万を越える妄執とただ一つの願い11
「〈怨哮〉〈膿旋病旋〉〈肉腐吹〉」
「ちょ!?」
「……っ!」
顔の一つが不快な絶叫を上げると同時、エイブラハムは前後左右に腐肉を放ちつつ旋回を始めました。
ついに3スキル同時発動ですか!
私は絶叫で硬直したマイカを触手で回収、跳躍して回避しようとしますが…思うところがあり中断、天井の柱の一つに触手を巻きつけ強引に身体を引っ張り上げることで回避します。そのままぶら下がっていると、
ヒュボッ
「あっぶな」
「……コロナ、ナイス判断」
ぶら下がる私とマイカのすぐ下をスキルでもなんでもないただ薙ぎ払いが通りすぎます。
3スキル同時発動を見せ「〈スキル名〉を聞いて避ける」、という思考を焼き付けたところでの通常攻撃。なんとも狡猾です。恐らく自我を取り戻したことで勝負の駆引き的なものをするようになったのでしょうが……
「私と駆引きで勝とうなんて100年早いですね」
「……エイブラハム、3万年がどうとか、言ってなかった?」
うっさい、揚げ足取るなバカ。
「それはそうと、やっぱり気になるのはあの肉塊だよね」
「……モゾモゾ動いて、コロナみたい」
あー、確かにショゴスに見えなくもありません。たぶんゲーム開始直後の私はあんな感じだったのでしょう。色は玉蟲色ですが。
と、モゾモゾと動く肉塊が次第にその形を変え始めます。非常に緩慢な動きなため、何をしようとしてるのかは分かりませんが……
「……分裂、してる?」
「してるねぇ……よし、ロンチーノさーん! ちょっとその肉塊の警戒お願いしま「よっしゃ、任せろ」す!」
先のコロナの発言がショックだったのか、やたら食い気味に返事をしやる気を漲らせるロンチーノであった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ロンチーノが警戒を強めた頃、肉塊には本格的な変化が始まっていた。
ブチブチと不快な音を響かせながら肉塊がひとりでに千切れる。その傷口はヌラヌラとした血で輝いていたが、やがて周りの肉で覆い潰すようにして塞がった。
6つに分裂した肉塊の総量はSIZにしておよそ60。それらは次第に形を変え、ロンチーノの見覚えのあるものへと変貌を遂げる。
無表情の少女と彼女に似ているが笑顔の少女、無愛想な少女、屈託のない笑顔を浮かべる少女、粗野そうな男性、毎朝鏡の向こうから眠そうな顔を向けてくる男性……。
「俺たち、か。文字通り自分との戦いってわけかな?」
6対1。側から見れば厳しい状況だが、ロンチーノはそうは思わない。
(多分能力値はコピーされてるんだろうけど、スキルと魔法は無いと考えるのが妥当かな。てか完全コピーなら流石に勝ち目ないから何しても一緒だし。……一応確かめておくか)
「(〈ヴァーティッヒ・ブースト〉〈完投〉〈投擲〉〈奇跡の軌道〉)」
小声でスキルの発動キーを唱えたロンチーノは、腰につけた短剣を予備動作無しに偽トーカと偽マイカに向けて投げる。
2人は回避しようとしたようだが、2本の短剣はそれぞれの額に吸い込まれるように突き刺さった。
(トーカが転移しないってことはスキルはコピーされてない、マイカの動体視力で回避できないはずがないからPSもコピーされてない、頭に突き刺さって死んでないってことは中身は多分ただの肉で急所はない。とりあえずはこんなところかな)
と、いきなり短剣を投げつけてきたことがお気に召さなかったのか、偽者6人がロンチーノに突撃してくる。
偽コロナの叩き潰し、偽トーカの蹴り、偽マイカの突きを彼は半歩下がっただけで回避し、そのままの勢いで身体を回転させた回し蹴りで3人を蹴り返す。翻筋斗打って飛んでいった3人は後続の3人と衝突すると、壁際まで転がっていった。
「んー、なんていうか……ぬるいなぁ」
そう、ぬるいのだ。スキルのないマイカ、ラピス、ぺぺ、ロンチーノはただの人であるし、トーカも輪郭が捉えづらいだけで実質はただの人である。コロナだけはスキルが無くても大差ないが……
「アイツの厄介さはその無駄に高性能な頭なんだ、AIごときに真似できるわけないでしょ? かかってきなよ、ひとつひとつ丁寧に潰してあげるから」
爪上蓮、22歳。
嫌いなもの:自称ファンによる出来の悪い猿真似。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
その頃……
「なんかロンチーノさんに貶された気がする」
「……気のせい、目の前の戦いに、集中して」
「あとなんか臭いこと言ってなかった?」
「……録音、しといた」
「やったぜ」
大概外道な2人であった。
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