異世界×英雄 ~剣と魔法と変身ヒーロー~
シノミヤ
第一部・シンクレル王国編
序章×異界の英雄
シンクレル王国にある城門都市アルムゲートに駐在する王立騎士団第四部隊がこの事件に遭遇したのは単なる偶然だった。
その日ダンジョンに赴いたのも
魔族に遭遇したのも
そして、「彼」と出会った事も
本当に、只の偶然だった。
街近くの森の奥にダンジョンを発見したという住民からの知らせを受けて二十名の部下を連れて調査に向かった王立騎士団第四部隊副隊長サトラ・シェルパードは後にこの出来事をこう語った。
--私はおそらく生涯この日の事を忘れる事は無いだろう--
--私はおそらく生涯「彼」との出会いを忘れる事はないだろう--
「な、何なんだ……何なんだお前は……」
魔族が恐怖し、後ずさる姿も。
「一体何だというんだお前はァァア!! バケモノがァ!!」
魔族が放った獄炎をまるで埃を除けるかのように片手で払う「彼」の姿も。
「バケモノはどっちだ。鏡を見た事無いのか」
「彼」はそう不満気に……とは言え表情は読み取れないので声色から察してだが。不満気に漏らすと左手のブレスレットに右手を添え、埋め込まれている宝石のような装飾を指で押し込んだ。
次の瞬間、「彼」の右手が紅蓮の炎に包まれる。燃えさかる炎はその拳を
つい今し方「彼」に炎を放った魔族の顔が引き攣る。後ろにじりじりと下がる足は止まらず今にも悲鳴すら上げてしまいそうな様子だ。
信じられない。魔族が恐怖し脅えているというのだろうか。人々に絶望と恐怖をまき散らす存在である筈の魔族が。
自慢の術も炎も爪も通用しない全くの未知の「敵」。魔族の胸中に今渦巻いているもの、皮肉にもそれはまさにあの魔族がこれまで数多の人間達に与えてきたものなのだろう。
得体のしれない敵を前にした魔族のあの表情は確かに紛れもなく、激しい恐怖に染まっていた。
「ヒィッ……!」
右腕を赤く燃え上がらせる「彼」に対して魔族は翼を広げ飛び上がる。
天井を突き破ってこの場から逃げ出そうという魂胆なのだろう。
とうとう魔族の誇りもかなぐり捨ててその口から惨めに悲鳴を上げ、自分の前に立ち塞がる脅威から一刻も早く逃げ去ろうとしている。
「逃がすかよ」
「彼」が拳を振りかぶる。
「く、来るな……! 来るなァァァア!」
右拳に纏った炎が凝縮していき、
「来るなァァァァァァァァアアアッ!!」
ダンジョンに響く魔族の悲鳴。数多の人間を虐殺してきた魔族の悲痛な叫びが辺りに反響する。
次の瞬間、「彼」が真上目掛けて突き上げた拳から放たれた炎の柱が今まさに魔族が破ろうとしていた固く分厚い岩盤の天井ごと魔族を飲み込み……その勢いはダンジョンの天井にまで届き頑強な岩壁がまるでバターのように融解し、数秒もしないうちに天井を完全に貫いた。
ダンジョン中に地響きが鳴り、真上からバラバラと細かな岩石が降り注ぐ。天をも穿つような紅蓮の柱は飛び散った瓦礫をも焼き尽くしてからゆっくりと霧散していった。
魔族は悲鳴を上げることすら無く、跡形も無く消し飛んだ。まるで最初からそこには誰もいなかったかのように、成す術も無く、文字通りに消え去っていた。
「
残されたのは炎拳の余波でポッカリと空けられた天井の大穴と、そして何一つとして理解が追い付かない私たちだけだ。
「君は……」
大きく穴が開いた天井から刺す陽光に照らされる「彼」の姿は。純粋に美しかった。
夜の帳を縫い付けたかのような漆黒の甲冑。獰猛な獣を彷彿させる兜の形状。獣の尾のように揺れる真紅の腰布。
禍々しいまでの力で魔族を葬った「彼」に、私は畏怖を覚えるよりも何故かその姿を美しいとすら感じていた。
理屈も、理解も、その瞬間私の頭の中にはもはや無かった。
圧倒的な力を誇り人々を長年苦しめていた魔族を、それを超える圧倒的な力で葬り去ったその姿に、私はこの時この瞬間確かに目を、心を奪われていた。
「君は……一体何なんだ……?」
魔族が答えを聞く事の無かったその問いに「彼」がゆっくりとこちらに振り返る。
獣の牙のような形の真っ赤な瞳を輝かせ、ダンジョンに刺す光の中で「彼」はこう名乗った。
-「正義の
--私は、おそらく生涯この出会いを忘れる事は無いでしょう。--
城門都市アルムゲートに駐在する王立騎士団第四部隊に出向していた魔術師学院所属魔術師マシロ・ビションフリーゼはこの事件を後にこう語った。
これが私と「彼」、異世界の
今思い返せば全てはここから始まったのでしょう。「彼」と出会ったこの日が。
あまりにも鮮烈なこの出会いが、これから起こる数々の大事件のほんの小さな序章に過ぎない事だったなんて
当時の私はまだ知る由もありませんでした。
「彼」が何故この世界に来たのかも。
「彼」がこの世界に何をもたらすのかも。
この時の私はまだ、何一つ知りませんでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます