1-④
葬儀から一週間後の日曜日。
昼前まで二度寝を繰り返してから居間へ行くと、うちのお母さんと
伶子さんはお母さんのお姉さんで、つまり私の伯母さんだ。私が小二のころに離婚して以来、同じ町内に住んでいて、家族間の交流も盛んだ。
私が菜々子と親しくなったのも、お母さんにおやつを持たされ菜々子の家に上がりこんでいたからだ。もっとも、当時の私はお母さんの目が届かない場所でのびのびと携帯ゲームをしたかっただけで、同い年のいとこに関心があるわけではなかった。おかげで、両親が離散して塞ぎこんでいたはずの菜々子に「なにしに来てんの!?」とクッションを投げつけられたりもした。
「
私が冷蔵庫から牛乳パックを取り出していると、お母さんが空の香典袋を片付けながら訊いてきた。
私は「青井?」と問い返した。
「なんで?」
――三原じゃなくて?
そう口走りそうになって、咳きこんだふりをしてごまかす。
親たちは菜々子が三原と恋人同士だったことを知らないはずだ。三原の名前は出さないほうがいいに違いない。特に、伶子さんに知られるのはまずい気がした。
「青井くんね、連名でもないのにお香典を二万円も包んでくれたの」
お母さんはやけに立派な香典袋を床から拾い上げると、「だから気になっちゃって」と私に向かってひらひらと振ってくる。
「親が持たせてくれたんじゃないの? 学校のそばに住んでるらしいし、お金持ちなんでしょ」
私はグラスに牛乳を注ぎながら答えた。お母さんの目の前でパックに口を付けて牛乳を飲んだら、さすがに怒られる。
お母さんは芳名帳をめくり、「あら、ほんと」と手を止めた。
「住所が葉山町だわ。字もきれいだし……育ちがいいんでしょうねぇ」
うっとりとうなずくお母さんに、私はなんて言えばいいのかわからなかった。
「聖良は青井くんと仲いいの?」
お母さんがきらきらとした目で問いかけてくる。
私は「どうだなんだろ」と首をひねった。
「会ったら挨拶はするけど……。青井はわりとだれとでも仲いいし」
「どんな子なの?」
「明るいというか、ちょっとうざい」
青井についてあたりさわりのない評価をしようとしたら、なぜか悪口のようになってしまった。かといって、青井が挨拶代わりに告白してくるような人間で、私はそれを右から左に流しているとは口が裂けても言えない。お母さんに「情緒の発達が遅れてるのかしら……」とまた心配されかねなかった。
私は牛乳を一気飲みして、親には伝えづらい情報を胃の底に流しこむ。口周りについた牛乳を手の甲でぬぐっていると、お母さんが「豪快ねぇ」と苦笑した。
「ああ、そうだ」
私が二杯目の牛乳を飲んでいると、今まで無言で作業していた伶子さんが唐突に声を上げた。やつれたせいで鋭さを増した三白眼が、私を射貫く。黒目がちでふっくらとした頬の菜々子とは、まったく似ていない。まっすぐでさらさらとした髪質しか、菜々子には遺伝しなかったようだ。
「聖良ちゃん、あとでうちに来てくれる? 菜々子の部屋を整理する前に、使えそうなものがないか見てほしいの」
「私、ですか?」
「聖良ちゃんの他に、だれに声をかけていいのかわからなくて。菜々子が家に友だちを連れてきても、私は仕事でいなかったし……」
伶子さんが語尾をにごした。平坦にしゃべるひとだからこそ、感情の乱れがわかりやすい。
私はすぐには応えずに、伶子さんを見澄ました。
もしかすると、形見分けはただの口実で、実際はなにか私とふたりきりで話したいことがあるのかもしれない。伶子さんは実の娘と向き合うのが苦手だったようで――中学のころまでは、菜々子がふだんどう過ごしているのか、学校でなにがあったのかよく訊かれたし、私もすらすらと答えられた。
でも、今はもう無理だ。私は菜々子から逃げ出してしまった。高校生の菜々子について、なにも知らない。伶子さんだって、とっくに気づいているはずなのに。
「聖良?」
黙りこんでいると、お母さんが怪訝そうに口を挟んできた。
私は詮索されたくなくて、伶子さんに向かって「わかりました、行きます」とうなずいた。
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