第264話 キャネーヴィノダ天神 万力(赤)

 店に入って来た山口貴司。

 柏木洋子を見つけると、おずおずとやって来た。


「あの・・柏木さん。メールで資料をお送りしたので週明けにでも確認いただけると・・」

「もう見たわ。さっき返信したんだけど、やはりいただいた資料では不足が多いわね」

「え・・・・・そ・・・そうですか・・・」

「それで、メールにも記載したのだけど、メールでは効率悪いので打ち合わせで詰めていきたいの。来週、都合の良い時間でセッティングをお願いできます?」

「は・・・はぁ。了解しました。何曜日が・・」

「時間が無いの。月曜日の早い時間でお願いしたいわ」

「あ・・・わかりました」

「よろしくね」


 そう言って席を立って柏木洋子は会計をして出て行ってしまった。

 あとに残された山口貴司はため息をついてカウンターに腰を掛けた。


「お疲れみたいだね」


 常連に声をかけられた。

「はぁ・・・何が悪いんでしょうね・・・」

 弱音を口にする貴司。


「まぁいっぱい奢らせてくれよ」


 常連が注文したのは・・・

 山梨県山梨市 金井醸造場

 ヴィノダ天神 万力(赤)



 山口貴司は理解していないが、希少なワインである。


「私は柏木さんに嫌われることをしたんでしょうか・・・?」


 そういう貴司。


「そう言うわけじゃないと思うよ。彼女は優秀なPMみたいだからね」

「そうでしょうか?」


 すると、常連は鞄からノートみたいなものを出してペンで書き入れて見せた。



   INPUT → 開発 → OUTPUT


「単純化してみたのだけど、このOUTPUTの質を上げるにはどうすればいいかわかるかい?」

「え・・・?ええと・・・開発にお金をかけるとか?」


 常連は微笑んで言った。


「一般的には違うんだよ。OUTPUTの質を上げるには・・・単純にこの図でわかるのは、INPUTの質を上げる必要があるんだよ」

「え・・・・でも、それを何とかするのがプロなんじゃないんですか?」


 常連は困ったように言った。


「既製品のシステムを提供するならそれでいいんだろうけど、システム開発の多くはオーダーメードだからね。要求が明確になっていないとOUTPUTがぼんやりしたものになってしまうんだ。そういう意味で彼女のアプローチは正しいと思うよ」

「はぁ・・・」


 貴司はワインを口に含んだ。


 思えば、貴司はこの店ではいつもビールを頼んでいた。

 ワインを飲むのは久しぶりである。



 そして・・・このワインは・・・・とても・・・なんと表現していいかわからなかったが、美味かった。


 本当においしかった。



「彼女について行けるようになると・・きっといい経験になるよ」

「そうでしょうか?」

「そうだよ・・間違いなく」



 常連に励まされて、山口貴司は少しやる気が復活してきた。

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