花火

@kurokurokurom

第1話

 季節は夏で、セミの鳴く声が部屋の中に響いている。僕は大学生で夏の間、実家のこの部屋で過ごしていた。窓の外には路肩に咲くひまわりと緑色の稲が育っているとても広い田んぼが見える。その奥は山が連なっていて、幼少期の頃を思い出して懐かしい気持ちになる。部屋の中には昔から使っている勉強机、漫画の入った本棚、服や下着を入れているカラーボックスがあった。東京の大学に通い一人暮らしをしている僕は実家に帰ってくるたびに、安心感に包まれる。昔から見てきた景色はとても懐かしい気持ちにさせる。太陽は空に昇っていて、直視できないほど眩しかった。青い空と白い入道雲が浮かんでいる。

「おーい。佐々木くーん」

 高い女性の声が窓の下の玄関の前から聞こえた。僕はすぐに幼馴染の香織の声だと気づく。

「今、行く」

 僕は窓を開けて香織に返事をした。部屋を出て、階段を降り、玄関で靴を履き替えて外に出た。

 香織は黄色のTシャツと半ズボンのジーンズを履いている。僕らは小学校から高校まで同じ学校で、家は近所にあり、親が仲が良かったせいもあり、昔からよく一緒に遊んでいた。日差しは強く、暑かったが、風はどこか心地よかった。東京の蒸し暑さとはやっぱり違うなと思う。僕と香織は昔からこんな暑い夏休みに、川に釣りに行ったり、プールで遊んだりしていた。香織は背が高く、目は大きいのが特徴だった。

「半年ぶりかしらね。ちょっと背が伸びたんじゃない?」

 大きな目で僕のことをもの珍しそうに見つめている。

「僕も二十歳だし、さすがにもう背は伸びないんじゃないかな?」

 僕らは並んで、田んぼの横の道を歩いて行った。人通りはほとんどなく、映画に出てきそうな美しい自然の景色が広がっている。

「佐々木君は大学はどう?」

 香織は履いているサンダルで小石を蹴飛ばした。

「相変わらずだよ。週に四回引っ越しのバイトをして、講義に出るだけ。香織は?」

 僕の額を汗が流れていく。

「私はゼミに入って、ちょっと知り合いも増えたわね」

 僕らは河原へと歩いて行った。大きな川の流れる音がしている。僕らは河原に座って、川を眺めた。川はせわしなく水しぶきを立てていて、昔よくここで遊んだものだった。僕は手に持った小石を川に向かって投げた。ぽちゃんと音がして、石は川の中へ消えた。

「相変わらずこの辺は変わってないな。東京は一年経つと新しい店やマンションが建っていたりするけどね」

「私も就職したら東京の会社に勤めるのかな。もう二十年もここにいるから、ちょっと名残惜しいわね。東京の人って冷たいんでしょ?」

「まぁ冷たいというより、忙しくて、人間関係が浅いみたいな感じだろうな」

「私一回渋谷に行ってみたいわね」

「行けばいいんじゃない?」

「でもちょっと面倒くさいのよ。私って出不精だから」

 香織はそう言って笑い、立ち上がって、小石を拾い川に投げた。僕らは河原で昔の思い出話をしながら、ただ何をするでもなく過ごしていた。時折犬の散歩をしている人や子供たちともすれ違った。

 太陽の光は少しずつ暗さを帯びていった。風は昼間とは違って涼しくなった。僕らが家に帰ろうかと思って、立ち上がった時に、どおんと大きな音が響き渡った。

「花火だ」

 僕は音がする方向を眺めた。

「ねえ、高台に行きましょうよ」

 僕らは田んぼの横の道を歩いて、近くの山にある高台へ向かった。石畳の階段とアスファルトの坂を上った。

 高台に着くと、花火の全体がくっきりと見えた。僕らは木でできたベンチに座り、花火を眺めていた。カラフルな光が空に広がっている。辺りはすっかり暗くなって、太陽は沈もうとしていた。

「東京に帰る前に花火が見れてよかったわね」

 香織は笑顔だった。僕はじっと花火を見つめていた。体に感じる風が僕を懐かしい気持ちにさせた。

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