窮鼠は猫を噛めるのか
「いって……プッ……」
血の混じった唾を吐き、目の色を変えた沢渡が瓦礫から抜け出す。
見据える先にはオポッサムの怪人がいる。
そいつに狙いをつけ、レーザートンファーを構えた。
『攻撃はいいがぁ、こっちには盾がいることぉ忘れんなよぉ?』
ケタケタ笑うオポッサムの怪人は一人の記者の頭を掴み、自分の目の前に見せた。
目の前にいる、三人の敵に対して。
ダッと周防が走った。
レーザーアックスを振りかぶるも、目の前には人質の記者。
レーザーアックスを振り降ろせずにいると、鍵爪が襲い来る。
咄嗟にガードするも、抑えきれずに勢い余って飛んだ。だが沢渡のようには上手くいかず、彼のスーツが傷ついた。
オポッサムの怪人が周防に攻撃したことで背後は無防備になっていた。
その一瞬のスキを、沢渡は逃さなかった。
音を立てずに近づき、レーザートンファーで頭を殴打した。
『うぐお……!』
「芹澤くん!」
「っ!了解!」
日比野が芹澤に声をかけた。芹澤は咄嗟に「何らかの合図」だと考えていると、日比野はすぐさまレーザーウィップで怪人が人質を掴んでいる方の腕を
それによりオポッサムの怪人は中に浮いてしまい、浮いた標的を狙って芹澤がレーザーランスを構える。
芹澤は狙いを定めて踏み込み、脳天目掛けて突進した!
しかし次の瞬間、芹澤の視界が濃い緋色に染った。
視界が真っ赤に染まるのと同時に、芹澤は人の耳が嫌悪感を示すような生々しい音を聞いた。聞いてしまった。
ぐしゃり。
……人の頭の潰れた音だ。
怪人はあろうことか人質の頭を芹澤のヘルメットに叩きつけた。
頭が潰れ、血がヘルメットのシールドにベチャリと塗りたくられる。
視界を赤に奪われ、怯んだ芹澤に怪人の鍵爪がギラりと輝かせる……
だが、それをさせまいと沢渡がどこからともなくレーザートンファーを構えて突進してきた。
沢渡は建物を伝い走り、その外壁を蹴った勢いで突進したのだ。
『ぐ、ああああああああああああっっっ!!』
とうとう吹っ飛んだオポッサムの怪人は、建物に勢いよくぶつかり、それにより崩れた瓦礫に埋まってしまった。
(わ……わたしは……)
「芹澤!」
「う、くっ!」
視界が見えないことに我慢できず、芹澤はヘルメットを外した。
「はあ……はあ……」
べっとりと血に濡れているヘルメット……
それを見て、芹澤は思わず周りを見渡してしまった。
彼の嫌な予感は現実として叩きつけられる。
近くに頭が無くなった人の体のみがあったのを視界が捉えた。
思わず目を背けてしまうが、何も出来なかった無力感とやるせなさが込み上げるのだった。
「す、すみません……!」
「謝るな、お前に非はない。気にするなとは言わないが、今は忘れろ。あいつを……倒すまでは。」
その背後には、人質の生き残りである記者の一人、そして彼を守るために日比野と周防が近くにいた。
「……ぼく、ぼくのせいだ……」
生き残った記者は、自分のことでいっぱいになっている。
悲惨な現状から目を背けるように俯き、震える身体を抑えていた。
やがて、ガララという音と共に瓦礫が退けられた。
怪人は、あのオポッサムの怪人はまだ生きている。
あの程度で死ぬわけがないのは分かっていたが空気に緊張感が宿った。
『う……あ、あなた方は……』
怪人の口から発せられた言葉の抑揚。
それは先程までと打って変わって勢いがなく、間の抜けた声であった。
♢♢♢
『ぐあっ……』
痛い……ここは、どこだ……
わたしは一体……
まるで長い夢から覚めたような……
記憶を見た。
私の記憶を。
生まれてから、あの時までの記憶を。
結局私は死んだのだろうか。
……だが今はそんな場合じゃない。
辺りは真っ暗。
頭には強い頭痛が去ったような倦怠感が襲い、手足はもちろん体中に重さと痛みを感じる。
何とか瓦礫をどかそうと、のしかかる瓦礫に手をあてがう。
いつもの掌より大きいせいか、多少大きくても軽くどかすことができた。
不思議と、手が大きいことに違和感はない。
だが、瓦礫を軽々と片手でどかすなど、以前の非力な自分では考えられなかったことである。
自分が一時の選択で得た力を実際に感じたことにより、手が震えた。
これは嬉しさからなのか、興奮からなのか……あるいは得てしまったことで人間をやめてしまったことの、恐怖からなのか……
瓦礫をどかし、日の目を浴びると、そこには非日常が待っていた。
見たことの無い……まるでSFの漫画やアニメ世界の格好をした人達が目の前にいるではないか。
暗いところにいたせいか、太陽が眩しい。
一瞬、目がチカっとくらんだので手をかざして
そして何より自分の影。
それで今の自分が、自分の姿かたちがどうなっているかに気づいた。
そして、ようやくはっきりと気づくことが出来たのだ。
自分が
自分が人間ではなくなっていることに。
人間を超えた存在に変わったことに。
無意識に尋ねていた。
『あなた方は』、と。
……助けを求めるようにと表現したら変だろうか。
だが、まるで曇りが晴れたかのように今まで何が起こっていたのか分からない。
分からないからこそ、助けを求めるようにも思える。
あくまでも予測でしかない。
ただ
彼は無意識だった。
これが事実。
彼の本当の意図や思いは闇の中といったところか。
♢♢♢
先程までと打って変わった態度に、第一小隊は警戒心を強めた。
こちら側からしてみれば怪しすぎる。
古典的な油断させる手段にしか見えない。
沢渡が警戒しながら、怪人の質問に答える。
「俺たちはガーディアンズ。お前のような、人に危害を加えるような怪人を倒すのが俺たちの
『し、仕事……うっ!』
川口は頭を抑えた。
『うおおおおああああああ……!』
膝をついて頭を抑える。
息が荒れてきているようだ。
『わたしは……な、なにを……』
「その汚れた手が、いい証拠だろう。」
沢渡が感情を抑えて、静かに告げた。
言われたオポッサムの怪人が自分の震える手のひらを見ると、まるで大量の赤い絵の具が溶けたバケツいっぱいの水に手を突っ込んだようにべっとりと血がこびりついていた。
言い逃れができないなんてレベルじゃあない。
手だけではなく、もちろん鍵爪にも。
オポッサムの怪人……いや、
『はァ……はァ……!』
とうとう両膝をつき、バタリと倒れた。
『うぐあああああああああああああ!!』
オポッサムの怪人……川口の脳内に闇の記憶が流れてこむ。
意識のない間……別の自分とでも言うべきか、自分という存在ではないにも関わらず、自分の意識を持ち自分の体を思うままにした
怯えた。ゾッとした寒気を感じた。
禁忌に触れたのだ。
人間の禁忌に。
『わ、私は……』
声が震える。
自分の手を改めて見る。
息が荒れる。
「覚悟しろ。」
目の前にいる人間が殺す気でこちらを見ている。
見たことの無い近未来の武器が、凶器が自分に向けられている。
『ひ、ひっ……』
川口は、思わず後ずさりした。
(殺される、やったのは
後ろに下がった時、気になったものが見えた。
白いスーツを着用した四人がこちらに敵意を向けているのに対し……背後にいる一人の人間が目に入った。
ドュクンッ
胸が高鳴るのを感じた。
ニィィイと
それはもう、見てわかるくらいに。
彼は怯えているのだ。
この怪人に。
(あの男……怖がっている……この私に……!この私に!この私にひれ伏している!この私の力を恐れている!)
怯えた記者を見て、喜悦を強く感じた。
こんなに嬉しいことは無い。
こんなに高ぶったことも無い。
人間として生きていたときでは得られなかった快感を、彼は強く感じていたのだ。
『そ、そうか……本当に人間を越えたのか!』
高らかにオポッサムの怪人が叫ぶと、高笑いを始めた。
先程までの戸惑いはどこへやら。
明らかに違う。
言葉や性格は勿論だが、大きく変わった点は二つ。
勢いを取り戻したオポッサムの怪人に黒い
もうひとつは、目付きが違うということ。
ただ暴れに暴れていた最初の頃とは違う……
沢渡は嫌な予感がしていた。
(こいつ……一体何を考えている……?)
『それでお前達は……私を殺そうってことだな!?』
品定めをするようにガーディアンズを見るとギリッと歯ぎしりをした。
一人一人が凶悪な武器を持っている。
事実、先程沢渡から受けた一撃が痛んでいた。
正直、あれはもう食らいたくない。
というより……あの男が危険すぎる。
あの男だけが、別格だ。
なんとかして離せないか……?
『こんな、こんなところで……!』
『こんなところで死んでたまるか!』
脱兎のごとくオポッサムの怪人は逃げ出した。
「マジか、しまった……!」
呆気に取られた第一小隊。
ついさっきまで暴れに暴れていた怪人だ。
だからこそ、絶対に「ない」と全員思い込んでしまい、完全に頭から抜けていた可能性の出来事が起こってしまった。
気づいた時にはもう、姿を消していた。
「オペレーター聞こえるか!」
『はい!どうかしましたか!?』
「怪人が逃げた!」
『えっ!』
「悪い、至急場所の特定と他の小隊に連絡してくれ!こっちには避難してない一般人がいるから、合流は後になりそうだ!」
『わかりました!了解です!お気をつけて!』
「ああ、悪い!」
通信が終わると、沢渡が記者の一人に近づいた。
「す、すいませんでした!」
生き残った記者は突然立ち上がり、頭を下げた。
沢渡は記者の肩ポンと手を置き、特殊バイクの元へと向かった。
「しかし……どうしたものか。ひとまずこの区域から出る。謝罪や話はバイクに乗りながら聞こう。着いてからなんて暇はないからな。」
『沢渡君、それは少々待ってもらおう。』
「……!支部長……」
『聞こえているかね、
「え。」
突然、自分の名前を呼ばれた彼は思わず自分を指差し、戸惑った。
「ど、どどうして……僕の名前を……!?」
『君もガーディアンズ支部へ来るように。沢渡君、手間をかけるようだが連れてきてくれ。』
「……了解。」
『到着次第、再び連絡を入れる。以上だ。』
プツン、と通信が途絶えた。
アクセルの音が、大人しい街で静かにこだましていた。
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