと発言したことだけでも驚きだった隆だが、まさかの『つねちゃん』が佐々木に勉強を教えることに!!

そして隆までもが……


次回はそんな『勉強会』の様子をおおくりする予定です。

どうぞ次回もお楽しみに。

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