境界線×影次、咆哮

 『ジェンツーガバメント』の思わぬ横槍が入った事で自信を持ち始めていた『木葉坂夢幻堂』の面々もすっかり塞ぎ込んでしまった。

正直あちらの言っている事は何一つ間違っていないので影次も励ましの言葉が見つからない。



「くそ、あいつら言い返せない事ばっかり言いやがって……」


「正論なんて誰も求めて無いんだよチクショウ……」


「はいはい、あの程度の言葉の暴力に屈しない。ほら、そろそろ稽古を再開しますよ」



 へこたれ、項垂れている劇団員たちに向かって手を叩きながら大声で鼓舞する影次。だがギンを始め劇団員たちは口々に午後からは本業があるので時間が取れないと言い出した。



「午後からは広場で屋台も出すのでそろそろ店に戻らないと……。なぁショウフク」


「ごんす」


「あの……私たちも祭典中は露店を出しているので……」


「あたしたちがいないとパパとママだけじゃ回せないからさ。悪いとは思うけど」


「ごめんなさい。また明日の午前中にお願いしますねー」



 そう言われてしまうと影次としても引き留める事は出来ないので、今日の稽古はこれでお開きとなった。

 『木葉坂夢幻堂』の面々が家業のために街へと戻っていき、空き地には影次とマシロ、サトラだけがぽつんと取り残されてしまった。



「……エイジの言う問題というのが何となく分かった気がするな」


「あの人たちは本気で勝つつもりがあるんでしょうか」


「それ以前に公演自体成功しないだろうな。……いや、公演出来るかどうかすら怪しいか」


「このままではとてもじゃないが駄目だろう。無理にでも今は練習するべきじゃあないのか?」



 サトラの意見は至極もっともだ。ただでさえ本番までたったの数日しかないのだ、残された時間を寝食も惜しんで稽古に費やしたとしても足りないと言うのに、その上彼らは本業を優先するので更に稽古に使える時間が無いのだ。



「せめてお祭りの間だけでもお仕事より芝居の練習を優先しろ、とは言わないんですか?」


「言いたいのは山々なんだけど、行きずりの助っ人でしかない俺がそこまで口を挟むべきかとも思うしなぁ……」


「またそんな事を……。エイジの悪い癖だぞ」



 異世界人である影次。今でこそ随分とサトラやマシロたちとも打ち解けたものの、あくまでそれは付き合いの長さによるものであり異世界への干渉・・・・・・・という点については未だにずっと距離感を測り兼ねているのはサトラたちも気付いていた。

気付いているからこそ、そんな影次の態度に少し失望してしまうし呆れもしてしまう。



「こっちの世界に来て君も随分と経つんだ。別に悪戯に異世界の知識や技術を振り撒いている訳でも無いんだ。そんな風に気にする必要も無いと思うぞ」


「と言うか、いつまで余所者気取りなんですか図々しい」


「そうは言っても俺は実際この世界にとっては余所者な訳で……って図々しいまで言うか!?」


「図々しいが嫌なら厚かましいです。自惚れです。もう誰もエイジが余所者だなんて思ってませんよ。あなたが勝手に周りに線引きしているだけじゃないですか」


「ま、まぁマシロの言い方もちょっとキツ過ぎるとは思うが……私も概ね同意見だ。いいじゃないか、思うように首を突っ込んでしまって」


「サトラまで……いや、でも……そうか」



 二人にそう言われてエイジも改めて今までの自身の言動を振り返り……随分と世話になっているこの二人に対してさえ、何処かでまだ距離を取っている節がある事に気付き反省する。



「ごめん。ちょっと子供っぽかったな。確かにいつまでも客人気取りは失礼だよな。……よし、俺ちょっとみんなと話して来るよ。今はとにかく練習しないと話にもならないからな」


「ああ、君のやりたいようにするといい。演劇これは君の本職なんだろう?」


「ほら、稽古する時間がどんどん無くなりますよ? さっさと行った行った」


「悪い。じゃあ今回は好き勝手に首突っ込ませて貰うな。……ありがとう」



 仕事に戻っていったギンたちを説得しに街へと走る影次。駆けていくその後姿を見送り、サトラとマシロもその後からジェンツーの街へと戻るべく歩き出す。



「そう言えばマシロ。今回君が『木葉坂夢幻堂』の手伝いをと勧めたのは……もしやエイジ自身のためか?」


「元の世界に戻るつもりが無いのならこちらの世界で彼自身のやりたい事を見つけられたら……と思ったんですが。余計なお節介をしてしまったんでしょうか」



 元の世界で役者をしていたと言う影次の過去をサトラたちより前に一人聞いていたマシロは偶然関わり合いになったこの街の劇団同士のいざこざに意図的に影次を関与させた事を暗に白状する。


 元々役者だったのならこちらの世界でも影次は役者をしたいのではないか。舞台に立ちたいと思っているのではないか。そう思ったからだ。



(何と言うか、この子もすっかりエイジに懐いて……いや、違うか)



 どちらかと言えば人見知りで中々他人に心を開かない性格であるマシロがこうして誰かの為を思って行動を起こすのは本当に珍しい。自分を慕ってくれている事はサトラ自身も気付いていたが最近のマシロは何かと影次にべったりな感じがする。



「しかしマシロ。もしエイジがこの街で舞台役者をしたい、なんて言い出したらどうする気だ? 私は……当然エイジの意思を尊重するつもりだが」


「わ、私だってもちろん……お、応援しますよ?」


「そこまでは考えて無かったんだな」









「確かに稽古しなきゃいけないとは思いますけど……でも仕事もありますし」


「ごんす」


「しょうがないじゃない! 祭典中はどこも書き入れ時なんだから!」


「ご、ごめんなさいすいません申し訳ありません……」


「練習する時間が足りないのはわかってるんですけどー」


「いらっしゃいま……って何だ君か。……見ての通り僕は今忙しいんだ後にして……ごめんなさいすぐ行きます」




 一旦解散した『木葉坂夢幻堂』の団員一人一人の職場に行き再度彼らを集めてきた影次。

当然、全員仕事中に強引に連れ出されて文句の声を上げるがその度に影次に睨まれ、しょぼんと肩を落として大人しくなっていく。


 そんな中、足を痛めて家業を手伝う事も出来ない劇団長のギンが委縮させられた仲間たちに代わり影次に呼び出した理由を尋ねるとこれまでずっと一時のお手伝い・・・・・・・に徹して彼らの事情に深入りしないように努めていた影次の口から開口一番、『木葉坂夢幻堂』への不平不満を爆発させた。



「あんたらやる気あるのか!!」



 それまでどちらかと言えば大人しい、物静かな印象だった影次に突然怒鳴られギンたち一同が体をビクッ、と大きく震わせる。彼らにも彼らなりの言い分はあるといった顔だったが、そんな事はお構いなしと影次は怒気の籠った声で、続ける。



「本業は確かに大事だろうけど今は劇団存続の危機なんだろ!? 優先順位を考えろ!!」



 影次の怒号に『木葉坂夢幻堂』の団員たちが益々委縮していく。それもその筈、言い返す言葉も無いのだから仕方がない。本人たちも内心本業を言い訳に逃げていた自覚があったで何も言えないのかもしれないが、それはそれで猶更始末が悪い。

唯一気の強いセンコが上ずった声で強がりながらも影次に向かって反論しようとしたが……。



「そ、そこまで部外者のあんたに指図される云われは無いわよ!」



「部外者にこんな事言わせてるのがおかしいんだよ!! やる気も無いくせに勝負に勝ちたい? 負けたくない? 劇団を無くしたくない? なめてんのかお前らぁ!!」



「ひ、ひぃぃっ……!」



「ご、ごめんなさいー!」



 思わず反射的に平謝りするテンコとタマモ。反論に出たセンコも何も言い返せず悔しそうに涙を溜めた目で睨むのが精一杯だ。

 ムジナを始めとした男性陣に至っては横一列に並んできちっと正座して影次からのお説教を泣きそうな顔を浮かべて聞いている有様だ。



「口先ばっかりで努力しようともしない。あんたらにとってこの劇団ってそんな程度のものって事か? 無くなったら無くなったらでまぁいいか、って笑って済ませるくらいのものってことか? そりゃあ確かに劇団なんて無くなってもあんたたちは本職があるんだから生きていくには何の問題も無いしな。だったら今すぐこの場で解散したって別に困らないだろ。違うか?」


「そ、そんな訳無いだろ! 僕たちにとってこの『木葉坂夢幻堂』は掛け替えのないものなんだ! 無くなってもいいなんて思う訳が無いだろ!」


「そうだそうだ! 何も知らないで勝手なことを言わないでください!」


「ごんす!!」


「ば、ばーか!」


「掛け替えのないものなら大事なものなら本気で守れよ! 本当に大事だって思うなら何に替えても守ろうとしろよ! 『ジェンツーガバメント』には勝てないって内心最初から諦めてるのが見え見えなんだよ!! 熱意も無ければ覚悟も無い……おままごと・・・・・の範疇で済ませているならどうでもいいけど一人前に劇団を名乗るつもりなら舞台に敬意を払え! あんたたちみたいなのが役者を、劇団を名乗るのはただの冒涜だ!」



 溜まっていたものを、言いたかった事を一通りぶちまけると普段の落ち着きを取り戻していく影次。異世界に来て以来ここまで感情を爆発させたのは初めてかもしれない。ずっと腹の底に渦巻いていた淀みのようなものが晴らされた気分で、ちょっとすっきりした。



「……すいません。乱暴な言い方をしてしまって」



 気が付けば劇団員の大半がベソをかいてしまっている。つい熱くなってしまい口が過ぎた事について頭を下げるが謝るのはあくまで乱暴な物言いをした事についてだけだ。言い過ぎたとは思っていないし、むしろこの程度でもまだ言い足りないのだが流石にこれくらいに留めておく。

 ああ、とうとうセンコまで大声で泣き出してしまった。



「正直、本気でこの劇団を続けていこうというつもりがあなた方にあるとは思えないんです。自分たちだけで楽しくお芝居している分には誰も文句は言いませんよ。

……でもあなた達は舞台に立つんだ。観客たちもわざわざ足を運んで芝居を観に来てくれるんです。そんな彼らの貴重な時間をろくに稽古もしていない、する気もない連中のごっこ遊びでドブに捨てさせるんですか?」



 今度は落ち着いた口調で、穏やかなトーンで言ったつもりだったが言っている内容のきつさは先程よりむしろ悪化している節がある。

 『木葉坂夢幻堂』の面々はまるで教師にきつく叱られた子供のように全員完全に凹んでしまっており鼻を啜る音や嗚咽があちこちから聞こえてくる。



「本気で舞台に打ち込む気があるなら、役者として生きていく覚悟があるのなら俺はいくらでも協力します。でも仲間内のお遊びでやられているだけだというなら……元役者の端くれとしてあなた達のようなプロ意識もない甘ったれた連中に舞台に立って欲しくはないです」



 『ジェンツーガバメント』ほどの一流劇団が彼らに事ある毎に絡んでくるのも、要するにそういった辺りが問題なのだろう。

 本職プロの劇団である彼らからすれば『木葉坂夢幻堂』が自分たちと同じ劇団を名乗っている事そのものが許せないのだ。


 むしろやり方は乱暴すぎるものの、いちいちギンたちに至極ごもっともな叱責をしに来てくれている辺り見た目とは裏腹に物凄く良い人たちなのかもしれない。

 ……ボコボコにしてしまった事を今度謝りにいこう。



「……どうしますか? 散々言いたい放題言いましたけど決めるのはあなた達です」



 影次の問い掛けにもギンたちは俯き黙り込んだままだ。発破をかけたつもりだったが、もしかしたら完全に彼らの心をへし折ってしまったのだろうか。



「……俺は」



 影次がそう心配し始めているとギンが徐に顔を上げ……その拍子に痛めている足を捻ったのだろう、悶絶しながらも勢いよく立ち上がる。



「俺は……俺は何もしないままなんて嫌だ!! 確かに遊び感覚で始めた劇団かもしれない……けど『木葉坂夢幻堂』が無くなるなんて耐えられる訳無いじゃないか! そうだろ、みんな!!」


「……僕の脚本は完璧なんだ。そうさ、僕たちが本気を出せば負ける筈がない! 何たってこの天才脚本家である僕がついているんだから!」


「……わ、私も……折角みんなと作ったこの劇団が無くなってしまうのは……悲しい、です……」


「部外者にここまで言われっぱなしでいるなんて我慢できないわ。いいわよ、やってやるわよ! まずはアンタから見返してやるわ!」


「……うん、私も本気でやります。家の仕事はパパとママにお願いすれば多分大丈夫ですし」


「ごんす」


「ははっ! ショウフクがそこまで言うなんてなあ。……よし、いっちょ腹括ってやるとするか!!」


(今の三文字の中に一体何が)



 影次の心配を他所にどうやら『木葉坂夢幻堂』の面々の闘志に火がついたようだ。大切なこの劇団を守るために、今までのお遊び感覚でやっていた甘い考えを捨てたその目には確かに先ほどまでは感じなかった決意と覚悟の光が宿っている。

ちょっとだけ「単純だなこの人たち……」と思わなくも無いが。



「『木葉坂夢幻堂』!絶対勝つぞ!! 『ジェンツーガバメント』に目に物見せてやるぞ!!」



 高々と拳を突き上げ叫ぶギンに呼応するように他のメンバーたちも「おー!」と声を揃えて同じく腕を突き上げる。



(ま、少しは意識改革出来たかな)


「おお、なんだか見違えるようだな」



 『木葉坂夢幻堂』の面々の様子を静観していた影次の元に一足遅れて街に戻ってきたサトラとマシロが合流してきた。

 闘志に燃える劇団員たちの姿に二人とも驚いているような顔をしている。まぁ、ついさっきまであれだけウジウジしていた連中が人が変わったように雄叫びを上げているのだから無理もないだろう。



「やる気にはなったみたいだし、後は本番ギリギリまでひたすら稽古するだけだ。それでどこまでいけるどうか」


「いや、私が驚いているのはエイジがあんなにも熱く舞台役者としての気構えを説いている姿を見たからなんだが……」


「えっ?」



よく見るとサトラの後ろでマシロが小刻みに体を震わせている。……あ、これ笑いを堪えている?

 マシロと目が合うと手と首を横に振って「笑ってませんよ?」と否定するもののマシロの口元はずっとにやにやしっぱなしなのでバレバレだ。



「何だかちょっと安心したぞ。エイジ、君もあんな風にちゃんと感情を出せたんだな。いつも飄々としているから、てっきり喜怒哀楽をちゃんと表に出せないんじゃないかと心配していたんだぞ?」



 そう言って本当に嬉しそうな顔をして影次の肩を叩くサトラと、そんな彼女に更に吹き出してしまうマシロ。サトラの真っすぐな温かい眼差しとマシロが洩らす笑い声に恥ずかしさと憤りが同時に込み上がってくる。



「お、俺の事はどうでもいいんだよ今は! ほら、そろそろ稽古始めるから二人とも先に宿に戻って……いつまで笑ってんだマシロっ!!」


「エイジさん! ご指導よろしきお願いしますっ!!」


「ほ、ほら……呼んでますよ熱血コーチさん? ……ぷふっ」


「帰ったら覚えてろよコンニャロ」

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