逆境スタート

 

 とある場所

 屋上



『……お前は何してるんだ。』


 思わず口にしていた。


『いえ、やることはやったのであなたを探していました。この私が。』


 空からモウィスが赤い羽根をしまい、フェルゴールのそばに降り立った。


『やることは最低限やったと思いますよ……この私は。』

『これからだろう……全く。』

『頃合い見計らって行きますよ。この私が。』


 自分の仕事ぶりをふりかえって頷くモウィスに対して、呆れるフェルゴール。

 するとモウィスは突然、大袈裟に何かを思い出したような反応を見せた。


『ああ、そうだ。なんにせよ、聞きたいことがありましてねえ……この私が。』

『なんだ。』


 意味ありげに問うモウィスに対し、怪訝に思うフェルゴール。


『どう思うのですか?人間と人間だったデベルクが戦う様を見て。貴方は。』


 しかしその思いは、モウィスのこの質問により、呆気に取られるのであった。


『アハハっ……!』

『っ……?』

『ハハ……笑わせないでくれよ。任務中だ、モウィス。』

『どうしたんです?貴方……』


『愚問ってやつだな、それは。』


 フェルゴールが答えを告げた時、モウィスはあるはずのない怯えを感じたのである。


『どうでもいい。』


 モウィスは間違った興味ことを聞いてしまったのかもしれない。

 だが彼の怒りの……いや、彼の素性の一端を垣間見た気がした。


(初めて使ったわ……愚問なんて言葉。さて、)


 そんなことを思いながら、フェルゴールはペヅマウと対峙したガーディアンズを眺めながら呟いた。


『どう動くか……』


 眼下には、ペヅマウと遭遇したガーディアンズがいた。



 ♢♢♢



 数分前


「さて……敵は二体、空に一体。上手く戦力を別けたいが、三つに別けても片方が……」


 一小隊だけになってしまう……そう京極が言おうとしたその時である。


「いや。」


 言葉の先を言おうとしていた京極を沢渡さえぎった。


第一小隊おれたちが行こう。」

「沢渡……」

「元々そういう役目だろう。第一小隊は。」


 出撃用バイクに乗り、用意しながら話す沢渡。口を噤んでしまった京極であったが、第一小隊としては至極当然のことであった。


 第一小隊は先鋒部隊のため敵の殲滅、そこからさらに生き残ることを想定されて組まれている全てにおいてなのだ。


 それならば、隊長達全員で組めばいいという声も上がりそうだが、そうでは無い。

 率いる者、上に立つ者、前を進む者が戦闘面でも、経験面でも弱ければ弱い場合、その部下が安心して、信頼して命を預けられるというものである。

 例えその強さと信頼があっても命を失う者が出てしまう世界だ。そんな中で経験や強さの無い者が隊を率いてしまうと……不満と歪みが生まれ、信頼が生まれない。

 ましてや不平不満を部下にぶつけたり、他人にハラスメントをしたり、責任を部下に押し付けるような人物など以ての外である。

 なぜあいつが隊長なんだと。なぜあいつが自分より上なんだと。なぜあいつが自分より強いと判断されたのだと。自分の方が相応しいと思う者もいるだろう。

 生きるか死ぬかの世界で、そんなこと言うな、そんな奴いるわけが無いと言いたいが……そんな奴がいるのもまた事実。

 だからこそ経験や強さを用いて隊を率いる者がいなければ"隊"として弱く、脆い。

 だからこそ、実力ある隊長達がバラけてそれぞれの小隊を率いているのだが……


 それ抜きにしても第一小隊は強い。

 個々としての実力も高い上に、なによりガーディアンズの一、二を争うガーディアンがもいる時点で第一小隊は他小隊と比べて強いのだ。


「芹澤。ここから先はお前が今までやって来たこととは全く別次元のことをやってもらうことになる。死ぬ危険性も高い。その状況で着いてきてもらわなければ困るんだが……まあ、仕事だ。断るなら今だが、どうする。」


 沢渡が芹澤に問いかける。

 その問いにどう答えるのかを、彼の部下の日比野と周防も見守っていた。


「俺は……」


 芹澤は自ずと手のひらを見た。

 そして、その手をギュッと力強く握りしめると、祈るように目を瞑った。

 やがて目を開き、決意したように沢渡を見据えたのだった。


「行きます。行かせてください。」


 そう言って芹澤は出撃用バイクに乗り込んだ。

 その様子を見て安心したように前を向く日比野。ニッと笑みを浮かべた周防。

 そしてフゥーっと息を吐き、顔つきがいっそう険しくなった沢渡が口を開いた。


「命令だ。命を粗末にするな。以上、生きて帰るぞ。」


「「「はい!」」」


 第一小隊の面々が返事をすると、いっせいにアクセルを吹かす音が響いた。



 ♢♢♢



『緊急事態宣言が発令されました。外出している方は直ちに屋内に避難してください。』


 街中にそんな緊張感のないセリフがサイレンと共に響く。


「おいおい、こんなのだけで大丈夫か?」

「テレビやマスコミが来ないことをつくづく願いますよ……」

「……そこら辺の事情を分かってる奴が言うと説得力が違うな。」


 沢渡と日比野がそんなやり取りをしていると、通信機から発信が届いた。


『沢渡隊長!こちら小鳥遊!応答願います!』


「あー、こちら沢渡。ただいま上から聞いてた対応が予想だにしないものでびっくりしています、どーぞ。」


 間の抜けた声で応対する沢渡に対してムッとする小鳥遊だったがすぐにいつもの調子の砕けた声に戻った。


『そんなこと言ってる場合じゃないです!沢渡さん!』

「場所がわかったのか?」

『はい!まず一体は……』


「沢渡さん!前!前っ!」


 バイクの走る先に、何かが飛び出した。


「っ!」


 キキキィイイイイイイイ!


 慌てて第一小隊と同行する芹澤はブレーキをふみ、彼らの前に止まった。


 そこに居たのは怪人ではない。

 人間だった。



「あんたらがその怪人とかいうのを倒す奴らかい?」

「ホントは映画撮影とかじゃなく?」

「ちょっと話聞けませんかね?」


 ワラワラと記者が三人が沢渡の元へ話を聞こうと集まり、駆け寄った。


「あなた達なにしてるんだ!さっきの放送を聞いてなかったのか!?」


 芹澤の問いかけに、三人の内の一人が鼻で笑って答えた。


「いやいや、そんなのいちいち聞きます?そんなの気にしてたら、いいネタゲットできませんよぉ〜。」

「命とそんなくだらないもののどっちが大事なんだ!」

(こいつらもか。命を軽んじる馬鹿者は……!)


 怒りで拳が震える芹澤。

 沢渡はポンと芹澤の肩に手を置き、彼の前に出た。


「話があるなら私が聞きたいところですが、今はそれどころではありません。これは撮影でもなんでもありません。先程のアナウンスの通り、早く屋内に避難してください。それでは。行くぞ、お前ら。」


 そう言いきって、芹澤を連れてバイクに乗りアクセルを吹かすと記者の一人が日比野の元へ近づいた。

 記者はヘルメットのシールド越しにまじまじと日比野の顔を見た。



「ってやっぱり!ちょっとちょっと!天野 春希じゃん!」



「っ!」


 一言で言うなら「やってしまった」という表情。

 そんな沢渡の、記者達あいてに見せないように隠した表情を芹澤は垣間見た。

 対して日比野はなんのことか分からないといったような反応を示した。


「人違いじゃないですか?隊長さっさと行きましょ。」

「ちょっと!そうは行きませんよ〜。」


 そうやってバイクの前に立つ記者の様子を見て、露骨にため息を吐いた。


「どうして引退したんですか?」

「どうしてそんな格好を?」

「新しい映画ですか?それで復帰するということで?」


 それらを一蹴するように、強い語調で日比野は答えた。


「人違いです。仮に私が彼女だったとしても、もう引退した身です。プライベートには関わらないでいただきたいのですが。」

「いやいや、人違いのわけないでしょ。似た人がそう何人も--」


「あの、それ以上はやめてあげてください。」


 周防が日比野のそばにバイクを止めた。


「君なに?共演者?」

「同僚です。人の……ましてや女性のプライバシーを話すよう強要するなんて、デリカシーの欠片もないんですか?」

「言ったって無駄よ。」


 呆れながら言う日比野。


『ザッ……あ、あの……』

、変な記者が複数で絡んできて出現場所に行けねえ。状況はどうなってる。」


『それどころじゃないです!敵が、敵が近くにいます!』


 沢渡の元へ映像が送られた。


 速い。

 とにかく素早い動きをする。

 普通の人間であれば、目視出来ないほどに速かった。

 つむじ風のように通り過ぎ去った後、建物には爪で切り裂かれたような跡がつく。幸いにもその映像には人が切り裂かれる様は映っておらず安堵するも、映っていない場所で逃げ遅れてしまい切り裂かれた被害者がいる可能性も拭えない。

 事実……目の前に逃げ遅れるどころか、逃げない人もいるのだ。


 その無線を聞いていた芹澤が記者達に声をかける。


「おい!いい加減に--」


 声をかけた瞬間だった。


 前方からも、後方からも敵は確認されない。



 敵は




 上から来た。





『あぁ?何かぁ踏んだかぁ?』




 敵は音もなく上から現れた。

 上空から急降下した先に……一人の記者がいた。

 周囲を警戒していた沢渡も流石に上は気づけなかったか、反応が遅れた。


「しまった……!」


 それでも怪人の存在にいち早く気づいたのは、沢渡だった。

 それに合わせてすぐさまインストールブレスレットを起動させる。


『NOW INSTALLING』


 続いて日比野、周防、芹澤が遅れて反応した。


「っ!」

「くっ!」

「……!」


 敵を確認し、インストールブレスレットを起動する。


『『『NOW INSTALLING』』』


「え……」


 最後に記者二人が気づいた。

 さっきまで隣にいた仕事仲間ではなく、見たことの無いバケモノが隣にいたからだ。


 グロテスクな鉄の匂いがする。


 ふと下を見ると、先程まで仕事仲間ものが潰れてペシャンコになっていた。


 ドロリと、足元に血が広がる。


 自分が履く靴に血が染みるのを見て、彼らは現実に帰った。


「かっ……は、はっ、あああああああああ!!」


 叫ぶなり腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった記者二人。

 その様子を見て怪人はにやけるのだった。


 スっとレーザートンファーを構えた沢渡が、オポッサムの怪人の背後から迫る。


 確実に一撃入るムーヴだった。


 しかしオポッサムの怪人は、そばにいた腰の抜けた記者を拾い、盾にした。


「なん……!」


「ひ……」


 沢渡はすぐに攻撃をやめるも、それによりスキができた。

 そしてそのスキを、怪人は見逃さなかった。


 怪人は自慢の鉤爪で叩きつけるように沢渡を攻撃した。


 何とかレーザートンファーで受け、致命傷を避けるように体制を整えたが、怪人のパワーにより吹っ飛ばされた。


「隊長!」


 思わず周防が叫んだ。

 叫びを聞いたオポッサムの怪人は不気味でいやらしい笑みを浮かべた。


『お前らみたいな足でまといぃがいてぇよかったぜぇ……いつでも殺せるしぃ、盾にもぉできるぅ。』


 衝撃のあまり声の出ない記者達。

 二人のうち一人は失禁した様子だった。


『さぁてぇ……お前らがぁ俺の目的じゃあなぁいがぁ、俺のこの力を見せるにはちょうどいい!』


「こいつ……」


『俺の力を、人間を超えた力を見せてやる……!』


 芹澤はなにか違和感を覚えた。

 だが、それを気にしている場合ではない。

 日比野、周防、芹澤が武器を構える。


 戦闘が、始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る