万を越える妄執とただ一つの願い12
「マイカ、ちょっと耳貸して」
「……ん」
頭を突き出してきたマイカの耳に手を当て、あることを伝えます。
「……マジ?」
「まじまじ、後でトーカとラピスにも伝えといて」
「……りょーかい」
私とマイカは軽く頷き合うと、左右に散開して腐肉の激流を回避。
エイブラハムは一瞬迷った後、重い攻撃を2回も食らわしたマイカを優先すると決めたのか、マイカの方に向き直ります。
ほほーん、軽んじられるのは嫌いなんですが……
「序列変更を要求するっ!」(意訳:こっちを向け)
バゴォン!
「っ!!?!!??」
私の右足が蜘蛛のお尻を蹴りつけると、肥大化しているわけでもないのに鉄板をブチ抜くような音とともに腐肉が大きく陥没します。
これまでは攻撃の度に態々肥大化を使っていた私ですが、正直言って取り回しが悪く不便でした。そこで体積をそのままに質量だけ増やせないかと思い試行錯誤してみたところ……これが思いの外あっさり成功。
結果、一点に数百キロの重さを叩きつけるとんでもな一撃が生まれました。
流石のエイブラハムも今のはコタえたのか、放とうとしていた肉腐吹を中断して私にも注意を向け……
ミシッ、メリメリメリメリ……(陥没部分が盛り上がる音)
ブチブチブチグチャア……(盛り上がった腐肉を突き破り、頭と腕が生えてくる音)
パチッ、グバァ……(生えてきた第2の人間部分が目を開き、私の姿を捉えて裂けるように口を開く音)
「……」
「……」
「は、はろー。イメチェンしましたか?前の方が似合って……
「〈肉腐吹〉〈肉腐吹〉〈肉腐吹〉〈肉腐吹〉」
「だぁーっ、渾身のイメチェンにダメ出しして悪かったですって! ほっ! 謝りますから! はっ! だから連射やめてぇ! にょっ!」
本人的にはキマってるイメチェンを一蹴(いっしゅう)したのが悪かったのか、それともお尻を一蹴(ひとけり)したのが悪かったのか。
恐らく後者でしょうが怒り狂ったエイブラハムは私に腐肉を連射してきました。
「……コロナめ、やってくれる」
「……私が悪いの!?」
エイブラハムを挟んで向こう側からマイカの文句が飛んできます。ちくせう、私は悪くないのに……。
「ともあれマイカ、作戦に変更は無いからね」
「……分かってる」
さて、ではリソース削りといきましょうか。今の一撃の感じからして……5400秒くらいですね。
……え、1時間半?
そこから、地獄の時間が始まりました。
1発でも食らえば即死のクソゲー。私とマイカはただひたすらに人間性を削ぎ落として回避し、心を殺して攻撃しました。
それでも何度かトーカとラピスのお世話になりましたが。
「ゼェ……ゼェ……」
「……つか、れた」
これ絶対参加人数間違えてますよね。冷静に考えなくてもリンカーネーションモンスターの最終形態のリソースを2人で削りきるとか頭悪いです。
「トーカ、転移回数は?」
「あと1回!」
「ラピス、蘇生は?」
「ごめんなさい、もう0です!」
2人から予定通りの答えがかえってきます。ぺぺさんとロンチーノさんは、っと……
「……」
ぺぺさんはMP切れで置物なので隅にいますが、私の視線に気づくと飲み物を持った手とは反対の手を呑気に振ってきました。
ロンチーノさんは私の偽者を重点的にボコボコにしています。
「……コロナ、それは後」
「んぐっ、そう、だね。フフフフフ……」
「……くわばらくわばら」
思わず手が出るところでした。危ない危ない。
「んじゃ、いってくるよ」
「……ん、いってら」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
30000年を、正確に言うなら30037年を生きたエイブラハムにとって侵入者は珍しいものであり、忌々しいものであった。
大切な娘を守っていると言うのに、何故好奇心だけでここに来るのか。何故嘆願しても帰ってくれないのか。
今ではエイブラハム……「エイブラハム・ドートドーター」としての意識が浮上することはほとんどないが、意識を取り戻す度に毎回そう思っていた。
それでも。
それでも侵入者が入ってこられないよう入り口を完全に塞がず、外にヒントまで設置していたのは期待していたからかもしれない。
いつか自分が朽ち果ててしまった時、娘を任せられるような人物が現れることを。
そして30037年目。
見込みのある人間達がやってきた。男女6人で自身をここまで追い詰めた。数千年ぶりに心が動いた。期待が膨らんだ。
だから。
だからこそ、いま正面から分身して突撃してくるだけの少女への失望は大きかった。
分身を使っての奇襲も、転移を使っての奇襲も既に見た。同じ手に何度も引っかかると思われているなら心外だ。
そもそも残り蘇生0回、転移1回では実行できないことも分かっている。
しかも今回の突撃には本体も加わっている。本体がやられては終わりでは無いか。目で追えないとでも思ったのか。
エイブラハムは失望して腕を振るう。それだけで少女の本体は吹き飛び、バラバラになった。
途端、分身も溶けるようにして形を崩し、玉蟲色の塊になって地面に落ちる。
呆気ない。やはり人間に期待するだけ無駄だった───
その時。
「おや、余所見していてもいいので?」
聞こえないはずの声が、背後から聞こえてきた。
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