いやいや

蛙鳴未明

いやいや

 小鳥がさえずり穏やかな風が吹く、うららかな朝。とある小さなおうちの中では、一人のおかあさんが赤ちゃんに朝ごはんを食べさせておりました。小さな椅子に座った赤ちゃんはたいそうご機嫌な様子で、おもちゃの車を両手に持って何やらブンブン言いながら体を揺らしています。おかあさんは困った様子。これではご飯を食べさせてあげられません。


「ほらほらりゅうくん、ブンブンはお終いにして、食べよ?」


 りゅうくんは止まりません。しょうがないのでおかあさんはフォークにリンゴを刺して、りゅうくんの口に持っていきました。


「ほらほらりゅうくん、リンゴだよ〜。りゅうくんが大好きな、リンゴ」


 すると、りゅうくんは動きを止めて、リンゴをパクリ!


「これ、すち!」


 もぐもぐしながらにっこり笑います。おかあさんもにっこり。


「良かった。りゅうくん、もぐもぐしながら喋ったらだめよ。ちゃんとごっくんしてからね」


 りゅうくんはこくんとうなずいて、ごっくんしました。おかあさん、今度はごはんを箸で取り、りゅうくんの口へ持っていきます。


「りゅうくん、今度はお米よ。りゅうくん好きでしょ?」


 りゅうくんはお米をパクリ。またにっこりと笑います。もぐもぐ、ごっくん。


「これ、すち!」


 おかあさんもにっこり。


「これはお米って言うのよ。言ってごらん」


「おこ、おこ、め?」


 りゅうくん、不思議そうに首をかしげます。


「そう、お、こ、め」


 りゅうくん、またにっこり。


「おこめ、すち!」


「良かった。じゃあ今度は〜……これ、いってみよっか」


 おかあさん、今度はスプーンでグレープフルーツをすくってりゅうくんの口へ持っていきます。するとりゅうくん、顔をしかめてのけぞりました。


「それ!いや!」


「いやじゃないの。ちゃんと食べなきゃだめよ」


「それいやぁあ!」


 おかあさんは困り顔。スプーンをりゅうくんに近づけます。するとりゅうくん、ますますのけぞります。かまわずスプーンを近づけていくと、りゅうくん、体をくねらせて巧みにスプーンを避けます。


「ほらほらりゅうくん、ちゃんと食べないと――」


「いや!いや!いやぁ!」


 窓ガラスがびっくりしてとんでいってしまいました。おかあさん、それでもめげません。


「いやじゃないの。ちゃんと食べなきゃ、病気になっちゃうでしょ!」


 りゅうくん、泣き叫びます。


「いやあ!いやいや!それ、ちらい!」


 その途端、いきなりスプーンが弾け飛んでしまいました。


「きゃあ!」


 おかあさん、びっくりしてしりもちを着いてしまいます。おかあさん、スプーンがどこに行ったのかとキョロキョロしますが、スプーンは見つかりません。グレープフルーツも見つかりません。代わりに、ぐちゃりと丸まった銀色のなにものかがそこにありました。おかあさん、首をかしげてりゅうくんを見ます。


「りゅうくん、何をしたの?」


 りゅうくん、こたえません。ご機嫌ななめです。おでこに六段ジワを寄せて、おかあさんを見ています。おかあさん、ハッとして慌ててりゅうくんに背を向けました。


「ママ、嫌い」


 ぐちゃりと丸まってしまいました。りゅうくん、にっこり笑います。


「これ!すち!もっかい!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いやいや 蛙鳴未明 @ttyy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

楽印

★2 SF 完結済 1話