魔術師マシロ×ダンジョン探索

 両手に木枠の枷を嵌められ前後にそれぞれ二名ずつの騎士団員に囲まれた状態で黒野影次はダンジョンを歩いていた。


 入口は岩場に開けられた大穴のようだったので当然その中もゴツゴツしたものかという影次の想像はすぐに破られることになった。



「…凄ぇ」



 異世界に飛ばされてから既に三つある月やら巨大なウサギモドキやら散々驚かされていた影次だったがダンジョン内部のこの幻想的な景色に思わず自然と感動の声が漏れ出した。


 壁も地面も淡く光っておりダンジョンの中はそれが天然の照明となっている。影次は試しに足元を靴底で軽く二、三度踏み締めてみるがその感触は岩というよりガラスに近い。


 その光景はダンジョンというよりは以前にテレビで見た海外の水晶洞窟を彷彿させ、辺り一面に輝きを放つ水晶のような岩に影次は素直に目と心を奪われてしまっていた。



「綺麗なところだな。これってどれくらいの価値があるんだ?」


「……まさか魔石も知らないとでも言うんですか?」


「知らないです」



 影次としては思ったままに答えただけだったのだが、どうやらその質問はこの世界ではダンジョンの存在よりもずっと当たり前の事だったらしい。目深に被った帽子から僅かに覗く銀髪少女の視線は益々冷淡なものになっていく。



「価値も何も、このダンジョンの魔石の質はせいぜい五等ランクといったところです。これなら野生動物が摂取しても魔獣化する心配も無いでしょう」


「勉強になります」


「ふん……白々しい」



 ぷい、と露骨に顔を背けると銀髪少女は「副隊長はもっと奥です。遅れないでください」と速足で歩き始める。



「……俺、随分嫌われてません?」


「自分がどれだけ怪しいか自覚が無いのか」



 思わず後ろを歩いていた騎士団員達に愚痴を零すと逆に呆れたような顔をされてしまった。



「あの娘も貴方達と同じ騎士団ですか? 見た感じあの子だけ浮いてるような気がするんですけど」



 甲冑姿の騎士達の中に一人だけローブ姿の少女がいるのは影次にとっては違和感でしか無い。だがその質問もこちらの世界では当たり前の事だったようだった。



「当たり前だ。彼女は魔術師学院から派遣された国家魔術師様だぞ」


「魔術師学院の序列十三位、マシロ・ビションフリーゼ様を知らんのかお前は」



 どうやらあの銀髪少女、マシロ・ビションフリーゼとはかなり有名な人物らしい。とは言え影次がそんな事を聞かされてもピンと来る筈も無く、一見ハロウィンの時期に見かけるコスプレ高校生くらいにしか思えない。いや…体格や体型からすると中学生だろうか?



「アルムゲートの男達の中じゃマシロ様かサトラ様かって話題で持ち切りだっていうのに。なぁ?」


「そうだそうだ。お前マシロ様にあんな態度取ってっと夜道歩けなくなるぞ」


「おお…それは怖い」



 アルムゲートというのはおそらく地名だろう。話の流れからして彼ら騎士団が駐在している町か村の名前だろうか。

影次はいつの間にか一緒に談笑し始めた騎士団員達とのやり取りの中から少しずつ自分が今置かれている状況に関する情報を拾おうとしていた。


別に決して手持無沙汰で暇だったので雑談したかった訳では無い。と、心の中で誰にともなく言い訳する。



「サトラっていうのは、あの金髪ロングの副隊長さんの事でいいのかな」


「そうだよサトラ副隊長。なんだ兄ちゃんサトラ様派か?」


「ハッ、見る目無いな。マシロ様のあの凍結魔法のような眼差しがたまんないんじゃないか」


「バッカヤロウ! サトラ様にこう、貴方は本当にどうしようもない人だな、って叱って頂くのがいいんだろうが!」


「いいや、お前は全然わかってねぇ!」


「お前こそ!」



 突然論争を開始した騎士団員達に挟まれ影次はそれぞれ互いの高尚な熱弁を左右から浴びる羽目になった。

正直、超絶どうでもいい。


 確かに両者とも美女だというのは異世界人である影次の目からも分かる。副隊長サトラは腰元まで届く長い金髪と凛とした立ち振る舞いが印象的な美人だ。影次は何となく頭の中で一流企業のやり手ビジネスウーマンといったイメージを浮かべてみた。


 対する魔術師マシロは肩口で切り揃えた艶やかな銀髪の美少女だ。若干釣り目気味な点とややサイズの大きいローブと帽子姿のアンバランスさが只でさえ歳若い彼女を実年齢以下に思わせてしまっている。影次は何となく頭の中で飼い主のクッションを占領する生意気な猫をイメージしていた。



「兄ちゃんアンタはどう思うよ!」


「そりゃもちろんサトラ様だよな!?」


「いやー俺にはちょっとレベルが高いかなーって」


「何を遊んでいるんですか!」



 いい感じに騎士団員達の高尚な論争がヒートアップしてきたところで噂の当人、マシロ嬢の怒りが爆発した。

曰く「凍結魔法のような眼差し」付きで。何故か片方の騎士が嬉しそうな顔をする。



「騎士団の者があろうことか任務中に談笑とは。しかも不審人物を交えて。調査任務とは言えだらしのない態度を取られていては困ります!」



「も、申し訳ありません!」


「ありがとうございます! あっ違う申し訳ありませんでした!」


(怖っ)


「この先がここの最深部のようです。副隊長達はとっくに到着している筈ですから私たちも急ぎますよ。…くれぐれも同じ事を注意させないでください」



 マシロはそう言って騎士団員二名に厳しく注意し、最後に何故か影次を一睨みしてまたすぐに先頭を歩き始める。



「あの子って騎士団の人間じゃないんですよね?」


「ああ…でも普通の魔術師じゃない。マシロ様は国家魔術師だからな」


「国家に認定された魔術師は騎士団で言えば一部隊長もしくは副隊長レベルの地位があるんだよ」


「魔術師が、騎士団でそんなに偉く?」


「そりゃあ魔術師学院と騎士団は昔から持ちつ持たれつだからな」


「逆に騎士団だって上級騎士ともなれば学院魔術師達に対してそれなりの権威を行使出来るしな」


(成程、警察と検察……いや違うか。まぁ何となく理解したわ)


「おっといけねぇ。おい急ぐぞ! また怒鳴られたら今度は処罰されちまうかもしれねぇ!」


「お叱りはご褒美だけど減俸だけは勘弁だぜ! ほら兄ちゃん行くぞ!」


「ちょっ、枷付いてるんだから押さないで!」







 懲りずに後ろで賑やかしくしている三人に対しマシロ・ビションフリーゼは思わず「はぁ…」と深い溜息を洩らした。


 彼女がこの騎士団第四部隊に配属されてからというもの、今回の調査任務を含めてもまだ5回も出動していない。それも大きくなりすぎた魔獣の群れの駆除だったり魔術の素養が高い団員達への簡単な訓練指導などばかり。


 元々アルムゲートの街は平和な街だ。傷害や窃盗などは偶に起こるものの大事件と呼べるような事件はマシロが赴任して来てからのここ半年は一度も起こっていない。


 平和なのは良い事に決まっている。当然だ。誰だって無用な危機など望んでいない。

だが、平和だからこそマシロは内心次第に焦りを抱き始めていた。


 マシロ・ビションフリーゼは魔術師学院の序列13位。これは最年少記録であり当然周囲もマシロはこのまま順調にエリートコースを歩んで行くものだと信じて疑わなかった。もちろん、当のマシロ本人ですら。


だが序列を認定されたその日のうちに彼女に下った辞令はここアルムゲートへの赴任だった。


 信じられなかった。騎士団への配属など本来序列認定された魔術師の受ける任では無い。他の序列持ちは学院で魔導の深淵に迫るべく研究に、鍛錬に勤しむものの筈だ。

それだと言うのに何故自分だけがこうして騎士団の一員として現場に足を運んでいるのか?



(なんて、理由はおおよそ見当が付きますけどね)



 どうせ自分の存在が気に入らないあの人達の差し金なのだろう。この序列は自分の力で勝ち取ったものだと言うのにそんなにも自分の事が目障りなのだろう。これも今に始まった事では無い。今更愚痴を零す気にもならない。


 そんな彼女の唯一の幸運は配属された先が、かの「騎士姫」サトラ・シェルパードのいる第四部隊だった事だった。

女性ながら男社会の騎士団の中で一部隊の副隊長にまで上り詰めた彼女の武勇は学院でも有名だったしマシロも子供の頃から聞かされていた。


 自分も彼女のような立派な女性になりたい。サトラの武勇伝にマシロ子供心にそう誓った。その尊敬の念は実際彼女の元に配属されてからも当然変わらない。ずっと敬愛していた相手の下で働く事が出来るのはマシロにとってこの辞令の唯一にして最高の幸運だった。


 だからこそ、どうしても焦りを感じてしまう。


 自覚こそ無かったもののマシロはこの時確かに願っていた。


 確かな手柄を。


 マシロ・ビションフリーゼという魔術師を認めさせるに値する結果を。


 そして何より敬愛するサトラがより上へと昇れるだけの成果を。


 その為にもまさかこんな簡単なお使いのような調査任務ごとき早急に片付けてしまわなければ。怪しい不審者などという思わぬトラブルもあったがこの程度の事で間違っても躓いてなどいられない。



(だと言うのに……っ!)



 取り合えずマシロは目玉焼きに何をかけるかで盛り上がっている後ろの三人をもう一度怒鳴りつけに行く事にした。







 王立騎士団第四部隊副隊長サトラ・シェルパード率いる調査隊は順調にダンジョンの奥へと進み続けていた。

内部のマッピング、トラップ類の有無の確認、生息している動植物の調査。初めて訪れるダンジョンにおいて調査隊の仕事は決して少なくない。



「特に害のある生物はいないようですね。群生している植物も森の中で見かけるものとほぼ同種のようです」


「魔獣の反応も感じられません。魔石の質を見ても低級のダンジョンである事は確かなようですね」


「油断は禁物だ。まだ奥に続いているんだぞ、結論を出すのは早急だと思うが?」



 危険な生物どころか先ほどから小さな虫やネズミくらいしか見かけないダンジョン調査に若干団員達が緩み始めたところでサトラの厳しい声がかかる。

失礼しました、と姿勢を正し調査に戻る団員達と入れ替わるようにして後ろの方から第四部隊に出向中の魔術師学院所属の国家魔術師マシロ・ビションフリーゼが追い付いてきた。



「申し訳ありませんサトラ副隊長。遅くなりました」


「ああ、彼の様子はどうだ?」


「どう、と言われてしまうとどう答えればいいのか」



 頭を抱えて溜息をつくマシロの更に後ろの方で先ほど森の中でサトラ達が拘束したエイジと名乗る不審者が拘束している団員二名と何やら談笑しながらのんびりと歩いてきている。



「なるほど」


「申し訳ありません。先程も何をしているのかと注意はしたのですが」



 頭を下げるマシロに対しサトラは気にするなと軽く肩を叩き、緊張感の欠片も無い影次の様子に怒る訳でも呆れる訳でもなく何故かうん、と小さく頷いた。



「うん、やはり彼が悪人だとは思えないな」


「サトラ副隊長!」


「そう怒るな。もちろん街に戻ったらちゃんと身元調査はするさ」



 口に出してしまってから軽率だったと後悔するが既に遅い。マシロに叱られてしまったサトラは首を竦めて慌てて弁明する。



「だがなマシロ。あくまで彼は怪しいというだけで連行させて貰っているだけなんだ。彼が何か良からぬ事をした、もしくはこれからするつもりだとしたらあんな態度を取っていられると思うか?」


「単に開き直っているだけだという事も考えられます。そもそも怪しいというだけと仰いますがいくら何でも怪しすぎます」



 マシロの意見も当然の事だ。見慣れぬ服装で、何故ここにいるのかもハッキリ答えられず語る名前も出身も聞いた事すら無い言葉ばかりだ。それなのに魔獣も魔石もダンジョンも知らないなどと言っている。

 はっきり言って怪しさグランプリでも開催されたら確実に賞を取れる逸材だろう。流石にそこまでは口には出さないが。


 人手が足りないから仕方なく連れてきた、なんていう強引な口実も影次を疑っているからこそだ。もしこのダンジョンを盗賊や野盗の類が根城にしているのであれば、その一味であろう影次を同行させれば仲間たちの元まで道案内をさせる事も彼の身柄を盾に降伏を迫る事も出来る。

 と、マシロは考えていたのだが、どうもサトラは単純に影次を森に残す事を心配して連れてきたようだ。



「サトラ様は人が良すぎです。ああしてヘラヘラしていても胸中で何を企んでいるのか分からないのですよ?」


「それを言うならマシロは少々人を信じなさすぎるぞ? 何事もまずは信用しなければ始まらないじゃあないか」


「信用した結果事件が起こってしまっては笑い話にもなりません」



 こんなやり取りはもう何度目だろう。マシロが騎士団に赴任してきてからまだ半年だが今ではすっかり二人のこのようなやり取りは第四部隊の名物になってしまった。

もちろん両者とも嫌い合っている訳では無い。むしろお互いに尊敬の念を抱いているからこそマシロはサトラの性善説思想を危惧しており、同じくサトラもマシロの必要以上に他者を警戒し寄せ付けない閉鎖的な態度を心配している。



「ふぅ、マシロもこちらに来てもう半年にもなるというのに。少し張り詰めすぎでは無いか?」


「学院と違って現場では少しの油断が命取りになります」


「マシロ。私には君が何かに追い立てられているように見えるぞ?」


「……焦っている訳ではありません」



 サトラが更にそれ以上言おうとしたところで先に進んでいた部下の一人がこちらに戻ってきた。



「報告します! 最深部と思われるポイントを発見!」


「思っていたより早く着いたな。それほど規模の大きくないダンジョンのようだな」


「ですが…どうにも妙なものがありまして…」


「妙なもの?」



 実際見て頂くのが早いかと、と報告に来た団員の先導の元サトラ達も最深部と思われる地点へと向かう。

分岐路も無い一本道を四、五分程歩いたところで一際大きく広い空間に到着した。



「……なるほど」


「確かに」


「こりゃ妙だ」



 サトラとマシロと影次が順に頷く。


 ダンジョンの最奥にあったもの。それは明らかに人為的に作られた大きな扉だった。

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