オポッサムとアルマジロ

(ここは……)


「気が付きました?」


 目が覚めると、白い天井が見えた。

 起き上がるとそこにはベンチではなくベッドで寝ていた形跡がある。


 最後の記憶は、雨に打たれて倒れた記憶だった。

 自分の身に何が起きたのか、イマイチ把握出来ないでいた。


「看護婦さん、俺は一体……」

「街中で倒れていたらしいわ。


 看護師に連れられて廊下を歩くと、見たことのある顔を見かけた。


「おや、あなたは……」


 確か、淳の担当をしていた先生だったか……?


「申し訳ありません……でした。原因不明の発火により、病院が火事になり……」


 その口から聞こえるもの全てが、言い訳に聞こえる。

 そう感じてしまったとたんに、話が……まるで入ってこなくなった。

 自分が世界でたった一人でいるみたいに、声が聞こえてこないのだ。


「あの……」

「あ……ああ、すいません。目が覚めたばかりで……」


 ふっと我に返り、取り繕った理由を並べてしまう。


「この患者さん、先程目が覚めたばかりなんです。」

「そ、そうだったか。では、何かあったら言ってくれ。」


 そそくさとその先生はその場を去った。


 やがて俺は看護婦に連れられ、目的の場所に到着した。

 診察室に入る前に看護師は俺に向き直った。


「先生がもう少しで来ますので、ここでお待ちください。」


 俺は指示され、診察室前の待合場所で待たされることになった。


 待たされる空白の時間を埋めるように後悔と何かが渦巻く。

 それに俺は気づいていない。


「ああ……なんで生きてんだろ……」


 俺……

(こいつら……)



 ♢♢♢



 エンディン宇宙船--



「フェルゴール。」

『ラヴェイラ。お疲れ様です。』


 ラヴェイラに名を呼ばれたので、それに応じて会釈した。


『ありがとう、ございます。』


「……どうしました、フェルゴール。」


 なぜこの方は俺の杞憂に気づくのか……


 隠しても仕方ないと思った俺は、最近感じることを口に出してみることにした。


『……最近……どうも邪ななにかが、私の行動を邪魔するのです。まるで、過去の自分が縋りついているような……それが邪魔で仕方ない。』


 あの時の心で喚くなにかが気にかかっていた。

 それだけじゃない、初任務から帰還した時も……

 だが、その時よりも今回はまるで”過去の自分”であった。

 そのために、そのせいで過去の自分の影がチラついて仕方ない。

 だからこそ、邪魔で仕方ない。

 だからこそ、消したくて仕方ない。

 だからこそ……自分が飲まれるのではという考えがよぎってしまう。


 しかし、そんな俺の考えとは裏腹にラヴェイラが発した言葉は……とてもあっさりとしたものであった。


「それを、気にする必要がありますか?」

『……』

「あなたはあなたでしょう。」

『はい……』

「過去のあなたがどうであれ、今のあなたでしかできないことがあります。あなたはあなたの役目を果たし、あなたの思うままに行動すべきかと。」

『……ありがとうございます。』


 そうだ、俺は俺の果たすべきことを果たすだけ。

 俺は俺だ。

 行動に迷うな。

 迷ったら、"自分"を疑うことになる。


 ……話してみるものだな。


 ふとそう思い、俺は報告のためにゼスタート様の元へ向かったのだった……


 だが、足が止まった。

 そしてラヴェイラに向き直り、彼女に問うた。


『あなたには……ラヴェイラにはないのですか?』

「ない、とは?」

『悩みというか……あなたの心配事、杞憂です。』

「それこそ、杞憂かと。私にはありません。」

『……そうですか。ヒトケタにはないのですか?そういうものは。』

「どうでしょう。それは私に聞くよりはほかの人に聞いたほうがいいかと。」

『そうしますよ。仮に悩みができたときは……』

「どうでしょうね。いくらあなたがヒトケタと対等に近いとはいえ、私があなたに話すでしょうか?」

『まあ、気長に待ってますよ。』


 そうこう話している間に、ラヴェイラは俺を越して行き、俺は駆け寄って追いついた。

 追いついた時には、もう指令室の前に来ていた。



 ♢♢♢



 数日後--


 司令室にはフェルゴール、そしてヴァルハーレとゲンブ、ラヴェイラが集められた。


 レブキーが、とうとう地球人二人を利用したデベルクを完成させたのだ。


「ゼスタート様!完成しましたヨ!ワタシの新しい作品ガ!」


 バタバタとやってきたレブキーに、視線が一斉に向いた。


 レブキーの声を聞き、ゼスタートの虹色の瞳が開眼した。


『よくぞ、やった。レブキー。』


「っていうかまたいるデスか!ヴァルハーレ!ゲンブ!ラヴェイラ!」


「問題があるのか?」

「フェルゴールが良くて、ワシらがいてはいけぬ理由にはならんじゃろう。」

「……」


『まあ、いずれ知ることですから……ね。レブキー、あまり気にせず……』


「オホン!まあいいデス。ソレではお披露目デス!これが今回創った、No.34とNo.35デス!」


 そこに現れたのは、意識の抜けたようなデベルク二体が現れた。


 一人は人間の姿の面影はなく、小柄で凶暴なネズミのようなを姿をしており、長い前歯を持ち、背には爪を携えていた。

 そしてもう一人のデベルクの顔には人間としての面影が残っていたが、体躯は甲羅を持ち、肌も鱗のようになりとても人間とは思えない形をしていた。


「なかなか面白いデショウ?」

「今度はなんじゃい……」

『ネズミと鉤爪、アルマジロと……盾?』

「そうデス!よく分かりましたネ!アマゾンにいた生物達をモデルにして創り上げたのデス!」

『ブウィスタは剣とジャガー、モウィスはオウムと弓でしたか。』

「ただの剣ではありません!ファルシオンという……」

「ああ、ええわい。また話が長くなる。」

「ナンデス!」


 地団駄を踏むレブキーを後目に、ため息を吐いたヴァルハーレがゼスタートを見据えた。


「ゼスタート様……」

『うむ。』


 ゼスタートが頷くと、No.34とNo.35がゼスタートの前に出た。

 No.34はゼスタートを前にして、震えているようであった。

 そして、ゼスタートは手をNo.34の頭に置いた。その手には黒色の波動を纏い始め、ゼスタートが口上を告げた。


『……これより、お前の名は『ペヅマウ』だ。今日よりお前は『ペヅマウ』と、そう名乗るがよい。そして、我に忠誠を誓うのだ。我に従い、我に尽くすがよい。』


 もう片方の手をNo.35の頭に置き、同じく口上を述べる。


『……これより、お前の名は『ババルスォ』だ。今日よりお前は『ババルスォ』と、そう名乗るがよい。そして、我に忠誠を誓うのだ。我に従い、我に尽くすがよい。』


 二人のデベルクへ、黒色の波動が徐々に浸透していく。


 やがてNo.34・ペヅマウとNo.35・ババルスォの目がカット開き、意識が芽生えた。


『ヒヒヒヒハハハッッハ!これが……俺の力!人間を超えた……力!』

『……』


 二人の覚醒後の反応……特にNo.34に反応を見たヒトケタ達が驚いた。


「これは……地球人だった時の、記憶があるのか?」

「ですが……フェルゴールの時と違い、叫びを上げて倒れるといったことはないようですね。」

「ワタシの設計では特別なことはしていませんガ……」


「どう思う、フェルゴール。」


 ゲンブがフェルゴールに問いかけると、皆がフェルゴールに注目した。


「そうだな。元地球人で、"命名の儀"を経験したお前から見てこの様子をどう思う?」


 フェルゴールが、思考する。

 藍色の瞳が暗くなった。


 はっきりと分かるのは、以前の自分が陥っていた状態と同じではないということであった。

 あの時のように人間として、地球人としての自我がハッキリとあるのではなく、自我のない……まるで一つの感情を初めて知って、その感情以外を知らず、ひとつの感情に縋っているような。

 いわば純粋無垢ではない、一つの感情だけを知り、それに縋った赤ん坊だ。


 No.34、おそらくこのデベルクが「川田」だったのだろう。

 だとするとこれはおそらく、彼の心の奥に眠っていた野望あるいは悪意。

 それだけが残り、それだけに縋ることでデベルクとして生を受けたのではないか……?

 彼が欲していたのは「力」であった。

 だが、赤ん坊のように感情表現が露骨過ぎる。

 純粋に、その感情に……その悪意に縋っているのだとしたら。


 そして皆に向き直り、フェルゴールは考えを述べた。


『おそらく……これは記憶ではありません。地球人だった"思い"の名残りです。』

「どういうことじゃ。」


 フェルゴールの考えを訝しんだゲンブが問うた。


『私がグラッヂに"馴染んだ"のだとすると、グラッヂに彼らは飲まれたのです。デベルクが彼らの憎悪や絶望などマイナスの思いを増長したのでしょう。ですが……』


 フェルゴールが口をつぐんだ。


『そうなると妙です。なぜNo.35は何も言葉を発しない……?』


 彼にも心の奥底に眠る感情があるはず。

 あの時殺してはいない。死んではいなかった。

 だからこそ、彼と同じように感情の……悪意の爆発があってもいいはず。

 なぜ、彼には何も起きない……?


『どちらにせよ、遅かれ早かれ暴走の可能性は考えられるだろう。』

「ゼスタート様。」


 ゼスタートがフェルゴールに続いて、意見を述べた。

 ゼスタートの声に反応し、皆がゼスタートの方を向いた。


『不安定ではあるが、フェルゴールのような力を持つ可能性もありうる。ということだろう。まだ地球人を利用したデベルクについては分からないことが多い。何かをキッカケに動きがあるやも知れぬ。回収の判断は回収者であるフェルゴールに任せる。しかし、データは取れ。任せてよいか。』

『勿論です。』


 フェルゴールが跪き、返答する。

 それを見据え、ゼスタートがヒトケタの面々へ向き直った。


『では、命令だ。フェルゴール。ペヅマウとババルスォ、そしてモウィスを連れてデータを取れ。最低でもモウィスは回収してもらう。』

『了解しました。』


『レブキー、ラヴェイラは待機だ。』

「了解デス!」

「わかりました。」


 ここでフェルゴールはあることに気がついた。

 ヴァルハーレとゲンブが待機組では無いということに。


『ヴァルハーレ、ゲンブ。』

「はっ!」

「はい。」


『お前達には話がある。皆ここを出るように。』


 ゼスタートの指示により、ヴァルハーレとゲンブを残し、それ以外の面々がその場を去った。

 フェルゴールにとっては初めての事態であったため、戸惑いが生まれたが、感情を出さずにその場を去った。



 ♢♢♢



 しんと、司令室に静寂が訪れた。

 普段からこの二人はこの船にて待機していることは常であるが、ゼスタートからの命令のために待機している。

 とはいっても、ただただ待機している訳では無い。

 ゼスタートから「護衛」の任を受けているためである。

 ゼスタートから「護衛」の任を受けたことがあるのは後にも先にもこの二人、ヴァルハーレとゲンブだけである。

『ヴァルハーレ、ゲンブ。』

「はっ。」

「はい。」


 名を呼ばれ、各々が返事をした。


 そして次にゼスタートから発せられた命令は、彼らの耳を疑うような……彼らにとって耳を疑うような驚くべきことであった。


『お前達には我の護衛を外れてもらう。』

「な……!ゼ、ゼスタート様!」

「なぜじゃ、ゼスタート様!」


 思わずゼスタートに近づき、問いただす二人であった。

 無理もない。それほどまでに彼らにとっては驚くべきことなのだ。

 その上前例もない、初めてのことであった。


『お前達にはある命令を受けてもらう。』


「ある、命令……ですか?」

「ふむ……」


『そうだ。いわば密命だ。おそらくこの船の中でそれが出来る可能性があるのは、我を除いてお前たちだけであろう。』



 そして、次の瞬間。

 ゼスタートの口から告げられた言葉を受けたヴァルハーレとゲンブは、言葉を失った。

 それは、宇宙海賊エンディンという一味自体を揺るがしかねない、かつてない命令であった。


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