ドライな彼女を無視しすぎたら、ヤンデレになっちゃいました。

黒瀬環

勘違いから始まる恋愛事情

 誠治:『花蓮、久しぶりに日曜日出かけない?』


 ピロン。


 花蓮:『ごめん、友達と遊ぶ予定入ってる』


 誠治:『そっか。じゃあ来週の日曜日はどう?』


 ピロン。


 花蓮:『ごめんその日も』


「……まじかよ」


 スマホの画面が暗転するまで見つめていた指先が、じんわり汗ばんでいる。

 彼女であるの花蓮が、ここ最近とても冷たい。というか、俺という存在に興味がないように思える。


 LiMEのやり取りもこの通り素っ気ない。ひどい日は、一日に一回返事が来れば良いほうだ。

 夫婦みたいに長く付き合ってるならまだしも、俺と花蓮はまだ三ヶ月。喧嘩なんて一度もしてない……はずだ。何か地雷を踏んだ覚えもない。なのに、どうしてこうなってるのか全くわからない。


 理由が見えないから、とりあえず一度ちゃんと会って話がしたい。


『今月はいつ頃空いてる?』


 送信してからスマホを伏せる。

 返事を待つ時間って、なんでこんな遅く感じるんだろう。


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 一時間経過。


 通知は、来ない。


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 深夜一時。


 枕元でピロン、と音が弾ける。


「……ん、花蓮か。返信するのに時間かかりすぎじゃないか?」


 画面を開く指が、ほんの少し震えた。


 花蓮:『ちょっとまだわかんないなー』


 ……ここまで待って、これか。


 “わからない”って、どういう意味だ。

 友達との予定はピンポイントで決められるのに、俺との予定だけは霧扱いかよ。


 俺、なんかしたか?

 嫌われるようなこと言ったか?

 他に誰か好きなやつができたとか──いや、でも、もしそうなら言ってくれたほうがまだマシだ。


 モヤッとしたものを抱えたまま、布団に潜り込む。

 気温はちょうどいい。暑くも寒くもない“人間にやさしい気温”だというのに、意識が落ちるまでにやたら時間がかかった。


 ***


 日曜日。特に用事もなかったので、俺は一人で渋谷に繰り出した。家にいても考え込むだけだから、歩いてたほうがマシだと思った。


 最近は“Youtuberの街”って呼ばれてるせいか、どこで撮影してるかもわからない。勝手に映り込むのも嫌だから、マスクだけはガチ装備。あと、渋谷の空気とか排気ガスって身体によくなさそうだしな。

 いや、YouTube撮影するのはいいけどさ──モザイク処理くらいしてくれ。編集大変なのはわかるが。


 書店に寄ったり服を見たりして、ようやく少し気持ちが散った頃。まだ時間あるし、一人映画でも観るかと映画館の前に足を向けた、その瞬間だった。


 視界の端に入った人影に、心臓がバクンと跳ねた。


 花蓮だった。

 しかも──知らない男と二人きりで、映画館から出てくるところだった。


 横を歩く男の顔はよく見えない。でも花蓮は、俺がしばらく見てないくらいの太陽みたいな笑顔を浮かべていた。


「……はは。なんだよ、そういうことかよ」


 喉の奥が、笑ったのか軋んだのか自分でもわからない音を出す。映画を観る気なんて一瞬で吹き飛んだ。


 そのままとぼとぼ帰路につき、気づけば自宅のベッドに倒れ込んでいたらしい。天井のシミがいつもより濃く見える。


「考えてみたら……付き合って一ヶ月くらいしてから、あんまり笑わなくなってたもんな……」


 死んだ親父が言っていた。女は気まぐれな生き物だって。

 もしかしたら、花蓮は“付き合うまで”が楽しいタイプなんだろう。目的を果たしたら、恋は始まりであり同時に終わりになる──そういうやつ。


 ネットでも見た。今どきそういう人、珍しくないって。

 学生時代の恋愛なんて“将来のための社会勉強”。本戦前の練習みたいなもので、終わったら次へ行くだけ。


 確かに、学生カップルの九割以上は別れるって話も聞いたことがある。


 でも俺は──たとえ拙くても、一度付き合ったなら真剣に向き合いたい。

 そういう古い考えを持ってる俺には、この時代の恋愛は向いてないのかもしれない。


「俺みたいな考え方のやつは、この時代、流行らないんだろうなあ……」


 今日の出来事が何より証明している。


 俺は恋愛敗者だ。


 正直、今さら花蓮と関係を取り戻そうなんて気にはなれない。

 浮気は絶対に許せない性分だし、見なかったことにする器用さも持ち合わせてない。


 でも、完全に嫌いにもなりきれない。

 なんとも矛盾した感情だけが胸にへばりつく。


「明日、学校……行きたくねえ……」


 階下から母さんの声が聞こえる。多分、晩飯ができたんだろう。

 せっかく作ってくれたのに、食べないわけにはいかない。でも、この顔を家族に見せたくなかった。


 気持ちが落ち着くまで待とう──そう思ったはずなのに、いつの間にか意識が闇に落ちていた。













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