決断と結末

 

『さあ、返答を聞こうか。』


 悪魔の誘いとでも言うべきか、選択肢と自身の人生の終わりが歩み寄る。

 どちらを選ぶにしろ、人間としての人生が終わってしまうことは明白であった。


「わ、わたしは……」


 キキィーッとブレーキをかけ、走るリムジンを停めた。


「川口……」

「死にたくない……わたしの人生は後悔しかなかった!あの時こうすれば、ああすればと昔を思い出して後悔する毎日!何より……わたしは今までチャンスに恵まれなかった!親に受験、職場に上司!後輩や同僚!そして女!でも、やっとチャンスが来たんだ!このチャンスを……わたしは掴む!」


 川口の目の色が、狂ったように血走っていた。

 それを見た鎧の怪人が、村主を見直す。


『懸命な判断です。して、あなたはどうしますか?』


 ギリッと歯を噛み締める。


 選択肢は無いのか……--


 村主は覚悟を決めた。

 後悔はない。

 けど、心残りがある。

 どうしても、二人の顔が浮かんでしまう。


 村主は震える足で正座し、ゆっくりと頭を下げた。


「家族に……妻と息子にだけでいい!どうか……どうか……!」


『っ……!』


 もう俺は変わった。

 そんな機会は与えない。


 "ふざけるな!"

 "身も心も怪人になってどうする!"

 "お前はお前だ!"

 "お前自身を貫けよ!"


(まだしがみつくか……消えろ!)


 俺は怪人だ、デベルクだ!

 デベルクとしての判断をしてなにが悪い!


 一瞬だけ黒い鎧が白くなった気がした。


 だが、そんなことはなかったというように、目の前には黒い鎧の怪人がいた。


『いい、だろう……ただし余計なことを話した瞬間……』

(っ!)


「感謝する……」


(情……)


「ま……い……」


 愛する人と喧嘩をし、その場の勢いで別れてしまったことを今日ほど後悔したことはない。


「も、もしもし……」



 ♢♢♢



「あら、どうしたの。ずいぶん久しぶりね。」

『そう……だな。』


 心無しか息が荒れている。

 緊張が伝わる。

 何かあったのか……


「あなた……」

『おれは、後悔、してる……今日ほど後悔した日はない。」

「言えないの?」

『言えん。言えんよ……」


 泣い……てる?


「……泣い、てるの?」

『そうかもな……分かりたくない、わかっても教えるか?』

「あんたどうしたの!ねえ!ねえ!」

『俺は……今になって君の魅力をわかってしまった。どうしようもなく、君との思い出がたくさん思い出してしまう……』


 携帯を持つ手が震える。

 焦燥と安堵が交錯する。


「啓さん!啓さん!」

『そう呼ばれるの、いつぶりだ……』


『そうだ……ずっと言えなかったな。お前がいつも言ってたけど、俺は言ってなかった、な……』


『君を愛せてよかった。ありがとう。どうか、諒を……諒を頼む……!』


 プツン……


「啓さん!啓さん!」


 ただいま電話に出ることが--


「う……ううう!啓さん!啓さん!」



 ♢♢♢



「父さん……?」


(息が荒れてる……なにか……あったのかな……)


 隠しているようだが、戦士として戦っている村主にとって、父親の息遣いが不自然なのはすぐに感じ取れた。


「諒……久しぶりだな……元気か?いや、元気ではないか……お前が、ケガをしたのは聞いた……どうやら、見舞いには行けそうもない……」

「き、気にしなくていいよ……いつもそうだったでしょ。忙しいのわかってるから……」


 緊張のせいか、声が思ったようにでない。

 頭がまとまらないので、思ったことがたどたどしく出るだけになってしまう。


「今思えば……忙しくても行くべきだったよ……後悔、してる……」

「父さん……」


 父さんらしからぬことを言うものだと村主が感じる反面、胸がゾワゾワするような嫌な感じがしていた。


「お前には迷惑をかけた……ずいぶんと、私の都合に付き合わせた……」


 弱々しい父の言葉が沁みる。

 そんな弱い父を見たくないと思う反面、なんとか安心させなきゃという思いが込み上げる。


「おれ……おれっ、後悔して、ないよ……」

「諒……」

「俺後悔してない、だからさ、だから……」


 言葉が思ったようにでない。

 言葉が浮かばないのに、頭がいっぱいいっぱいになる。


「ありがとう、やっぱりお前は強い子だ。自慢の子だ。これからもっと辛いことが起こっても、それを乗り越えろとは言わん、自分の力でどうするかを導け、いいな……!」

「うん……約束する……」

「……ああ、約束だ……」


 フッと力の抜けたような、安心したような声が聞こえた。


「じゃあな、母さんをよろしく頼むぞ……諒……!」


 プツッ

 通話が、切れた。


「と、父さん……父さん……!」


 思わず衝動で、ベッドから降りようとするも、足はケガにより全く動けない。


「村主!」


 芹澤が駆け寄り、肩を貸して村主を起こした。


 村主の顔は不安と焦燥でいっぱいになり、涙で溢れている。


「父さん……父さんが……!」

「落ち着け、村主!」


 部屋の空気が緊迫する。

 村主の悲痛な声が、部屋に響いていた。



 ♢♢♢



『気は済んだか……』

「ああ……」

『では、』


「殺せ」


 村主が放った言葉は、鎧の怪人が意図しないものであった。


『……ほう……』


 村主が睨みつける。

 覚悟を決めたのだ。

 自分の上司を救うためでも、この状況を打開するためでもなく、世界を守るためでもない。


 家族を、自分の最愛の人を守るために彼は限られた選択肢と数ある理由の中から導き出したのだ。


「さあ!私を殺せ!私はこの場で死ぬことを選ぶ!」


 ギラつく覚悟を決めた瞳で、逃げることをやめた顔付きになった村主が鎧の怪人を睨みつけた。


 それを見た鎧の怪人はたじろぐこともなく、怯むことない。

 ましてや敬意を表すこともなく、ただ--




『ははは……あははははははははっ!!』




 笑った。

 高らかに、さも可笑しいように。

 彼は笑った。


 そして次の瞬間、ドスッと強い衝撃が村主を襲った。


「ぐっ……!?」



『あなたも、馬鹿ですね……』


 村主が為す術なく、その場に倒れる。

 倒れた村主を鎧の怪人が見下した。


『この場で殺すなんて……そんなこと、するわけがないでしょう……?』

「……!」


 怪人から告げられたことへの衝撃と、薄れゆく意識の狭間を村主は行き来していた。


『利用できるものは最後まで利用する。あなたが相手にしているのは怪人です、人間では、ありませんよ……』


 やがて、村主は意識を失った。

 その様子を見た鎧の怪人は、気絶したのを確認した後、村主を担いだ。


『初めからこうして連れていけばよかったか……まあいい。自分の意思でこちらに来る者もいる。反抗する者のケースが取れるだけ、ありがたく思うとするか。情報も頂く。』

(レブキーに言えばなんとかなるだろうか……)


『では、川口さん……』


 鎧の怪人が「ゲート」を唱えた。

 すると、ブゥンと黒と青が入り混じる亜空間が、鎧の怪人の元へ現れた。


『行きましょうか』


 川口は恐る恐る後ろの席へ移動し、招かれるままにその「ゲート」の中へと入っていった。



 ♢♢♢



「よく戻りマシタ。」


 フェルゴールがゲートを開いた場所、そこはレブキーの開発室だった。


『ただいま戻りました。そして、被検体の地球人二人を連れてきました。』


「ひっ!」


 レブキーの見る先には、意識のない地球人一人と、ゲートから出てきた地球人がいた。


「ホゥ……ナルホド。」


『この男とこいつが被検体だ。ただ、この男……なんとかして情報を聞き出したい。』


 意識のない男をドサリと寝台に置いて、フェルゴールは言った。


「まア、やりはしマスが……期待はしない方がいいデスね。」

『わかりました。では……』

「おい!ちょっとあんた!おっ俺はどどうすれば……」


 まるで勇気を振り絞って出したかのような声が、フェルゴールにかけられる。


『彼はレブキー、あなたをこれから怪人に改造……いや、あなたの種を作り替える者です。人間から人間を超越した存在であるデベルクへと……』

「で、でべるく……」

『そう。いわば、私がデベルクです。私と同じような力を得ることができます。死ぬ危険性がないとは言いきれませんが……ここまで来てその選択肢はないでしょう?』

「ゴクリ……」


 川口は震え、脂汗をびっしょりかいていた。


『レブキー、あとは任せても?』

「ええ、いいデスよ。もう、は決まってマス。」


『では、あなたが種族の壁を越えて再び出会えることを……楽しみにしています。』

「お、おい!」


 フェルゴールは開発室から出て行った。


 レブキーは、興味深々にまじまじと二人の地球人を見据えた。


「ひっ、ひぃいいいい……!」

「怯える必要はないデス。フェルゴールだって元は人間だったのデスから。」

「え……」

「ソレでは……また目が覚めた時には、生きていることを願っていマス。」


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